郭公会へず
〝なかぬ夜も なく夜もさらに ほととぎす 待つとてやすく いやはねらるる〟- 赤染衛門
「よし! 出掛けるぞ」
頼政がそう言うと、
「どちらへ」
と聞かれたので、
「そろそろ郭公の鳴く頃だろう。だから山に聞きに……」
と答えた瞬間、
「ダメです! なに言ってんですか! これから出仕です!」
猪野早太の叱責が飛んできた。
「物忌みという事にしておけばいいだろう」
「そう言うわけには参りません!」
早太にそう言われて頼政は仕方なく出仕の支度を始めた。
*
〝恋するか 何ぞと人の あやむらん 山ほととぎす げには待つ身を〟
(ほととぎすを待ってそわそわしている自分を見て人は恋の病ではないかと怪しむだろう)
五月に入り、夜通しほととぎすの鳴き声を待って徹夜していた頼政はあくびを噛み殺した。
「殿、早く支度をなさって下さい」
早太が口やかましく言う。
「夜更かしをするから寝坊するのですよ」
「いつまでも鳴かないほととぎすが悪いのだ」
頼政が言い返す。
「鳴いたところで、もっと聞くと言って結局起きてるではないですか」
早太はそう言って頼政を急かした。
頼政はむすっとした表情で手元の紙に何かを手早く書き付けると、それを早太に渡した。
そして、
「それを橘の木に貼り付けておけ」
と早太に 命じた。
〝香をとめて 山ほととぎす 落ち来やと 空まで匂へ 宿のたち花〟(橘よ、香りでほととぎすを呼び寄せろ)
「ったく、なんで鳥の鳴き声を聞くのにそんなに躍起になるんだか……」
早太は溜息を吐くと、女房の一人を呼び寄せて橘の木に紙を貼り付けるように指示した。
*
〝待ち待たぬ 人の心を 見んとてや 山ほととぎす 夜を更かすらん〟
その晩も頼政はほととぎすが鳴くのを待っていた。
だが夜も更けたがまだ鳴かない。
また早太に小言を言われるな……。
と思いながら和歌を詠んでみたが、やはり鳴かない。
〝今さらに なほ待てとてや ほととぎす 五月の末に 声のともしき〟
そろそろ郭公の季節は終わってしまうのにまだ鳴き声が聞けない。
まだ待たせる気か。
その年もまた、頼政の眠れぬ夜は続いた。
「郭公会へず」
ほととぎすは初夏の頃にやってきて夜鳴くことが多いが、中々鳴き声が聞けない鳥だったので、頼政に限らず鳴き声を待っている和歌が多かった。
作者名が書いていない和歌の作者は源頼政。