表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/104

5-1.惟喬親王の栄光

 明るく照らされた小さな部屋で、(かべ)にも天井(てんじょう)にも、松原(まつばら)外交(がいこう)をする友人が韃靼(だったん)から輸入した見事な布が張りめぐらせてあった。


 いずれも黄金色の砂沙(すな)(さら)したような黄色い地の上に、大陸独特の青緑色を基調(きちょう)とした(あざ)やかな線描が(ほどこ)され、屋根の(はし)がそり返った奇妙(くみょう)建物(たてもの)と、(うま)()る弓人の姿(すがた)が描かれていた。


 調度品もなかなか(そろ)っていて、黒漆塗(うるしぬ)りの櫛笥(くしげ)の上には、小豆(あずき)の洗顔品や、白油を()るため化粧筆などが()かれ、その隣には、火取(ひとり)洗台(せんだい)が一つずつあり、いずれにも舞鶴(まいづる)金彫(きんちょう)がなされていた。


 また、当世風(とうせふう)のお洒落(しゃれ)をするためのあらゆる道具や器具の、ややこしくて繊細(せんさい)な使い方をするものが無数(むすう)に並べられている。


 この(はな)れの小部屋には、(ひざ)を折って座るためのしとねだけでなく、唐風(とうふう)椅子(いす)が二脚と、折りたたみの床几(しょうぎ)が壁に立てかけられていて、どれも肌触(はだざわ)りよくふんわりとしており、(つか)れた手足(てあし)や、衣装を()いだ(からだ)をそのまま(やす)めるのに便利(べんり)だった。


 さらには銅製(どうせい)のよく(みが)かれた(かがみ)が、その顔貌をよく()()たせるのに、いつも役立(やくだ)っていた。


 この部屋の主人(しゅじん)はというと、いまは湯浴(ゆあみ)みのために不在(ふざい)なのだけれども、彼がいつも可愛(かわい)がっている猫が()でて欲しさにやってきた。


 猫は文机の上の筆置(ふでおき)突付(つつ)いて(あそ)び、ぴょんぴょんはしゃぎまわっては、尻尾(しっぽ)琵琶(びわ)()らした。


 この文机は、吉野(よしの)桜材(さくら)を切り出して作らせたこだわりの品であるにも(かか)わらず、散らした紙や、封切(ふうぎ)りしただけの手紙などに(おお)われていて、日記はつけず、史書(ししょ)が一冊もおかれていないのが、彼の性格をよく(あらわ)している。


 唐の薄絹(うすぎぬ)(つく)られた部屋着をまとって長椅子(ながいす)()そべり、しなやかで()()まったきれいな素肌(すはだ)両腕(りょううで)をつきだし、まとめた黒髪の(かが)やく(たば)をなびかせた姿(すがた)で、火照(ほて)った身体(からだ)を小部屋を抜ける風に()ましながら、(ゆめ)うつつの(おも)いに(ふけ)るのが、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)(たの)しみの一つだった。


 二条(にじょう)(かた)が、床をならしながら入ってきて、一通の手紙を()()した。


 在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)は受け取ると、筆跡を(なが)め、(ふう)(やぶ)って開け、

 最初の数行を読んだだけで、嘆息(ためいき)をつくと、二条(にじょう)(かた)()った。


 「小野宮(おののみや)さまの出家への決心は、すでにかたいようでおられる」


 一人になってから、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)浮世(ふせい)(かな)しみに(しず)んだ。


 初めの数語(すうご)だけで、惟喬親王(これたかしんのう)の心はすでに現世(げんせ)への(おも)いから(はな)れていると分かるには十分だった。


 一度敗(いちどやぶ)れてしまった者にとって、現世(げんせ)で生きるのは予想(よそう)していたよりも(むずか)しかった。


 惟喬親王(これたかしんのう)は、新帝(しんてい)即位(そくい)(さい)して、数ヶ月も前から、今までに誰もしたことがないほどに、尽力(じんりょく)しつつ、かつ慎重(しんちょう)に行動し、気遣(きづか)いや(しと)やかさを(かさ)ねて、宮中(きゅうちゅう)への出入(でい)りを()(かえ)していたのだった。


 その結末としては、(あま)りにやるせないものだ。


 惟喬親王(これたかしんのう)は、公卿(くぎょう)たちに(した)しみを以て(おう)じているようでいて、実際はつねに(うた)いの()を持ち、気を(ゆる)さず、とくに藤原(ふじわらの)摂政(せっしょう)基経(もとつね)に対しては、絶えず()()けられる権謀(けんぼう)を通じて用心(ようじん)(おこた)ることができないでいた。


 一度は皇位(こうい)()機会(きかい)(うし)いながらも、ここまで宮中で政治的な役割(やくわり)()たして来られたのは、出自(しゅつじ)勢力(せいりょく)()わず、何度でも()()かいの話し合いをして、その()(そな)わった親切(しんせつ)さの全てをかけて、相手の心をとらえるための知的(ちてき)努力(どりょく)を最大限に(かたむ)けたからだった。


 水無瀬(みなせ)離宮(りきゅう)では、しばしば歌合(うたあわせ)管弦(かんげん)(かい)(もよお)しており、

 紀雅楽頭(きのががくのかみ)らとともに公卿(くぎょう)たちに感動を(あた)え、どうにか()()()うことはできないか苦心(くしん)している様子だった。


 しかし、昨夜の夕食会(ゆうしょくかい)では、打ち負かされた(おとこ)白状(はくじょう)、そして(やさ)しさが()りないときの(すが)りつくような哀願(あいがん)が、その()宿(やど)りはじめていた。


 惟喬親王(これたかしんのう)のような心まで高貴(こうき)であろうとする方にとって、

 こうしたまなざしは、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)に予想できないものだった。


 藤原(ふじわらの)摂政(せっしょう)基経(もとつね)は、実に頻繁(ひんぱん)に驚くべき手際(てぎわ)()さと()くなき野心(やしん)によって、

 敵対(てきたい)するあらゆる男の心に(ひそ)かな苦悶(くもん)(しょう)じさせ、自ら勝負(しょうぶ)()から()りさせることを(ねら)っているのだった。 


 彼らが少しずつ自分の計略(けいりゃく)(ちから)占領(せんりょう)され、征服(せいふく)され、支配(しはい)されていくのを感じとり、摂政(せっしょう)基経(もとつね)こそが唯一の権利者(けんりしゃ)であり、気紛(きまぐ)れで絶対的な無二(むに)偶像(ぐうぞう)となるのが、愉快(ゆかい)仕方(しかた)ないのだろうか。


 このような性格は、基経卿(もとつねきょう)のなかでゆっくりと(かく)された本性(ほんせい)(そだ)つようにして成長して行ったとして、その本性(ほんせい)とは、孟子(もうし)()う"惻隠(そくいん)(こころ)"や"辞譲(じじょう)(こころ)"とは(こと)なる戦闘(せんとう)征服(せいふく)の本能だった。


 (やさ)しく(おご)(たか)ぶることのなかった父親(ちちおや)――その()わり決して出世(しゅっせ)することのなかった父親(ちちおや)藤原(ふじわらの)中納言(ちゅうなごん)長良(ながよし)のもとで成長する間に、

 基経卿(もとつねきょう)のなかで栄達(えいたつ)欲求(よっきゅう)が心のなかに芽生(めば)え、父親(ちちおや)への一種の復讐(ふくしゅう)として不満(ふまん)(かえ)してやろうというという気持ちが漠然(ばくぜん)と生まれたのかも()れない。


 二条(にじょう)(かた)は、そんな実兄のことが(きら)いだった。


 そうと(くち)にすることはなかったけれども、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)には、()かりすぎるほどに()かっていた。


 二条(にじょう)(かた)には、何より持って生まれた色気(いろけ)があり、物心(ものごころ)ついたときには、じぶんはそれで自由(じゆう)な生き方ができるのだと気が付いた。


 二条(にじょう)(かた)は、恋する男性たちを――もちろん、(すく)なからず女性も(ふく)まれていたのだが、()いかけては()なずけることを繰り返し、これは猟師(りょうし)が、獲物(えもの)のたおれるところを見たいがために必要に()いかけ続けるのと(おな)じであった。


 けれども、若い彼女の心は、優しく感じやすい(みやこ)姫君(ひめぎみ)たちのように愛情に()えることは全くなく、一人の男性からこればかりの寵愛(ちょうあい)()けることも、恋愛によって幸福(こうふく)になることも(もと)めなかった。


 必要なのは、(みんな)からの注目(ちゅうもく)賛辞(さんじ)、そして拝謁(はいえつ)祝福(しゅくふく)であり、彼女のお友達となるためには、その美貌(びぼう)支配(しはい)され、またどれほど身分が高かったり知的(ちてき)(すぐ)れたりする人物であろうと、相手が色気(いろけ)()かされなかったり、他に意中(いちゅう)の人物がいたりすれば、二人の関係は(なが)くは続かなかった。


 美しい姫様に夢中(むちゅう)でいることが、彼女の(みと)めるたった一つの関係性だったのだ。


 もちろん、二条(にじょう)(かた)が結婚する前までは、と()(くわ)えなければならないけれども――


 結局は子どものままなのだろう、と在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)(おも)っていた。


 支配されること、言いなりになることが、我慢(がまん)ならない二条(にじょう)(かた)にとって、

 実兄の基経卿(もとつねきょう)は、じぶんの人生計画そのものを(おびや)かす敵だったのだ。


 現世(げんせ)栄達(えいたつ)にこだわる基経卿(もとつねきょう)にとっては、じぶんの自由(じゆう)実現(じつげん)することを考えるよりも、周囲の世界そのものをじぶんの自由(じゆう)にできることの方が、ずっと大切だった。


 ひとたび基経卿(もとつねきょう)軍団(ぐんだん)編入(へんにゅう)されれば、征服者(せいふくしゃ)権利(けんり)として彼の所有物(しょゆうぶつ)になってしまうようで、(たく)みな手腕(しゅわん)によって、各人の弱点(じゃくてん)長所(ちょうしょ)嫉妬(しっと)願望(がんぼう)の性質を調節(ちょうせつ)しながら配下(はいか)(おさ)めていた。


 要求(ようきゅう)しすぎる者があれば、機会(きかい)を見て追放(ついほう)し、のちに大人(おとな)しくなったところを再び()()れるとしても、すでに(きび)しい条件(じょうけん)()せられることになる。


 彼らの一族は、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)が知るかぎりにおいては、二度と宮中(きゅうちゅう)()()()ることはなく、基経卿(もとつねきょう)主宰(しゅさい)する(おそ)ろしい遊戯(ゆうぎ)参加(さんか)することさえも(ゆる)されない。


 そして、惟喬親王(これたかしんのう)はというと、その勝負(しょうぶ)から(みずか)()りることを選んだのだ。


 栄光(えいこう)ある敗北(はいぼく)――そんな言葉が在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)(あたま)()かんだ。


 二条(にじょう)(かた)によると、手紙はまだあるというので、

 在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)はその一つひとつに()(とお)し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ