7-1.華麗なる桜花の姫君
ある日、蛍の方が二条邸を再訪すると、
桜花の方が先客として在原中将と話をしていた。
桜花の方は、平凡な恋する姫君たちとは違って、
心に決めた男性の姿が欠点ひとつなく光輝いて見えることなど一度もなかった。
むしろ今まで一度も完全な恋に飲み込まれてことなどないからこそ、
疑り深く猜疑心の強い女性らしい鋭敏な目つきで在原中将を眺めつつ、その愛着を深めて行ったのだ。
心配性で、先が読めるから、怠惰で、人生は守りの姿勢でいることが多かった。
――いくつかの火遊びから始まって、相手が恋愛に夢中になると退屈になって立ち消える想があった。
――金銭を目当てにした結婚には、吐き気がして中断してしまう情熱があった。
これらがだいたいの桜花の方の恋愛遍歴である。
彼女に曰せれば、男性とは手入れの行き届いた家、および子どもを望む人びとにとっての実用品であり、また暇つぶしの娯楽品としては中途半端で嫉妬深い、厄介事ばかりを持ち込んでくる面倒な存在なのである。
桜花の方が二条邸にあがると、友人たちがあれこれ打ち明け話をして、彼女の危機感を募らせた。
どうやら在原中将が、長岡から娘を一人拾ってきたらしい。
聞いた話はどれも興味深く、好奇心をそそり、愉快だったが、少しいやな感じもした。
桜花の方は、原則として、はっきりしない女性、自腹を切らずに勝負するのような男性は大嫌いなのだ。
しかし、その小娘に何度か会ってみると、平凡なようなで面白いし、周囲に妙な影響力を与える独特な魅力の持ち主なのだと気付いた。
背は高くないが、近くでみると、自然な顔つきで悪くはなし、身体つきは、ふっくらしてるようにも華奢なようにも見え、変な敵愾心を誘わないような感じがした。
三芳野の姫君は、その子にすっかり懐いていて、和琴の方も親しくしようとしていた。
それに何より彼女は、桜花の方との会話をすごく楽しそうにしているのだ。
これだけで桜花の方が、蛍の姫君を気に入るには、十分な理由だった。
蛍の方にとって桜花の方との対話は、都ぶりな怖れと愉しみを堪能することができる大切な経験だった。
桜花の方は、気取らない溌剌とした機知の才に恵まれていて、こちらの予想を覆すからかうような感じで話をした。
皮肉を言ってくすぐるのも上手で、源左大臣はいつも桜花の方に言いくるめられている。
それでいて、類いまれな心遣いや世知にすっかり心を奪われることもあり、人を小馬鹿にした明るさの裏には、昔日の相聞歌にあるような挑発と詩的な柔らかさとが、旧い於母影として漂っているかのようだった。
桜花の方は、この一人の娘がじぶんに魅きつけられているのを感じると、
他の人々と同様に、彼女のことも征服してやろうと、さんざん可愛がった。
蛍の方が、自分から発せられる色香に感動し、
知らずしらず二条邸に出入りする理由の一つになって行ることに気が付いていた。
それでも蛍の方は、敬意を抱きながらも、桜花の方が期待するような崇拝の眼差しを彼女に向けることはなかったのだ。
帰り際、蛍の方のままならない行いや発言に、腹を立てていることもしばしばだった。
――可愛いくせに許せないところがある、でもだからこそ意志や理性に反してわたしをむきにさせるんだわ、と桜花の方は思った。
在原中将への恋が、桜花の方を苦しめるのは、これによく似た愉快さに由来するのである。
蛍の方が二条邸にやって来ると、
在原中将はこれ見よがしに彼女と親しげにした。
この媚態と挑発が、自分にのみ向けられた遊戯なのだということは理解していた。
しかし、目の前で扇子の羽を閉じたり開いたり、その奥をちらつかせるようなまねには、腹立たしく感じないではいられなかった。
桜花の方は、勝負や賭け事に目がない。
いつも飽いた気持ちを抱えていて、絶え間なく娯楽や新味を求めるようなところがあるのだから、けしかけられては応じるしかないのである。
時にはこうしたいろいろに我慢がならなくなって、家に帰るやいなや、今度の訪問はしばらく先のことにして、いずれは行くこと自体をやめようと決心することもあった。
ところが、翌日になると、桜花の方は彼のもとへ顔を出す口実を探した。
じぶんがだんだんと取り込まれつつあるように感じたのは、
この感情の危うさと、いつか辛酸をなめるだろうという確信だった。
滑稽な手紙を何通も書いた、在原中将を想って本気で眠れない夜もあった――
じぶんが乗っている小舟が沈みつつあることは分かっていた。
恋の病熱が神経を研ぎ澄まし、じぶんのことを痛いほどに理解させていたにも関わらず、在原中将のことを延々と考えずにはいられなかったのだ。
疲れ切った執着心は、在原中将と例の新参者の小娘の関係を、分析して解明しようとしていたけれど、醒めた理性と子どもじみた感情とが複雑に混じり合って、とてもまともな結論を導きだすことができなかった。
恋をしていたから、桜花の方は苦痛だった。
思いがけない出会いが、桜花の方の感情を強くゆすぶり、燃え上がらせていたのだ。
「桜花の姫君は、どのような女性でいることを理想と感じられるのでしょうか」
蛍の方は悪気なく訊ねた。
夕食会以来さまざまな出来事があって、
蛍の方はじぶんを変えてみたいと考えるようになっていたのだ。
「それは簡単です」 と桜花の姫君は言った。
「はっきりとした意見や態度をしめしながら、自分の感情の複雑さをみとめ、その欠陥すらも魅力の一部となってしまうような女性、に決まっています」
やや意外な感じがして、蛍の方は重ねて質問すると、桜花の姫君は自信たっぷりにこう答えた。
「意外でしょうか? これは今のわたしなのですよ」
こうして蛍の方にとって、桜花の姫君は憧れの的となった。




