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ルメアの脳樹  作者: lucky
8/8

7

俺がマサコたちローグの戸を叩いてから一週間がたった。

 あの後、マサコに後日連絡すると言われ今日にいたる。

 あれだけ覚悟を決めたのに、なんだか肩透かしをくらった気分だ。ちょっと恥ずかしい。

 まぁ、戦わないことに越した事はないのだけれど・・・。

「オォォスっ!!」 

 突然、耳をつんざく爆音が耳元で鳴り響く。

「いっ⁈」

 驚き、瞬時に振り向くと、そこにいたのは健吾と竜司だった。

「何すんだよ!」

 キンキンと耳鳴りがする耳を押さえながら、2人に怒りをぶつける。

「お前がいくら呼んでも気づかねーからだろ」

 竜司が呆れたように言うと、その隣りの健吾が顔を覗かせ、メガネをクイっとさせた。

「どうしたんだ、そんな難しい顔をして。貴様らしくもない」

「え、俺そんな顔してたか?」

 2人は黙ったまま、コクリと頷く。

「ま、まあ俺にだって考え事の一つや二つはあるってもんよ」

「フンっ!また姉自慢か、憎たらしい!」

「あ⁈お前、そういう事か!こンのヤロー!!」

「はあ⁈何でそうなるんだよ⁈」

 何を勘違いしたのか、襲いかかってくる2人に抵抗する。

 コイツらの言う姉自慢とは、かの姉のことだ。どうやら2人にとって、かの姉はマドンナ的扱いらしい。確かに、はたから見たら美人かもしれないが、一緒に暮らしてなければ分からない苦しみというものがある。コイツらには、それが分かるまい。

 しかし、3人の揉み合いはそれ程長くは続かなかった。情けないことに、3人とも体力がないからだ。

「「「ハァ・・ハァ・・」」」

「・・・今日のところは・・・ここいらで、勘弁してやる・・・」

 竜司が息を荒げながら言う。

「ハァ・・ハァ・・息荒げながら言うセリフじゃねーだろ・・・ソレ」

「それはそうと・・・優月。貴様、最近やけに早起きじゃないか?」

「いや、最近なんだか寝つきが悪いんだよな」

 まあ、その理由はマサコからの連絡がいつ来るか分からないし、その連絡が来てすぐに戦闘になるかもしれない。そんな二重の緊張で気を張ってしまってうまく寝付けていない、という遠足前の小学生みたいな理由なのだが。

「悩みでもあんのか?俺でよければ聞くぜ?」

 そんな事情を言えるわけもなく、俺はかの姉の所為ということにしておく。かの姉の日頃の暴挙も一応ウソではないからな。

「姉がやかましいだけだよ」

「またまた姉自慢か!」

「コノヤロー!!」

「ちょ、2回目はしんどいって!」

 再び激情した2人に絡まれ、ふざけ合いながら、登校して行った。



 2人と別れ、自分のクラスへと向かう道中、後ろから声がかかった。

「優月くん、おはよう」

 小走りで、横に着いたのは雨宮だった。

「おう、雨宮。おはよう!」

「さっき校門から校舎に入ってく優月くんが見えたから、急いで来ちゃった」

 嬉しそうに言う雨宮に、少しドキッとする。

「クラスメイトなんだから、教室に行けば会えるだろ」

 俺は誤魔化すように強がってみせると、雨宮は視線を落として言う。

「そうなんだけど、そうじゃないっていうか・・・」

「ん?どういうこと?」

 俺の質問に、雨宮は少し小首を傾げた後、笑顔で答えた。

「ナイショ」

「えぇ、なんだよソレ」

「フフ。それにしても優月くん、今日は早いんだね」

 なんだか話しをはぐらかされた気がする。雨宮の話しも気になるが、それよりも俺はまたか、と内心げんなりした。ここまで、健吾と竜司をはじめ、しつこい程いろんな奴らに同じことを言われたからだ。

 その度にこう答えた。

「あんまり寝付けなくてさ」

 しかし、俺が早起きするのがそんなに珍しいことだろうか。まあ確かに遅刻ばかりしていたが、それでも一応この間までは学校を休んだ事は無かったというのに。

「そうなんだ。もしかして、まだ風邪を引きずってるのかな」

「へ?風邪?」

「うん。先週、優月くん風邪で休んでたんだよね?」

「・・・・・」

 少しの沈黙の後、俺は慌てて話しを合わせる。

「あ、ああ!風邪、風邪な!うん、それはもう大丈夫だよ!バッチリ治ってる!」

 完っ全に忘れてた!そういえば、風邪という理由で休んでいたんだった。

 狼狽える俺を、雨宮は訝しむ。

「優月くん、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ、なんでも。あっ、そうだ!」

 俺は話しを逸らそうと、咄嗟に思い出した事を口早に言った。

「そういえば、雨宮に預けっぱなしだったヤツ、俺が休んでる時に持って来てくれたんだってな!かの・・・姉さんから聞いたよ。ありがとうな!」

 それは、この前雨宮と行った花の展覧会で買った、かの姉への献上品もといお土産のことだ。

「どういたしまして。本当はね、優月くん体調悪いだろうから持って行こうか迷ったんだけど、食べ物だったから早めに返した方がいいと思って」

「ごめんな。俺すっかり忘れてて、本当にありがとう!」

「うん。でも優月くんのお姉さん、すっごく美人さんだね。私、驚いちゃった」

「いやいや、ただの変人だぞ。ていうか、なんか変なことされなかったか?」

 前に姫見と桜が来た時も、面倒臭いことになったことがある。その時は俺が止めに入ったんだが、枷のないかの姉は何をしでかすか分かったもんじゃない。

 しかし意外なことに、雨宮の応えは俺の予想に反していた。

「変なこと?んー、特になかったけど・・・」

「いや、そんなわけないだろ!女性の配達員すら敵視するような奴だぞ!絶対に何か言われたり、何かされたりしたはずだ!なあ、雨宮。雨宮が優しいのは分かる。けど、俺の姉だからといって庇わなくたっていいんだぞ」

 俺は逆に驚き、むしろ何かあったはずだと言わんばかりに雨宮を問い詰めていた。

「そ、そんなこと言われても・・・」

 雨宮は困ったというように考えると、「変なことじゃないけど・・・」と続けた。

「優月くんが元気になる方法はないかって、文字通り泣き付かれて、風邪なら安静にしていれば大丈夫とは言ったんだけど・・・」

「かの姉が、そんなことを?」

「うん」

 そういえば俺が部屋に閉じ籠もっている時、かの姉はいつものような、いきすぎた干渉はしては来なかった。それは俺が突っぱねていた部分もあるが、それにしたっておとなしかった気がする。

 自分のことばかり考えていて、かの姉が気を遣ってくれていたなんて思ってもいなかった。

それどころか、普段なら嫌悪感丸出しにする相手にすがりついてまで俺の心配をしてくれていたなんて。

「弟想いの、いいお姉さんだね」

 微笑みながら言う雨宮に、少し照れ臭く、しかし同時に嬉しさも感じながら答えた。

「ああ、自慢の姉だ!」

 今日の帰りに、何かお菓子でも買って帰ろうと心に決める。

 雨宮と会話している内に、教室へと辿り着くと、気分良くドアを開け、クラス全体に大きめの声で挨拶をした。すると、真っ先に反応したのは姫見だった。

「はあ⁈アンタ、何でこんな早いのよ。来る時間間違ってない?」

「うっさいなあ。何時に来ようが俺の勝手だろ」

 教室に入るなり、姫見らしい嫌味な言葉に、俺はムスッとした態度を取るが、そんなことお構いなしにズカズカとこちらに歩み寄り、手を引かれる。

「でもちょうど良かった。話しがあるから来なさい」

「はあ⁈ちょ、何だよ!」

 訳も分からないまま、荷物を置く暇もなく姫見に手を引かれ、雨宮と楽しく会話をしていたにも関わらず、無理矢理引き離される形で連れ去られる。

「わるい、雨宮。また後でな!」

 そう言い手を振ると、雨宮も小さく手を振り返し、「うん」と答えた。

 姫見に手を引かれ、貴文達の前に連れて来させられると、俺は面倒臭いと言わんばかりにすぐさまぶっきらぼうに言い放つ。

「で、なんだよ」

「おいおい、朝から機嫌が悪いな。寝不足なんじゃないか?」

「最近あんまり寝付けないんだよ。って、これ何回言わなきゃいけないんだよ」

 気心の知れた仲というのもあってか、これまで感じていた陰鬱とした感情が声となって漏れてしまう。

「優月、疲れてる?」

 桜が心配そうな目で見つめてくる。

「いや、心配する程のことじゃないから大丈夫だよ。そんなことより、話したいことって何なんだ?」

 俺は気丈に振る舞い、もう一度貴文に聞いた。

「ああ、えっとな・・・」

 貴文が少し渋った態度を取ったのを、俺は見過ごさなかった。

 だが、すぐに気を改めて続けた。

「お前に会ってみたいって人がいてな。昼休み、一緒に屋上に行って欲しいんだ」

「俺に会いたい人?行くのはいいけど、どんな人なんだ?」

「まあ、女だな」

 期待はおろか、関心も抱かず、何気なく聞いたのだが、その返答はまるで予想外だった。

「女⁈」

 俺は思わず声を上げた。

 変な期待が込み上げ、心がソワソワとし出すと、それを打ち払うように姫見の平手打ちが後頭部を襲う。

「なに妄想してんのよ」

「痛っ⁈別に何も言ってないだろ!」

「キモいニヤけ方してたっつーの!」

 姫見は気持ち悪いと言うように、軽蔑的な目を向けてくる。

「し、してねーよ!そんな顔!」

 思い当たるフシがあったため、言葉を詰まらせてしまうが、それでも俺は全力で否定した。

「女と聞けばすぐ期待して。これだから童貞は」

「それは関係ないだろ!というか、期待うんぬんなんて俺の勝手だろーが!お前には関係ないじゃんか!」

 小馬鹿にするように溜息を吐く姫見に、俺は怒りを露わにした。

「こっちが恥ずかしいって言ってんの!だいたい、私の知り合いでもあるんだから関係あるでしょ!」

「保護者か、お前は!そんなん俺と相手の問題なんだから関係ないだろ!」

「あります〜!」

「ないです〜!」

 そうして、だんだんとお互いにヒートアップしていき、しまいには先程の内容とは全く関係のない言い合いをしばらくしていると、見るに見かねた貴文が強引に割って入った。

「と・に・か・く!昼に屋上!いいな!」

 俺と姫見の肩を掴み、引き離しながら貴文が言う。

「わかったよ」

 俺は、上がった熱が冷めぬまま不満げに返答した。

「お前はお前で、何でそんなに怒ってんだ」

 それは姫見も同じようで、貴文に聞かれてもプイッと顔を背けるだけだった。

 貴文の深いため息に呼応するように、学校の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。

 チャイムと共に、クラス中がザワザワと席に着き始める。

 まったく何なんだアイツは、変なトコで突っかかって来やがって。別にそんな怒られる事じゃないだろ。

 俺も流れに従い、ブツブツと小声で愚痴を吐きながら自分の席に着いた。



 あっという間に時間は過ぎ、昼休みとなった。といよりも、寝不足が祟って授業中ほぼ意識が無かったから、気付いたら昼休みになっていた。

 しかし、昼になった途端眠気など吹き飛び、俺は弁当を持って颯爽と貴文の前に立ち一言。

「行くか」

「あ、ああ。・・・どうしたんだ、お前?」

「どうしたって、いつもの俺じゃないか。変なことを聞くなよマイフレンド。さあ、レディを待たせる訳にはいかない。早く行こう!」

 唖然としている貴文と、見るからに引いている姫見と桜を気にせず、俺は足早に教室を出ると、その後を重い足取りで3人がついて来る。

 屋上に着くと、俺はさっそく辺りを見回した。いつも通り、やはり屋上はカップルだらけで、ぱっと見シングルな女の子は見当たらない。

「貴文!どの娘だ、俺に会いたい娘って!」

「えっと・・・」

 俺が聞くと、貴文も軽く見回した後に指をさした。

「あれだ」

 貴文が指をさした場所を見ると、離れた所に女子生徒が律儀にも引いたシート上に座っている。しかし、その隣には男子生徒も一緒だった。だが、気落ちするよりも前に気になったことがあった。

 その2人のシルエットを、どこかで見たことがあったからだ。

 俺は目を凝らしてよく見ていると、向こうもこちらに気付いたようで、女子生徒が立ち上がり近付いてくる。

 徐々に女子生徒の姿が鮮明になるにつれ、俺の全身から冷汗が流れ始めた。

 なぜならその女子生徒は、俺が購買部で胸を揉んでしまい、かつ先日雨宮と昼食を摂っている時に話をかけられたにも関わらず、謝らずに逃げ出してしまった相手だったからだ。

 俺はスッと体勢を整え、デジャヴのように一気に逃げ出そうとするが、俺の行動に素早く反応した貴文に襟元を掴まれ、逃亡を阻まれた。

「嵌めやがったな貴文!友達だと思ってたのに!」

「はぁ?何を言ってるんだよ。というか、暴れるな」

「クッソォ!離せぇ!」

 白々しい貴文の手を振り解こうとするが、とてつもない馬鹿力になす術もなく、とうとう女子生徒が目の前まで来てしまった。

 何を言われるのかと怯えながら待つ俺の姿は、貴文に捕まれてるのも相まって、首元を掴まれた猫のようになってるに違いない。

「あなた、やっぱり・・・」

 上品さを漂わせる声が小さく漏れ、俺は覚悟を決めて続きを聞く前に謝罪しようと頭を下げる。

「ごめんなさい!」

「優月だよね?」

 お互いの声が被り、彼女の言葉を理解するまで少し時間がかかった。

「え?」

 ようやく理解した俺は、頭を上げ彼女を見る。

 自己紹介をした覚えはないが、名前くらいなら貴文たちから聞いていてもおかしくはない。分からないのは、彼女が俺を知っているというような言い方だ。

 どこかで会ったことがあるのか?もし、会っていたとしても、これだけ綺麗な人なら憶えていると思うのだが・・・。

 彼女の顔を見ながら記憶の糸を手繰り寄せていると、思い出しそうも無い俺に苦笑いを浮かべた。

「憶えてないよね。もう、ずいぶん昔のことだから」

 彼女は一歩退がると、自分の胸に手を当てる。

「私は、白鶴しらつ ゆい。そして、こっちが———」

 自己紹介をした彼女が左に顔を向けると、いつの間にか近付いていた男子生徒が、彼女の横に並び立ち、小さく口を開いた。

かぶと 瑛士えいじだ」

 2人の名前を聞き、幼い頃に出会った2人の子供の記憶が蘇る。

 そして、今目の前にいる2人は、どことなくその子供達の面影があった。

「結と瑛士って、え・・・ウソ⁈あの、結と瑛士か⁈」

 俺は2人の変わりように驚き、指をさしたまま固まってしまう。

「良かったぁ、憶えててくれたのね!」

 結は安心したように胸を撫で下ろす一方で、嬉しそうに言う。

「久しぶりだな、優月」

 瑛士も、鋭い目つきが和らぎ微笑みを見せた。

 確か2人と出会ったのは、小学校3年くらいの時だったろうか。

 学校は違ったが、あの頃の行きつけの公園でよく遊んだのを憶えいる。

 しかし当時の2人の印象は、瑛士は気弱な子で、結は活発な子だったはず。今とは全く正反対だ。何せ出会いの経緯も、当の公園で瑛士がガキ大将にイジメられていたのを、助けたのがきっかけだった。まあ、そのあと盛大にボコボコにされたのだが。

 ただ、理由まで憶えていないが、ある日を境に急に疎遠になり、寂しい思いをしたのだけは憶えている。

「あの時と全然違うじゃねーか!」

 当時の記憶を振り返り、俺は大きく声を上げていた。

「それはそうだろう。何年経ったと思ってるんだ」

 瑛士は、当たり前だとばかりに言う。

「むしろ、優月は全然変わってなくて安心したわ。そのおかげで、すぐに気付けたもの」

 続いて結が口を開いたのだが、それはつまり、俺が全く成長していないという事だろうか。

 悪気はないのだろうが、結の笑顔のディスりに、軽いショックを感じた。

 けれど、それ以上に2人との再会に喜びが溢れ出す。

「本当に久しぶりだな!ヤベ、なんか感動してきた」

 目頭に熱いものを感じていると、感動の再会に水を差すように姫見が口を挟んでくる。

「早くしないと、昼休み終わっちゃうぞ〜」

 姫見は言いながら俺たちの横を通り、先程まで瑛士と結が座っていたシートの方へ歩いて行く。

「そうね、私たちもすぐにご飯にしましょ。さあ、こっちに」

 ずっと俺を捕らえていた貴文の手も離れ、俺たちは結を先頭にして、シートの方へと歩いて行こうとした時だった。

 突如、後ろから激しくドアの開く音が鳴り、何事かと振り向いた直後、俺の目の前にはドロップキックの体勢で飛び込んでくる健吾と竜司の姿が目に入った。

「「優月テメーどういうことダァ!!!」」

 あまりに突然のことで防ぐ事もできず、顔面と腹部に2人のドロップキックをモロに受け、その勢いに吹き飛ばされる。

 途切れそうな意識の中、ふわりと上体が浮かぶ感覚のあと、激しく揺らされ薄い視界がぐわんぐわんと回る。

「クラスのヤツから聞いたぞ!どういう事だ!」

「何故いつも貴様ばかりっ!」

 どうやら、健吾と竜司に胸ぐらを掴まれ揺さぶられているようだ。

 揺れる視界に、見慣れた2人の汚い泣き顔がチラチラと入り、何かを叫んでいる。

 そんな中、視界の端に覗き込む人影が見えた。

「君たちは優月のお友達?」

 突然体の揺れがおさまり、2人の手が離れたのか浮遊感も無くなって地面にドサリと打ち付けられる。

「あの、聞こえてる?もしもし?」

 人影が何かを話しているのか、しばらくの間何事もなく、その短い間に俺の意識も回復していく。

「いったた・・・。何なんだよ、急に」

 鼻血を拭き取りながら顔を上げると、先程覗き込んでいた人影は結だったようだ。しかし、その結を見たまま固まっている健吾と竜司の2人に困惑している様子だった。

「あ、お前ら何しに来やがった!ていうか、急に何しやがんだよ!!」

 霞んだ記憶と目の前の2人の姿で、何が起きたのか理解した俺は2人に向かって声を上げる。

 しかし、2人は全く反応がない。怪訝に思いながらも、もう一度声をかけた時だった。

「おい!聞いてんのカッ⁈」

 竜司が俺の開いた股ぐらに、カキンと音をたてフォークを突き立てた。それはまるで、暗殺者を思わせる程の素早い動きであった。

「ちょっ、おいおいおい!」

 俺は咄嗟に後退り、2人から距離を取る。

 2人はゆらりと体勢を伸ばすと、静かな、けれども確実に怒りを含んだ声音で言う。

「おい・・・なんでお前が、学園一の美女と知り合いなんだ?」

「いや、違う。結とは——」

「結ッ⁈⁈」

 瞳孔の開いた竜司の目が、更にぐわりと開きこちらを睨む。

「ヒッヒッヒッヒッ。まさかお前が、あの白鶴 結様とファーストネームで呼び合う仲だったとはな・・・」

 健吾が両手に箸を握りながら、眼鏡をクイっと上げレンズを光らせる。

 2人からは、謎の黒いオーラが滲み出ていて、その2人の怒気に気圧される。

「お、おい、お前らなんか勘違いしてるって!ゆ・・じゃなかった、白鶴さんとはただの幼馴染で、それも今さっき知ったばっかなんだよ!って、あれ?聞いてる?」

 俺の弁明は届かず、2人は凶器(箸とフォーク)を構えると、奇声を上げ、この世の者とは思えぬ形相で駆け出してくる。

「ヌァにが幼馴染じゃァァァァァァァア!!」

「“ただ”の幼馴染なんぞいるかボケェェェェエェェァァァァ!!」

「「死ィエアァァァァァァァァァァァ!!」」

 この世の不条理が産んだ悲しきバケモノ達が、凶器を片手に襲いかかる。

「ちょっと待てよお前ら!冗談じゃ済まないって!」

 俺が健吾と竜司から必死に逃げ回る中、それをどうしてよいか分からず、狼狽した様子の結。

 屋上のカップルたちに白い目で見られながらも頑張って逃げていたが、とうとうコーナーに追い詰められた俺は、助けを求めようと貴文たちに目を向けると、こちらのことはガン無視でランチタイムに入っていた。

「おい、お前ら!この2人止めろよ!」

 届いているはずの叫びにも応えず、和気あいあいと昼飯を食べている。

「ねえ、アレは止めなくていいの?」

 そんな貴文たちに、心配そうに尋ねたのは結だった。

 さすが結。昔から優しく、面倒見が良いところは健在のようだ。

 遂に俺は2人に押し倒され、目の前にフォークと箸が迫るギリギリのところで抵抗しながら、そんな結に期待する。

 のだったが、

「あぁ、アレはいつもの事だから放っておけばいい」

「そうそう。アイツらのノリみたいなもんだから」

 貴文と姫見が、そんな訳の分からないことをほざき始める。箸とフォークで刺されそうになるノリがあってたまるか。

「そっか、それなら邪魔したら悪いわね!」

 結も結で、素直に受け入れてしまう。

 俺の掴んでいた頼みの綱は布糸よりも細く、脆いものであったようだ。

 その間にも健吾と竜司の、もはや友達とは思えぬ常軌を逸した蛮行は続く。

「ウラヤマシイウラヤマシイウラヤマシイウラヤマシイウラヤマシイウラヤマシイ・・・」

「ユルサンユルサンユルサンユルサンユルサンユルサンユルサン・・・」

 ぶつぶつと呪文のように呟く2人の力はどんどんと増しているような気がする。その反面、俺の体力は限界に近い。

 コイツらも俺と同じくらいの体力しかない筈なのに、狂人と化したコイツらには疲れというものがないらしい。

 徐々にフォークが顔に近づき、その先端が頬に触れた時、限界を向かえた俺は思わず叫んだ。

「お前らも一緒に昼飯食えばいいだろ!!」

 その瞬間、2人の動きがピタリと止まり静止する。

 おもむろに立ち上がった2人は、嬉々とした表情を浮かべていた。

「バッカお前、バッカ!んな、悪いだろ!」

「まぁしかし、貴様がどうしてもと言うなら我々もやぶさかではないがな!」

「そうだな!お前がどうしてもって言うんなら付き合ってやるよ!しょうがなくな!」

 恩着せがましくそう言った後、2人は爽やかな笑顔を向けながら、手を差し伸べる。

「ほら、いつまで寝そべってんだよ!マイフレンド!早く行こうぜ!」

「我らの友情は永遠だ!」

「お前ら・・・」

 俺は2人の手を取り、立ち上がると、

「ぶっ殺してやる!!」

 その2人に襲いかかった。

 これほどまでにコイツらに殺意を抱いたのは今日が初めてだ。

 その後は、なんだかんだ貴文が割って入り事を収めたが、俺の気が治ることはなく、むしろイライラは募るばかりであった。

 なぜなら・・・。

「ねっ、見たでしょ?アイツは危険なヤツなんですよ!」

「白鶴先輩のような方が関わっていい輩ではありません!すぐにでも関係を断ち切った方が賢明であります!」

 結を挟むような形で両隣に座り、馴れ馴れしく話していると思えば、俺の噂を有る事無い事楽しそうに吹き込んでいるからだ。

「くっ・・・!」

 悔しさに箸を握りしめると、体を乗り出すよりも先に貴文に制止される。

「まぁ落ち着けって。言い返したってまた時間を無駄にするぞ。それに、アイツだってわかってるさ」

 確かに結を見ると、涼しい顔で聞き流しているようだが、問題はそうじゃない。俺にだって多少なりともプライドがあるというものだ。あんな好き勝手言われて黙ってるなんて悔し過ぎる。しかも、目の前で!

 けれども貴文の言い分にも一理あるため、俺はグッと堪えた。これ以上あのバカ共のために貴重な昼休みを無駄にしたくない。

 俺は一口、また一口と弁当を食べ、落ち着いたところで健吾と竜司を見ながら、貴文に聞いてみる。

「なあ、貴文」

「どうした?」

「アイツら、友達って呼んでいいのかな?」

「それは・・・・」

 貴文はベラベラと俺の悪口を言いまくっている2人を見ながら、言葉を詰まらせ、苦笑いを浮かべながら絞り出すように言った。

「・・・・どうだろうな」

 アイツらの今の姿は、貴文でも擁護出来ないようであった。

 そんな中、桜は騒ぐ2人を完全に無視して結にリクエストする。

「昔の優月の話し、聞きたい」

「私も気になるかも!コイツがどんなアホな幼少期だったのか」

 こちらを見て、姫見は悪戯な笑みを浮かべた。

「アホってなんだアホって。別に普通だったし、聞いたってつまんないぞ」

 俺は少し恥ずかしく、やんわりと拒否するようにいったものの、結は目線を傾け回想しながら口を開き始めた。

「昔の事だし、1年くらいしか一緒にいなかったから思い出っていう程の思い出はないけど、やっぱり最初の出会いは印象的だったかな」

「あの時か」

 瑛士も当時のことを思い返しているようで、懐かしむように呟いた。

「どんな出会いだったの?」

 姫見が食い気味に結に尋ねる。きっと面白い話しが聞けると思っているのだろう。その隣では桜もしっかりと聞き耳を立てていた。

「今と違って、小さい頃の瑛士がいじめられっ子だったのは知っているでしょ?」

「え、そうだったっけ?そんなイメージなかったけど」

 姫見は桜にも聞くように視線をやると、桜も首を横に振ると、今度は2人して瑛士を見やる。

「昔の話しだ」

 周りの視線に、瑛士は肯定するように言った。

 その答えに姫見と桜だけでなく、健吾と竜司も驚いていた。

「そう。それでいつものように公園で瑛士が上級生の子にいじめられてて、私も止めようと間に入ったんだけど、やっぱり年上には敵わなくてね、2人していびられてるところに・・・」

 結は話しを途中で区切り、俺の方に顔を向ける。

「優月が来た」

 結の代わりに、桜が付け足すように言うと、結はニッコリと笑い頷いた。

「まあ、その後優月もボロボロにやられちゃったんだけどね!」

「だっさ!」

 結が言わなくてもいい事まで言うと、待ってましたとばかりに間髪入れずに姫見が笑みを浮かべながら言う。

「うるないさ!しょーがないだろ!相手は数も歳も上だったんだから!」

「それでも、カッコつけて登場してボコられるとか、しょうもなさすぎでしょ!」

 大笑いする姫見にイライラを募らせていると、瑛士が静かに口を開いた。

「でも、格好良かった」

 瑛士に続いて結も頷き、同調する。

「うん、カッコよかった。確かに最後はボロボロだったけれど、それでも、どんなに傷つけられても決して引くことも、倒れることもなく、相手が諦めるまで抗い続けてた」

 参ったな。そんな武勇伝みたいに語られるとこっちが恥ずかしくなってくる。

 正直、ただ必死になって相手に掴みかかって殴られまくった記憶しかない。2人からはそんなふうに見えていたとは思ってもいなかった。

「当時の事は今でも鮮明に憶えている。あの時のお前の姿は、俺にとってヒーローそのものだったからな」

「言い過ぎだろ。そんな大したことしてないって」

 俺は照れながら謙遜する。瑛士の、真っ直ぐこちらに向ける眼に耐えられず逸らしてしまう。

「いいや、大したことあったさ。あの時のお前は、俺の憧れだった」

「憧れってお前、そんな恥ずかしいこと言うなよ!からかってんだろ!」

「恥ずかしがる必要はないし、からかってもいない。俺はただ事実を述べているだけだ。あの時のお前を目標に、俺はこれまで生きて来たんだ」

「だから、やめろって!」

 瑛士の言葉に嘘はないように思える。しかし褒められ慣れてないせいか、そんな事を堂々と言われると嬉しいよりも先に恥ずかしさが込み上がる。

 俺は自分の顔が熱くなっていくのが分かった。

「優月、顔真っ赤」

 その後、姫見や健吾と竜司にからかわれながら、俺たちは時間いっぱいまで思い出話に花を咲かせたのだった。

 けれどそんな中、貴文だけは少しいつもと違っていた。何か別の事を考えているような。他の誰も気付いていなかったし、俺の気のせいだったかもしれないのだが、それだけが気になった。



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