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ルメアの脳樹  作者: lucky
6/7

5

 次の日、俺は朝早くに起きた。

 三日間も何もせず、ベッドに潜り込んでいたため、眠気などはなく、いつもなら耳をつんざくアラームが鳴る前に目を覚ましてしまったのだ。

 明日は学校へ行く。皆には昨日の内に、そう連絡を入れておいた。

 皆、一様に喜びの連絡を返してくれて、嬉しかった。

 しかし、まさか俺が時間に余裕を持って登校するとは夢にも思っていないだろう。

 こんなに早く行ったら、みんな驚くかな。

 そんなことを思ったら、軽く笑みがこぼれた。

 「・・・・もう、大丈夫だ」

 俺は、自分自身へ確認をするように呟いた。

 実際、もう胸を締め付けられるような感覚はない。

 人は、寝ることで心を落ち着かせると言うし、きっと日常が上書きされ、このまま忘れていくだろう。

 そう考えると少し寂しくもあったが、それでいいんだと、心の中で言い聞かせる。

 そして、部屋を出ようとドアノブに手を伸ばした時、ふと右手に目がいった。

 俺は伸ばした右手を引き戻し、何気なしにグッと握った。

 しばらく握った右手の拳を見つめた後、ゆっくりとその拳を開き、俺はドアノブに手をかけ、扉を開けて部屋を出る。

 もう、変身することは無いと心に誓って。

 階段を下りて、リビングに向かっていると、そのリビングから物音がする。もう既に、誰かが起きているようだ。

 まあ、大体予想はつくのだが。

 写真家の母さんは、家を空ける事が多く、たまにしか帰ってこない。かの姉は、俺と同じで早起きが苦手だ。ならば、残っているのは一人しかいない。それは、あや姉だ。

 三日間も風邪気味とだけ伝えて、顔も合わせずに学校を休んでいたため、俺は少し気まずく、リビングの扉の前で一呼吸整えてから部屋へと入った。

「お、おはよう」

 俺の挨拶に、台所で家事をしていたあや姉が一瞥だけ向けると、「おはよ」と一言だけ返し、すぐに視線を落として作業に戻った。

 素っ気ない挨拶に、俺はオロオロとしながらも、取り敢えず食卓の椅子に腰をかけた。

 とはいえ、あや姉の朝の挨拶などいつもこんな感じだ。しかし、母さんのいない間は、いつも怠慢な俺とかの姉で家事の分担をしていたため、無断で三日間も休んだから何かしら言われると思っていた。

 静かな部屋で、台所からの調理音だけが響き渡る。

 そんな中、不意のオーブンのチィンという音に、俺はビクつき視線を向けた。

 あや姉は、テキパキと食器棚から皿を取り出し、調理していたものを盛り付けると、俺の前に雑に並べた。

「はい」

「えっと・・・・これは?」

 俺は唖然として聞いた。別にお皿に乗った物が分からない訳ではない。トーストとスクランブルエッグという、朝食には定番のものだ。俺が聞きたいのはそうではなく、何故用意してくれていたのかと言うことだ。簡単なものとはいえ、あまりにも早すぎる。今日学校に行くことは、あや姉には言っていなかったのに。

 俺の質問の意図が分からないのか、あや姉は疑問符を浮かべた顔をする。

「何って、朝食だけど」

「いや、それは分かるけど。何で用意してくれてたの?」

「ああ、そゆことね」

 と、あや姉は得心がいったような顔をして、続ける。

「昨日、葛音が言ってたのよ。優ちゃんが笑ったーって、嬉しそうにね。だから、もう大丈夫なのかなって」

 言いながら、あや姉はソファの方に向かい、テレビを付ける。

「アンタ、あの子に謝んなよ?ずっと心配してたんだから。それと・・・」

 あや姉は言葉を詰まらせた後、ソファにもたれかかった背中からでも分かるくらいに、照れ臭そうに言った。

「うちは、アンタ以外全員女だから、悩みとか言いづらいかもしれないけどさ。家族なんだから、困った時は頼りなさいよ」

「うん、ありがとう・・・・」

 あや姉の言葉は、嬉しかった。この三日間、かの姉と違って全く俺の様子を窺って来なかったけれど、あや姉はあや姉で心配してくれていたんだ。放っといてくれたのは、きっとあや姉なりの優しさだったのだろう。

「分かったなら、さっさと食べて学校行きなさい」

 あや姉は、恥ずかしくなったのか、誤魔化すように、語気を強めて言った。

「うん」

 俺は、幸せ者だ。血は繋がっていなくとも、心配してくれる家族がいる。待ってくれている友達がいる。

 俺は、それを改めてしみじみと感じた。

「おあよー」

 少しして、大きなあくびをかきながら、かの姉がリビングに入ってきた。

「おはよ」

「おはよう」

 俺とあや姉が挨拶を返すと、かの姉の視線がこちらに向いた。

「あっ!優ちゃん!」

 俺を見るなり、かの姉が飛びついてくる。

「今日はちゃんと学校に行くんだね。えらいえらい!」

 と、こちらの承諾などは無視し、頭をワシャワシャと撫で回す。

「ちょ、かの姉。やめろって」

 かの姉の手を振りほどくが、もう意識は別の方に向いていた。

「お腹減ったぁ。あっ、パン貰っていい?いただきまーす」

 かの姉はそう言うなり、返答を待たずしてあや姉に焼いてもらったトーストをひょいと取り上げ、すごい勢いでムシャムシャと食べてしまう。

「ああ⁈俺の朝メシが!」

「全然足りな〜い」

 その言葉通り、かの姉のお腹から大きな空腹音が鳴った。

 お腹を摩りながら、かの姉の視線が、残ったスクランブルエッグに向けられる。

「「・・・・・・」」

 束の間の静寂の後、俺とかの姉の動きは一瞬だった。

 盗られることを察知した俺は、すかさず皿を持ち上げる。そのすぐ後に、かの姉の手が皿のあった場所で空振った。

「優ちゃん、ひっど〜い!」

「どっちがだよ!人のパン勝手に食って!コレまで渡してたまるか!」

「だってお腹減ったんだもん!いーじゃん、ケチ!」

「ケチってなんだ、ケチって!食いモンなら冷蔵庫にあるだろ!」

「お姉ちゃんはそれが食べたいの!」

「お姉ちゃんなら弟の朝食を奪うな!」

 言い争いながらも、容赦なく奪おうとしてくるかの姉に抵抗していると、あや姉の怒声が響く。

「お前ら、朝からうっさい!」

 その声に、俺とかの姉はピタリと止まる。

「だって〜・・・・」

 かの姉はしゅんとした声を漏らす。あや姉のストップがかかり、俺はホッと安堵の息を吐いた。

「少し待ってな。いま作るから」

「は〜い」

 かの姉は返事をすると、俺の向かいの椅子に座った。それを見て、俺も椅子にかけ直す。

 やっと落ち着いて食べられると、フォークでスクランブルエッグを掬い上げ、口に運ぼうとした時、ジッと見つめる、お腹を鳴らしたかの姉と目が合った。

 食い辛い・・・・。

 そう思い、俺はテレビの方に視線を逸らす。

 テレビでは、ニュースが流れている。

 顔は見えないが、中年くらいの夫婦が泣きながらインタビューに応えていた。

 俺はその映像を眺めながら、一口、また一口と、口へ運んでいく途中、その手が止まってしまう。

 最初は事故か、何かかと思っていた。

 しかし、それは違った。今流れているニュースは、化物による事件のニュースで、そして、インタビューを受けていた夫婦は、あの時見殺しにしてしまった男の人の両親であったのだ。

 一瞬で、あの時の光景が蘇った。

 もう忘れよう。そう決めたばかりであったのに、まるで逃がさないと、そう脅されている気がした。

 やはり、一歩でも踏み込んだら、自身のやった事から、過去からは逃れられないのだろうか。

 インタビューを受けている夫婦が震える声で、化物の犠牲になってしまった息子の話をしている。

 子宝に恵まれない中、やっと産まれてきた子供だったとか、その息子の、小さい頃の思い出とか、母の日や父の日には、いつもプレゼントを用意してくれる、親孝行な自慢の息子だったなど。

 顔は見えないが、震えている肩と声から、2人の悲しみが窺い知れる。

 夫婦が息子の話をする度に、心臓がグッと締め付けられ、罪悪感が俺を襲う。

 あの時、俺は男の人が喰われるのを、ただ見ていることしか出来なかった。

 俺にもっと、決断力があったなら、化物を殺す覚悟があったなら、この2人の息子さんは死んでいなかった。この夫婦が悲しみに暮れることもなかった。

 この事態を招いたのは、間違いなく俺だ。俺のせいなんだ・・・・。

 夫婦が言葉をつむぐ度に、心が痛くなる。胸に、何度も刃を突き刺されるような、そんな感覚だ。

 俺は、もう罪悪感に押しつぶされそうになっていた。

 この三日間、救えなかった、助けられなかったと、自分を責めていたが、そうじゃなかった。自分で自分を責めるんじゃなく、俺は本来、この人たちに責められるべきなんだ。憎まれるべきなんだ。

 きっと俺は、自分を責めることで逃げていたんだ。己の罪から、他者の憎悪から。

 俺は俯き、震える手をテーブルの下でグッと抑え、ざわめく心を鎮めようとした。

 繋がりのない人間なんていない。誰かが死ねば、悲しむ者は必ずいる。そんな当たり前な事実を、俺は思い知らされた。いや、知っていたのに、目を背けていたんだ。

 もう嫌だ。見たくない、聞きたくない。

 胸の奥から、重苦しい物が湧き上がってくる。

 今にも叫び出してしまいそうな、そんな時だった。

「つまんなーい」

 と、唐突にかの姉が言うと、テレビのチャンネルを替えてしまった。

「何よ、アンタ。いつもこの番組の占い楽しみにしてたじゃない」

 あや姉の言う通り、かの姉は毎朝この番組の後半にやる占いを観ては、浮かれたり沈んだりしている。

「だって、つまんないんだもん!ね、優ちゃん」

「え、あ・・・うん」

 急に話を振られ、言葉に詰まってしまう。

 しかし、同時に安堵している自分もいた。

 これ以上、あの夫婦の話を聞かされていたら、きっと俺の心が耐えられなかった。今回は、かの姉の気まぐれに助けられた。

 ホッと息を吐き、高鳴る心臓の鼓動が落ち着き始めた時、突然ガタッとかの姉が立ち上がった。

「あっ!今日、用事があるんだった!大変!」

 走り出そうとするかの姉を、あや姉が止める。

「ちょっと、朝メシはどうすんの!」

「用意してから食べるー!」

 そう言うと、ドタドタと忙しなくリビングを出ていった。

 と思ったら、ひょこっとドアから、かの姉が顔を出す。

「優ちゃんも、久しぶりの学校なんだから、早く行った方がいいよ!友達に早く元気な姿見せなくちゃ!」

 それだけ言い残し、またドタドタと音を立てながら行ってしまう。

 そんなかの姉に、あや姉はため息を吐きながら、ぼやいた。

「はぁ。ホンット朝から騒がしいんだから。それと———」

 するとあや姉は、出来上がったかの姉の朝食を置くと、俺の頬を掴みかかった。突然の事に驚くも、抵抗する間もなくグイっと無理やり顔を向けさせられる。

「アンタはもっとシャキッとしなさい。なに?その暗い顔は」

 抑えてたつもりだったが、指摘される程に顔に出ていたかと思いながらも、俺は苦笑いを浮かべ誤魔化した。

「そ、そう・・・かな?」

 そんな俺の顔をまじまじと見た後、ポイっと捨てるように、乱暴に手を放した。

「まったく。アンタは元気が取り柄でしょ、そんなんじゃ心配されるよ。無理して明るくする必要はないけど、友達の前ではいつも通りのアンタでいさない」

「う、うん」

 2人の言う通りだ。こんな気落ちしてちゃ、アイツらに心配させてしまう。

 気を取り直そうと、俺は残ったスクランブルエッグをかっ込んだ。

「ごちそうさま!行ってきます!」

 今はまだ、カラ元気でいい。きっとすぐに忘れて、またいつもの日常が戻ってくるはずだから。

 俺はかの姉の後に続くように、忙しなくリビングを後にしようとした時、あや姉の声がかかる。

「ちょっとアンタ、寝間着で学校行く気⁈」

「・・・・・・・」

 そうだった。まだ、制服にすら着替えていなかった。

 リビングを出て、左手にある玄関に向けていた体を、くるりと回転させ、何事もなかったように、真反対の階段へと走り出す。

「・・・準備してきまーす!」

 そうして、自室で準備を整えた後、学校へ向かった。



 通い慣れた道も、三日も歩かないとなんだか新鮮に見え、早朝の少し冷えた心地良い空気と、ポカポカと暖かい陽気も相まって、浮わついた気持ちで歩いていた。のだが、

「ヤッベぇぇぇぇえ!遅刻するぅ!」

 俺は今、いつもの通学路を全速力で走っている。

 何故俺が、朝早くから家を出たにもかかわらず、遅刻しそうになっているかと言うと、その道中に重そうな荷物を抱えたお婆さんが、辛そうに休み休み歩いているのを目にしてしまったからだ。

 見て見ぬフリもできず、手を貸したのだが、まさか隣町にまで行くとは思わなかった。

 何でも、上京してからというもの全く連絡も寄越さず、顔を見せにこない息子に、わざわざ田舎から会いに来たとか。ただ、途中財布を無くしてしまったらしく、バスにも乗れず、地図を見ながら住所だけを頼りに歩いていたらしい。

 タクシーを呼ぶという選択肢もあったが、タクシーだけ呼んで、はいサヨナラっていうのも忍びないし、もし万が一のことがあったら、俺も責任取れないし。と色々考えた上で、付き合うことにしたのだが、地図を見せてもらった時には絶句した。息子さんの家は、10km以上も先にあったからだ。

 幸い、向かってる途中で折り返しの電話があり、その息子さんが迎えに来てくれて助かった。

 まあでも、なんとか引き会わせることは出来たし、会った途端説教の嵐だったが、久々に息子と再会したお婆さんの顔は色味が戻ったというか、怒鳴りながらもどこか嬉しそうだった。きっと、息子さんの元気そうな姿を見て安心したのだろう。

 言っちゃなんだが、息子さんの方はどこか能天気っぽかったし、おそらく連絡や帰省しなかった事を深く考えてはいなかったようだ。

 しかし、会ったら会ったで、息子さんも懐かしさを感じていたのか、ガミガミと言われながらも、口元は綻んでいた。

 2人のあんな顔を見れただけで、こんな大変な朝もそう悪い気はしなかった。

 あとは、止むを得ず遅刻してしまった場合、この言い訳で先生に許して貰えるかどうかだが。

 そうこうしている内に、校舎が見え、校門も見えると、もうギリギリの時間だというのに、門の前に2つの人影が見えた。

 門に近づくにつれ、2人の姿がハッキリと捉えられる。

 1人は桐立で、もう1人は名前は分からないが、この前本屋で見かけた大量のエロ本を買っていた人だった。

 何故あの人が校門の前に、桐立と一緒にいるのか気になったが、急いでいるため走る速度を落とし、俺は小走りしながら挨拶をする。

「おはよう桐立!」

 桐立に挨拶をした後、視線をエロ本の人に移し、一応、会釈をした。

 2人の視線がこちらに向く。

 案の定、俺の挨拶は無視された。別にそれを気にしてる訳ではないが、無言で見つめてくる2人に気まずくなる。もしかしたら会話の邪魔をしてしまったかもしれない。

 俺は急いでいる事もあって、早く立ち去ろうと、誤魔化すように言う。

「えっと、桐立も早くしないと遅刻しちゃうぞ。じゃ、また教室でな」

 去り際に、もう一度エロ本の人に会釈をして、俺は校舎へと向かった。



「ホントにアイツなのか?」

 優月の走り去る後ろ姿を眺めながら、桐立が雷に聞く。

「ああ、間違いない」

 雷も同じく、彼の後ろ姿を見ながら頷いた。

「まあ、アイツならあの本を買ってる姿が容易に想像できるしな」

 呆れたように言う桐立に、雷は質問する。

「で、どうする?」

「とりあえず、雷はマサコに報告してくれ。話しはアタシがつけてくる」

「大丈夫なのか?」

「何が?」

「話し、できるのか?」

「はあ?馬鹿にしてんのか⁈」

「いや。お前なら、すぐに手を出しそうだと、思ってな」

「今お前を殴ってやろうか。いいから、さっさと行けよ」

「あまり、手荒なマネはしてやるな」

「わかってるよ」

 会話を終わらせると、雷は忽然と姿を消した。

 残された桐立は視線を戻し、もう姿の見えない優月の残像を見るようにして呟く。

「にしても、まさかアイツが化物だったとはな・・・・あんな、能天気な奴が・・・」

 その声にはどこか、悲しみと憐れみが入り混じっていた。

「大変だ、璃夜」

 と、姿を消したはずの雷が、急いだ様子で戻ってきた。

「・・・お前、まさか・・・」

 彼女は、理解しているかのように、呆れかえった眼差しを雷に向ける。

「帰り道がわからん」

「お前は、この三日間どこ見て歩いて来たんだよ!!スマホは⁈」

「無くした」

 璃夜は、彼の言葉に唸り声を上げながら、頭をかきむしった。

 一呼吸置いて、落ち着いた璃夜はスマホを取り出す。

「しゃあない、またサーシャに迎えに来てもらうか」

 深い溜息を吐きながら、嫌そうに電話をかける。

「・・・・・・・」

 しばらくの間、発信音だけがスマホから流れる。

『・・・・ハイ』

 ようやくつながった電話の向こうからは、声音だけでもわかるほどに、嫌そうにした女性が出た。

「サーシャ。頼みがあるんだが———」

『イヤですヨ!!』

 最後まで聞かずに、サーシャは拒絶する。彼女も、電話の理由が分かっているようだ。

「まだ何も言ってないだろ」

『わかってマスヨ!ドーセ、雷の迎えでショ⁈なんでワタシが、毎回毎回オ迎えに上がらなきゃイケナイんでスカ!何様ですカ⁈殿様でスカ⁈タクシーなりナンなり、ヨベばイイじゃないデスカ!』

「タクシーなんて呼べる訳ねーだろ!サラリーマンじゃねーんだぞ!そもそも、文句ならスマホ無くした雷に言えよ」

『謝るダケで、改善しないノガその馬鹿デス!カレに言ってもショーガありまセン!ソレを知っていて、確認シないアナタの責任デス!』

「したわ!出る前に、ちゃんと!けどコイツ、どっかで無くしやがったんだよ!」

 2人の通話をよそに、話しの的である雷は、校門の前で体育座りでかがみ込み、ポケットから取り出した本を読み始める。

『なら、ソレも考慮にイレテおくのが、保護者とシテの役目じゃナインデスカ⁈アナタのスクールカバンは飾りでスカ⁈』

「あぁもう!お前と言い争ってるヒマは無いんだよ。いいからさっさと来い!!」

『イヤです!』

 そうこうしている内に、学校のチャイムが鳴り響いた。

「もう学校が———」

『イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ……』

 璃夜の言葉を遮り、連呼するサーシャ。

「うるせぇ!!ガキみたいに駄々こねてねえで、来い!!」

『イヤ!』

「来い!」

『イーヤ!!』

 予鈴が鳴り響いてもなお、2人の押し問答はしばらく続いたのだった。

 


「おはよー!!」

 予鈴が鳴る中、教室へ入るなり、俺は大きな声で挨拶をした。俺なりに、元気な姿というものを見せつけるためだ。

 姉2人にも言及されたし、自身の快活さを沸き立たせる意味もある。なにより、クラスメイトに心配をかけさせたくなかったからだ。

 俺の大声に、ガヤガヤと騒がしかったクラス内が一瞬静まり返り、一同の視線がこちらに集中した。

 すると、みんなが俺を認識するなり、クラス内がまた騒ぎ出す。

 真っ先に飛び込んできたのは、制服を着崩し、少し不良っ気のあるクラスメイトの赤城と浅間と榛名の3人組であった。

「よう、優月!学校サボってどこ遊び行ってたんだよ」

 赤城は、唐突に後ろから羽交い締めをしながら聞いてくる。

「サボりじゃないって。言っただろ?風邪引いてたんだよ」

「嘘つけ!このヤロー!」

 赤城に羽交い締めをかけられたまま、榛名が脇をくすぐり、浅間は膝で軽く小突いてくる。

「ちょ、やめ、いやははははは!」

 彼らは見た目や言動は粗暴だが、悪い奴らではない。これも、彼らなりのスキンシップみたいなものだ。

「ちょ、あははは!やめ、ヤメテー!誰かぁ!助けてー!」

 喜々とした衆目の目に晒されながら、くすぐりの拷問をしばらく受けていると、聞き慣れた声が飛んでくる。

「おい、もうその辺にしておけよ」

 声の方に、俺と赤城たち3人が視線を向けると、その声の主は貴文だった。その横には姫見と桜もいた。

 赤城たちは少し不満そうにしながら、俺を解放する。

「チッ。別にいいじゃねえかよ、こんくらい。お前らだって普段、優月とジャレ合ってんだろうが」

「病み上がりなんだから、少しは手加減してやんなさいって言ってんのよ!」

 姫見の言葉に、赤城たちはムッとした表情を見せる。

「あ?なんだよ、彼女面か?優月は私のモノ〜ってか!」

 赤城たちは、姫見に対して挑発気味に言う。

「なっ⁈あんたら・・・」

 顔を紅潮させ、その挑発に乗ってしまいそうだった姫見を制止するように、貴文が割って入った。

「まあまあ、そう言ってやんな。コイツなりに優月を心配してんだ。それに俺が言いたいのは、もうそろそろ先生が来る頃だぞって事」

 まるで預言したかのように、貴文が言った途端、教室の戸が開き担任の先生が入ってきた。

「おーい、何やってんだお前ら。早く席につけ」

「はーい」「うぃーす」と、多種多様に返事する者しない者たちが、ぞろぞろと席に戻っていく中、桜が心配そうに聞いてくる。

「優月、大丈夫?」

「ああ、うん。大丈夫だよ。貴文も、止めてくれてありがとな。いやー、笑い死ぬかと思ったわ」

 冗談ぽく言ってみせる俺に、貴文は軽く笑った。

「気にすんな」

 そして、俺は視線を姫見に移す。姫見は、ばつが悪そうに顔を逸らしていた。

「姫見もありがとな。心配してくれて」

 より顔を紅く染め上げる姫見。

「別に、心配したわけじゃ・・・」

 照れた様子で何かを言おうとする姫見だったが、俺は構わず続けて言った。

「でもお前は、もうちょっと言い方ってモンがあるだろ」

 それを聞いた途端、姫見の眉がピクリと動く。

「はぁ⁈助けてやったんだから、感謝こそすれど、何で文句言われなくちゃいけないわけ⁈」

 姫見は、いつもの調子を取り戻したように反論してくる。

「いや、助けてくれたの貴文だし。お前、顔真っ赤にしてただけじゃんか」

「うっさい、バカ!そもそも何でバカが風邪引いてんのよ!バカならバカらしく風邪なんて引くな!もしくは気づくな!」

「おま・・・それは、全国のバカに失礼だろ!バカだって風邪くらい引くもんだ!・・・ていうか、俺はバカじゃねぇ!ちょっと勉強が出来ないだけだ!」

「それを一般的にバカって言うんでしょ」

 姫見は腕を組み、見下したように言う。その顔は、何か勝ち誇ったような表情だ。

 勝負をしている訳ではないのに、その顔を見ると何故か悔しさが込み上げる。

「何でお前は、いつもそう高圧的なんだ。だから余計な争いを生むんだぞ。たまには貴文を見習え!」

「そ、そんなの、そういう性格なんだから仕方ないでしょ!だいたい、アンタがいつもいつも甘い態度を取るから、私をイラつかせるんでしょ!」

「はあ?なんでお前が俺の事でイラつくんだよ」

 途端、姫見は目を泳がせ、口籠もる。

「それは・・・・」

「?」

「・・・んもぉぉ、うっさいのよ!バカ!!」

 怪訝に思い、姫見の応えを待っていたら、込み上げる怒りをぶち撒けるように怒鳴った。

「あっ!またバカって———」

「おい、いつまで痴話喧嘩してんだ。早く席につけ、遅刻にすんぞ」

 と、怠気な先生の声が飛んでくる。

 その声に、俺と姫見が振り向くと、気付けば、俺たち2人だけがポツンと取り残され、他の生徒たちはみんな、席に着いていたのだった。

 俺は、言い合いに夢中になりすぎていたため、今の状況を理解するのに、少し時間がかかった。

 それは姫見も同じようで、お互いにクラス中を見渡す。雨宮が苦笑いを浮かべながらこちらを見ていて、桜はソワソワとしている。そして、貴文は笑いを堪えるように肩を震わせていた。

「「すみませんでした!!」」

 やっとのこと状況を理解した俺たちは、声を上げ、そそくさと自分たちの席へ急いだ。

 クソォ。言ってくればいいものを、貴文め、わざと黙ってやがったな。

 席に着いて、貴文に恨みの目を向ける。姫見も同様に貴文を睨み付けていた。

 俺と姫見が席に着いたのを確認してから、先生は続ける。

「よーし、それじゃ出席を取るぞ〜」

 先生が順々に生徒たちの名前を呼び始めると、突然、教室の戸が開き、クラス中の視線が一気に集まる。

 そこから現れたのは桐立だった。

 桐立は、クラス中の視線を一身に受けがらも、気にする事なく真っ直ぐに自分の席へと着く。

 桐立は、クラス内の生徒からの印象があまり良くない。この間の姫見とのいざこざのように、誰に対しても冷たい態度を取ってしまうからだ。

 だから今回も、桐立の登場にクラス中がシンと静まり返った。

 しかし、その静寂を切り裂いたのは先生だった。

「おーい桐立、堂々と遅刻するな〜」

 先生は、注意をする気があるのかないのか分からないような、感情のこもっていない声音で言った。

「気をつけます」

 と、桐立もまた、反省など微塵もないような態度で返す。

「はい、じゃあ続けるぞ〜」

 桐立の態度など気にせず、先生が出席を取り直そうと、パンパンと手を叩く。

 桐立に向いてしまったみんなの視線を、前に戻すためだ。

 俺もその先生の手の音で、視線を戻した後、ふと不思議に思った。

 桐立はさっき校門の前にいたのに、何故こんなに遅れて来たんだろうか。

 あのエロ本の人と、何か話しをしていたようだったけれど、時間を忘れる程、大事な話しをしていたのか。

 まさか、エロ本の人は桐立の彼氏とか⁈それで、校門の前でイチャイチャしていたとか⁈

 桐立が、彼氏に甘えている姿を想像してみる。しかし、普段の桐立と重なり、俺は頭を振り払った。

 いやいや、桐立に限ってそんなことありえるか?あの桐立たぞ?

 いやでも、ああいう奴程、裏では甘えん坊だと、何かの本で読んだことがあるような。

「壱志」

「あっ、はい!」

 と、唐突に先生に名前を呼ばれる。変な事を考えている内に、出席確認の順番が回ってきたのだ。

 突然の名指しに驚きながら、先生の呼び声に応えた。

 こちらを見ていなかった先生だが、俺の跳ね上がった声を聞いて、というよりも、3日間も無断で休んでいた生徒の、やっとの登校に反応を示し、顔を向けた。

「おっ、なんだ壱志、いたのか。どこ遊び行ってやがったんだ」

「いや、さっき後ろで騒いでたでしょ!アンタ、どんだけ生徒の顔見てないんだよ!あと、遊びになんて行ってません!」

「生意気だな。遅刻にするぞ」

「横暴だ!!」

 そんな先生とのやり取りで、クラス内に笑い声が巻き起こる。先程のクラス内の緊張した空気が嘘のように。

 あんなやる気のない、常に気だるげな人でも、やはり先生なのだなと改めて実感した。

 もっとやる気を出して、生徒に寄り添ってくれれば完璧なのに・・・。

 そんな事を心の中で思いながら溜息を吐いた後、俺はもう一度桐立へと視線を向けた。

 桐立は、机に肘をつきながら、そっぽを向くように窓の方を眺めている。

 先程までのクラスの空気など、意に介さないように。

 いや、やっぱり変な想像をするのは止めよう。桐立に失礼だしな。たとえ、桐立が裏では甘えん坊だったとしても、それも桐立の個性だ。俺は尊重しよう。うん。

 そうして、俺は一人納得したのであった。

 


「はぁ」

 久しぶりの学校は、なんだか疲れた。元々頭の悪い俺が3日も休めば、授業にも置いてかれて、さっぱり分からなかったな。後で貴文にでもノートを借りよう。

 学校も終わり、一階の下駄箱へ向かう最中の階段で、そんな事を思いながら溜息を吐く。

「おい。待てよ、優月」

 そんな俺を呼び止める声に、後ろを向くと、貴文と姫見と桜が駆け寄ってきた。

「一緒に帰ろうぜ」

「あれ、お前ら今日は家の用事はないのか?」

 話しながら、横に着いた貴文と階段を下って行く。

「ああ、久々にな。つっても、どっか寄り道するのは難しいけどな」

 久しぶりに貴文たちと、遊べると期待したが、無理なようだ。

「そっかあ。たまには、お前らと暇できると思ったのに」

「悪いな」

 貴文は、困ったような笑顔を見せながら謝る。すると、階段を2段上から、俺と貴文について来るように下る姫見が聞いてくる。

「アンタ、いつも暇そうにしてるけど、最近アルバイト始めたんじゃなかったっけ?」

「始めたっつっても、バイトって程じゃないぞ。昔、母さんが世話になった人がやってる居酒屋が、人手が欲しい時に呼ばれるだけだから。まあ、手伝いみたいなもんかな」

「優月の働いてる姿、見てみたい」

「確かに。それは俺も見てみたいな」

 姫見の隣にいる桜が小さく言うと、貴文もそれに同調した。

「いやでも、そのすぐ後にバイトの人が入ったみたいでさ、全然呼ばれなくなったんだよな」

「アンタ、何かやったんじゃないの?」

 姫見が、不審な目で見てくる。

「そんなわけないだろ!ちゃんと真面目に働いてたっての!」

 反論する俺に、姫見は悪戯な笑みを浮かべる。

「え〜?あっやし〜」

 そんな会話をしている内に、昇降口に着いた。各々が自分の下駄箱に対面し小さな扉を開け、靴を取り出していく。

 俺も、自分の靴を取り出そうと下駄箱を開けると、靴の上には見知らぬ、四角く白い封筒が乗っかっていた。

 バァァン!!!

 と、俺は咄嗟に、下駄箱を勢いよく閉めてしまった。

「ビックリしたあ。何よ、急に」

 姫見が目をパチクリとさせる。しかし、それは姫見たちだけではなく、あまりに音が轟き過ぎたせいか、昇降口にいたほぼ全ての生徒が音に反応し、ざわめき立つ。

 しかし、俺の胸中はそれどころではなかった。

 下駄箱に手紙・・・間違いない、らぶれたーと言うやつだ!!

 そう、俺は人生初のらぶれたーに、衝撃を隠せないでいた。

「優月?おい、大丈夫か?」

 立ったまま固まっている俺を、貴文が心配するように声をかけてくる。

 だが、さすがに、みんなの前で堂々とラブレターを出す訳にはいかない。10代の学生なんて、イベント事に飢えたモンスターだ。もし、ラブレターなんてモノがバレたら、どんな噂が流れるか分かったもんじゃない。それは、勇気を振り絞りラブレターを出してくれた相手にも悪い。それになにより、健吾と竜司の耳に入るのだけは防がねばならない。怒り狂ったアイツらが、何をしでかすか分からないからな。

 よし。と、俺は顔を上げ、クルリと身体を回し、出入り口とは逆方向へ向く。

「悪い!俺、用事あったんだった!」

 と、言いながらその場を去ろうと、足を運ばせる。はやる気持ちからか、自然と足速になっていた。

「お、おい、優月⁈」

 そんな俺を、貴文が引き止めようとするが、間髪入れずに貴文たちを制した。

「ホントごめん!先帰ってていいから!じゃあな!」

 そして、小走りでその場を後にする。といっても、貴文たちの位置から見えない所に隠れただけなのだが。

 しばらく身を隠した後、壁の角から顔半分を出して、様子を伺う。

「行ったか?」

 そして、少し移動しては、また様子を伺ってを繰り返し、先程の自分のクラスの下駄箱の位置にまで戻ってくると、下駄箱の側面に背を合わせ、ヒョイっと覗き、誰もいない事を確認して、すぐさま自分の靴入れの前に移動した。

 ここに辿り着くまでに、他の生徒たちの目が痛かったが、気にしている余裕は今の俺にはなかった。

 扉を開ける前に、今一度周囲を確認して、サッと手紙を取り出しポケットにしまうと、餌を取って逃げる野良猫のように、その場から逃げ出す。

 そして、一階のトイレに駆け込んだ俺は、個室に閉じ籠り、震える手で手紙の内容を確認した。

 手紙の内容は、紛れもないラブレターそのものであった。ずっと前から気になっていると、ハートマークまで描かれている。

 しかし、ラブレターにもかかわらず、何故か名前の類いが書かれていない。ただ、文の最後に書かれていたのは、屋上で待っているとのこと。

 本来、面と向かって告白する勇気がないから、手紙という手段を用いるのに、わざわざ呼び出すなんてどういうことだ?

 と、普通なら思うところだが、今の俺は違った。

 今の俺はただ、

「行かねばっ」

 その一心で、屋上へと向かうのだった。



 優月が慌てた様子で走り出した後、貴文、理那、桜は、3人で帰路に着いていた。

 いつ戻るか分からないなら、待っていても仕方ないと判断したのだろう。

 しかし、この3人で歩く帰り道は、なんだか物寂しい雰囲気を感じる。

「急にどうしたんだろうな、アイツ」

 貴文が特に何も考えずに疑問に思った事を口に出すと、横から軽い衝撃が来た。

 理那が肘で突ついてきたのだ。それは、空気を読め、という合図であった。

 なぜなら、いつも無表情な桜が、なんだかしょんぼりとしていたからだ。

 気づいた貴文は、頬を掻きながら、誤魔化すように付け加える。

「あー、まぁでもなんだ、今日元気に登校したんだし、明日もちゃんと来るだろ。昼休みなんて、授業に付いて行けないって嘆いてたし。ああ、そうだ。なんなら、桜が教えてやれよ。アイツ、きっと喜ぶぞ」

 貴文のアドバイスに、桜の表情がパッと明るくなった。

「うん」

 それを見た貴文と、理那はホッと息をついた。

 一安心してか、理那の小言が始まる。

「まったく、なんであのバカは、ああも落ち着きが無いのよ。人に散々心配かけさせて、休んでた理由も風邪の一点張りだし。そもそも、風邪だったら連絡ぐらい返せるでしょ!嘘が下手過ぎんのよ、アイツは!せっかく・・・・」

 理那は口籠った後、小さく呟いた。

「・・・・せっかく、ゆっくり話せると思ったのに」

 それを聞いてか聞かずか、貴文はそんな理那を見て軽く微笑する。

「そうだな。昼休みも健吾と竜司が来て、それどころじゃなかったもんな」

 膨れる理那に、貴文は諭すように言った。

「まあ、いいじゃないか、理由なんて。優月が大事なく、また学校に来れて、笑い合って、俺はそれだけで良かったけどな」

「それは、そうだけど・・・。せめて、納得できる理由くらい———」

「もしさ」

 理那の言葉を遮り、暗いトーンで貴文が呟く。彼の真面目な表情とピリついた雰囲気に、理那は口を止めた。

「もし優月が、化物の事件に巻き込まれでもしてたら、俺は・・・」

 それは、理那と桜に対して話しているようには感じられず、むしろ何かを思い出し、自分自身を戒めているようであった。

 それを聞いた理那も、視線を落とし、苦虫を噛んだような表情を見せる。隣の桜も同様であった。

「そうね。だからこそ・・・!」

 理那は最後まで言わず、ただギュッと、強く拳を握りしめた。

 しばらくの間、3人はそれぞれの思いに馳せながら、無言で歩き続けていた。

 が、重苦しい空気になっていることに気付いた貴文が、いち早くその空気を振り払った。

「っと、わりぃ。また余計な事言っちまったかな。どうにもマイナスな思考に行っちまうな、俺は。こういう時、優月の楽観的な性格が羨ましい」

 貴文は、自分のせいで暗い雰囲気になってしまったために、慣れない冗談を言ってみせる。

 それを聞いた理那と桜も、黙考から抜け出すと、軽く笑った。

「何言ってんのよ。あんなバカが二人もいたら、こっちが大変だっての!」

 理那も冗談で返すと、貴文は「だな」と笑い、場は和み始めた。

 貴文は、優月の話題ついでに「それにしても・・・」と、昇降口での彼を思い出す。

「アイツ、変な慌て方だったよな。下駄箱開けてから様子が変わったし・・・」

 と、何を思いついたのか、フッと軽く笑った後、冗談混じりで言う。

「もしかして、ラブレターでも入ってたりした、とか」

 その瞬間、目をまん丸とさせ固まる理那と桜の2人。

 そんな、ピタリと止まってしまった2人に気付かず、一歩二歩と先へ進んだ後、返答がないことを変に思った貴文が振り返った。

「あれ・・・もしかして、効いた?」

 固まってしまった2人に困惑していると、「い・・・」という声の後、石化が解けたように理那がクビを大きく横に振る。

「いやいや、そんなのあるわけないでしょ!あんなのを好きになるモノ好きなんて・・・」

 そう言いながらも、動揺を隠せない様子。

 そんな理那の反応が面白く、ニヤけた貴文はいじわる気に言う。

「そうか?俺は優月、結構モテると思うけどなあ。現に桜だって・・・」

 そう桜を指さした貴文は、ぎょっとした表情をし、言葉を詰まらせる。その顔を見て、訝しんだ理那も隣に視線を移すと、目に見えるわけではないが、桜は禍々しさを感じさせるオーラを発していたのだった。

「ラブ・・・レター・・・」

 ボソリと呟く声に、怒りと憎悪のドス黒いオーラが滲み出ている。

 もしかするとこのままでは、何も知らない優月に危険が及ぶかもしれない。問い詰められ、桜にボロボロにされた優月が脳裏に浮かんだ貴文と理那は、慌てて落ち着かせようとなだめる。

「ちがっ、違うんだ桜!それはただの冗談で・・・!」

「そ、そうよ!貴文が悪ふざけで言っただけだから。だから安心して。ね」

 いざとなったら止められるように、桜を囲んで説得していると、幸い2人の考えは杞憂に終わり、桜の暗いオーラはスッと消え去り、先程までの荒々しい気配が嘘のように、いつもの無表情で感情の読み取り辛い桜に戻った。

「そっか」

 そのまま、スタスタと歩き始める桜を目で追い、落ち着いた事を確認した2人は、安堵の溜息を吐く。そして、理那が貴文の足を軽く蹴った。

「・・・わるい」

 今一度、貴文は優月の諧謔的な性格を羨ましく思うのだった。

「早く、帰ろ」

 そんな2人をよそに、桜は少し歩いた先で、付いて来ていない貴文と理那を催促する。

「まったく、あの子は・・・」

 と、理那がため息混じりで吐くが、その顔に不満の色はない。むしろ、軽い笑顔を見せている。

「ほら、行くよ」

 ボケっとしている貴文に声をかけ、理那が小走りで駆け出す。

「あ、ああ」

 貴文も後を追うようにして続く。

 そうして3人は帰路に戻るのだった。が、貴文が思い出したように声を上げた。

「あっ!『ゆい』の件、優月に聞くの忘れてた」

 理那も忘れてたと言わんばかりに、「あっ」と声を出した。

「まぁ、また今度聞けばいいでしょ。あいつも元気になったんだし」

「そうだな」

「それに、どうせまた結の人違いよ。あの人、しっかりしてるようで、たまにボケてるんだから」

 理那は笑いながら言うと、貴文も軽く口元を綻ばせ、

「そうだと、いいんだがな・・・」

 2人には聞こえない程の声で、そう呟いた。



「ぶぇっくしょん!」

 校舎の屋上を目指し、階段を登っている途中で、急な鼻のムズムズを感じた俺は、盛大なくしゃみをした。

 きっとどこかで、俺の噂をしているに違いない。

「へへ、モテる男は辛いぜ」

 鼻を人差し指で擦り、浮ついた気持ちからか足早に階段を登り進める。屋上そこに待っている人がいるから。

 心を弾ませながら、俺は屋上の扉を開いた。

 隔てる物のない屋上の夕日は眩しく、目をすぼませながらも、人影を捉えた。

 次第に目も慣れ始め、その姿を確認しようとした時、向こうから声が飛んできた。

「遅えよ。いつまで待たせんだ」

 その女性の声と口調には聞き覚えがあった。そして、目に映ったのは俺の予想外の人物であった。

 そこにいたのは、桐立だったのだ。

 何故、桐立がここにいるのだろうか。さっきの口ぶりからして、おそらくは誰かと待ち合わせをしているのだろうが・・・。きっと、さっきの言葉もドアを開く音に反応して言ったに違いない。

「あれ、桐立?なんでこんなとこにいるんだ?」

 俺はキョロキョロと、周りにラブレターの差出人がいないか探しながら、桐立に尋ねた。

「他には誰もいねーぞ」

 そんな俺を見て、桐立が言った。

「え?」

 意味が分からず、ポカンとしていると、桐立は続けて言う。

「お前をここに呼んだのはアタシだよ」

 桐立の言葉を受け、俺はフリーズしてしまう。その言葉の意味を理解するのに、時間がかかってしまった。

「・・・・・、はぁ⁈⁈」

 少しの間の後、ようやく理解した俺は、驚きの声を上げた。

 手紙をポケットから取り出し、もう一度雑破に目に通す。

 何で桐立が俺にラブレターなんて。俺のこと好きだったのか⁈だとしても、あの桐立がこんな丸文字やハートのマークを書くなんて信じられない。それに桐立には、今朝校門で一緒にいた恋人がいる筈。あの人は恋人じゃないのか?

 脳内で一気に疑問が噴出するが、とりあえず今手元にあるこの手紙を突き出し、桐立に問うた。

「じゃ、じゃあこの手紙も桐立が書いたのか⁈」

「ああ、それか。その手紙は別のヤツが・・・って、なんだコリャ⁈⁈」

 最初は怠そうに答えようとする桐立だったが、チラリと手紙を一瞥すると、慌てて手紙を奪い取った。

 その手紙に目を通しながら、怒りか羞恥か、顔を紅潮させワナワナと震え出す桐立が、最後にはクシャリと手紙を握り潰した。

「あの野郎・・・こんなモン出させやがって!」

「それ、やっぱり桐立が書いたモンじゃないのか?」

「あったりめぇだろ!!」

 俺の問いに即答する桐立。やはり、彼女が書いた物ではないらしい。むしろ、本当に桐立が書いていたら、ギャップが凄すぎて逆に怖い。

 俺は何故か安心して、ホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、安心すると次の疑問が生まれた。

「ん?でも、じゃあなんで俺をこんなとこに呼んだんだ?そんな手紙使ってまで」

 そう質問すると、怒りながら手紙を細切れに破いていた桐立は平静に戻り、自身のスクールバッグから何かを取り出し、俺の足下へ放り投げた。

「それ、お前のだろ」

 滑るようにして転がってきたソレが、靴の爪先にコツンと当たって停まる。

「あ、これ⁈」

 それは本だった。

 この間、桜と立ち寄った本屋で買った本。どこかで無くしたと思って諦めていたけど、まさか桐立が見つけてくれてたなんて。

 そうか。今朝の、桐立と一緒にいた男の人が教えてくれたのか。あの人なら、俺がこの本を買ってたことを知っていてもおかしくない。

 俺はその本を手に取り、天に掲げ、感情のまま大喜びする。

「良かったあ!探してたんだよ、この本!」

 これで、俺の勉強も捗ると思うと嬉しくて仕方なかった。なんせ、『勉強が出来る様になる本』だからな。これで、授業の遅れも挽回できる。

「ありがとうな、桐立。てか、どこにあったんだ?」

 喜ぶ俺とは対照的に、依然として、怖いくらい真剣な表情で俺を見つめてくる桐立に、素朴な質問を投げかけた。

 桐立は目を瞑り、黙り込んでしまう。

 ようやく、桐立の異様な態度に気付いた俺は怪訝に思い、もう一度尋ねようとした時、桐立の口が開いた。

「森林公園だ」

 瞬間、俺は固まった。

 まさか、まさか、まさか・・・・。

 次第に心臓の鼓動が速くなり、嫌な汗が流れ始めた頃、桐立の口がもう一度開く。

「お前、あの時の右手の化物だろ」

 心臓に強い衝撃を食らった感覚の後、背筋が凍るような寒さに襲われる。血の気が引いていくのが分かった。

 殺される・・・。頭の中が、その言葉でいっぱいになった。恐怖心で胸が締め付けられ、それに抗うように、心臓の鼓動が加速する。

 来る・・・アイツらが・・・!

 頭の中で、今まで観たニュースや動画、人伝いの話、それらの化物に関する内容、そして、その者たちの笑顔や笑い声が駆け巡る。

 だが、最後に脳裏をよぎったのは、雨の中、無惨に殺された化物の姿だった。

 パタンと、足に物が落ちる痛みに、ビクンと肩が跳ね、我に返った。

 動揺で、無意識に手の力が抜けてしまっていたみたいだ。

 怖い・・・怖い・・けど!

 俺はその恐怖心に飲まれないよう、グッと歯を噛み、震える拳を握った。

「だったら、何なんだよ・・・」

 体の震えを誤魔化そうと、ゆっくりと落とした本を拾いながら言う。

「あ?」

 欲しい答えじゃなかったのか、それとも俺の物言いか、桐立は顔をしかめてこちらを睨む。

 その鋭い眼光と圧に一瞬たじろぐも、踏み留まり、キッと睨め返した。

「化物は、殺されて当然だって言うのか?」

 彼女は肯定も否定もせず、黙ったままこちらを睨み続ける。俺はそれを沈黙による肯定だと捉えた。

「どうして、そう簡単に切り捨てられるんだ。どうして、平気な顔してられるんだよ。死ぬんだぞ!人が!」

「人じゃねえ。化物だろ」

「それでも、命だ!生きてんだよ!なんで、同じ命なのに別けるんだ。どうして、そんな考え方しちまうんだよ!」

「一緒じゃねえ」

 桐立の冷たく、鋭い言葉が突き抜ける。

「命の価値は確かに同じかもしれねぇが、その命が入ってる器が違う。なら、別けるしかねぇだろうが」

 俺は桐立の、怒気を含んだ物言いに気圧され、口をつぐんでしまう。

「お前のような馬鹿な理想主義者にはわからねぇだろうが、この世の中には、生きてちゃいけない命ってのがあんだよ。中には、生きるに値しない命ってのもな」

 最後の言葉に誰かを思い浮かべたのか、桐立は視線を落とし、歯噛みした。

「お前のわがままで、誰かが傷つくなり死ぬなりした時、お前は責任取れんのかよ」

 桐立の言葉で、俺は先日の森林公園の事と、今朝のニュースを思いだしていた。それを見透かしてるかのように、桐立は続ける。

「この間の森林公園がいい例だ。お前が邪魔しなければ、化物を早々に始末して、あの男は死なずに済んだかもしれない。お前はあの男の死に、責任持てんのか?」

 桐立が今までどんな世界を見てきたのか分からない。しかし、相当なことがあったのだと思わせる程、桐立の言葉には重みがあった。

 そんな桐立からしたら、俺の考えなんて子供の戯言なのかもしれない。

 でも、それでも俺は・・・。

「・・・・泣いて、たんだ」

「あ?」

「あの、化物の人。まだ人の姿でいた時、泣いてたんだよ!それを無視してただ殺すなんて、出来るわけないだろ!」

「それが甘いってんだよ」

「何とでも言えばいい!俺は誰かを殺したくてこの力を使ったんじゃない!俺はただ・・・ただ、助けたかっただけなんだ・・・」

 言いながら、俺は顔を伏せた。ずっと抑えてたものがあふれ出し、涙が溢れそうになったからだ。しかし、もうすでに遅く、かすみ始めた視界の先に、ポタポタと水滴が弾け地面を濡らす。

 誤魔化しきれずに、袖で涙を拭う。けれども、拭っても拭っても止めどなく溢れ出る涙に、俺はとうとう崩折れ、声にならない声でえずきながら泣きじゃくった。

「ったく。男が泣くんじゃねえよ。みっともねぇ」

 桐立は深いため息を吐くと、ポケットからスマホを取り出した。

「もういいか?」

『ええ、十分よ』

 スマホからは、スピーカーで声が流れる。

『連れてきてちょうだい』

 通話を切ると、桐立はこちらに近づき、手を差し伸べる。

「ホラ」

「え?」

 状況が分からずに呆けている俺の腕を掴み、桐立は強引に立ち上がらせると、視線を逸らしバツが悪そうにする。

「その・・・悪かったよ。言い過ぎた」

「あ、いや、おれの方こそ・・・ゴメン・・」

 照れた様子で謝った桐立は、一つ咳払いをした後、通常運転にもどる。

「別に、お前をどうこうする気はねえよ。ただ、お前に興味があるヤツがいてな、そいつの命令だ」

「じゃあ、通報・・・しないのか?」

「ああ、ただし・・・」

 俺の横を通りすぎ、それを目で追っていると、桐立は屋上の出入り口で止まり、振り返る。

「ついて来い」

 そう言う彼女の眼は、鋭く、凛々しさを感じさせた。

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