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俊恵、頼政を語る

「歌は優れた句が思い付けたとしても前後の句をふさわしくするのが難しい」

 俊恵はそう言って二つの歌を上げた。


〝なごの海の 霞の間より ながむれば 入る日を洗ふ 沖つ白浪〟- 藤原実定


〝住吉の 松の木間より ながむれば 月落ちかかる 淡路島山〟- 源頼政


「〝入る日を洗ふ〟や〝月落ちかかる〟という句は素晴らしいのに第二、第三句が上手くないのが残念だ」

 俊恵が言った。


「それは本人達には言ったんですか?」

「まさか」

 俊恵がとんでもない、という表情で首をはげしく振る。


「なぜです」

「怖いからに決まっているだろう」

 俊恵が真顔で言った。


「は?」

「頼政卿を知らないのか」

「え?」


 俊恵は人に聞かれていないか確かめるように辺りを見回してから声を潜めた。


「以前、内裏の門に大軍が押し寄せたとき、頼政卿はたった三百騎で返り討ちにしたそうだぞ」

「あ、その件なら……」

「とにかく私はまだ死にたくないんだ」

「…………」


 頼政が大軍を三百旗で追い払ったというのは嘘ではないが戦ったわけでもない。

 大軍を率いてきた首謀者達を上手く言いくるめて追い払っただけなのだ。

 頼政が弓の名手で武芸に秀でているというのは事実だが三百旗で大軍を追い返したときは実際には戦っていない。

 だが、どうやら俊恵は尾ひれの付いた話を信じ込んでいるらしく聞く耳を持たなかった。


「二条中将が、歌の中にはこの言葉が無ければもっといいのに、と思うものがあると仰っていたんだが――」


〝月は知るや うきの世の中の はかなさを ながめてもまた いくめぐりかは〟- 源兼資


〝澄みのぼる 月の光に 横ぎれて 渡るあきさの 音の寒けさ〟- 源頼政


「〝浮き世の中〟の〝中〟や〝月の光に〟の〝光〟は余計だと……」

「なんで頼政卿が怖いのに卿の歌を引き合いに出すんですか?」


「卿は当代きっての歌人だけあって詠んでいる歌が多いからだ」

 俊恵が答える。


 確かに、三百騎の兵で大軍を追い返したときも、引き上げていった理由の一つは頼政が、


〝深山木の その梢とも 見えざりし 桜は花に あらはれにけり〟


 という名歌を詠んだほどの歌道に秀でている歌人だからと言われている。


 その話を聞いたとき『芸は身を助く』というのは本当なんだな、と感心したものである。


「それから大弐入道殿が言うには、伊豆守が〝ならはしがほ〟と詠んだことがあったが、そんな言葉を歌で使う人はどれだけ沢山の秀歌を詠もうと歌人とは呼べない、と仰っていた」

 伊豆守というのは頼政の長男・仲綱である。


「頼政卿に恨みでもあるんですか?」

「滅多なことを言うものではない! というか、私が言ったわけではないぞ!」


 最初の二種以外は。


 藤原俊成が以前、

「俊恵は名人だが源俊頼には及ばない。そして源頼政は()()()()()名人だ」

 と言っていた。


 おそらく俊恵としては頼政に思うところがあるのだろう。


 そんな事を考えながら今日も俊恵の話に耳を傾けていた。

源俊頼=俊恵の父


出典:

鴨長明『無名抄』「仲綱の歌、いやしき言葉を詠むこと」「上の句劣れる秀歌」「歌言葉の糟糠(そうこう)」「俊成入道の物語」

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