番外編2 オウグス達のその後
アーリがアースクルス家を出て1か月が経過した。
妹であるシュランとの新たな婚約が世間一般にも広まり、シュランには多くの祝福の声が届いていた。
しかし、その実態は──。
「シュラン、お前には期待していたんだがな。王妃教育にも耐えられないとは情けない」
シュランに冷ややかな視線を向けるのは、王太子オウグスだ。
「まさかこの程度で音を上げないよな?──やれ」
「かしこまりました」
アースクルス家に宛がわれたオウグスの自室。
オウグスの隣に居る取り巻きの一人が、両足を抱え込んでうずくまるシュランに鞭を飛ばす。
「……っ……!!」
鞭の先端がシュランの白い腕を弾き、時間の経過と共に赤くみみず腫れを作る。
体中に似たような傷跡が残り、最早かつての美貌の面影はない。
この1ヶ月、何度も繰り返された暴力に、シュランは悲鳴を上げる気力さえも奪われていた。
「……殿……下……私は……」
霞む視界の中、名前を呼ばれたオウグスがシュランの目の前でしゃがむ。
そして、そっとシュランの体を抱き締める。
「シュラン、分かってくれ。これが俺からの愛なのだ。心を壊しても無駄だと気付いたんだ……お前の体に刻まれているのは俺の溢れ出る愛なのだ」
「愛……これが……?」
「そうだ」
「……私を愛して……下さっているのです、ね……?」
「その通りだ!あぁ、やはりお前だけは分かってくれるのだな!愛しているぞシュラン!」
「……愛……わた……し……も……」
オウグスの体温を感じ、涙を滲ませる。
何度も言い聞かせているのだ。
これがオウグスからの寵愛で、姉とは違い自分だけは授かれているのだと。
元よりシュランに逃げ場はない。
アースクルス家は王国との繋がりを強める以外に立場を保つ手段がない。
両親からの鬼気迫る重圧は想像を絶している。
だがそれはアーリも同じだった。
王国との繋がりを期待され、王妃教育に耐えてきた。そして、オウグスにも。
事ここに至ってようやくシュランは理解するのだ。
(……姉さんはずっとこんな環境で──)
全てはもう遅い。
シュランに残されている道は、自らの心を騙し、家とそして国の為に生きる事だけだった。
そう、道具のように──。
※
更に一週間の時が流れた。
「オウグス、シュランとの関係はどうだ?」
「順調ですよ父上」
王宮の王室内にて、国王ランデルはオウグスを呼び出していた。
目的はシュランとの進捗を聞く為だ。
「順調、か……」
ランデルはこの言葉を真には受けていない。
だが判断にも迷っていた。
現在ランデルの暗部は解体されており、情報収集が円滑に進んでいなかったのだ。
王宮を支えていたゼンデンス家が半ば謀反を起こそうとしている。
それに続き、他二つの三大公爵家も王国に反旗を翻そうと企てていた。
今、王国は内乱間近にまで迫っている。
そんな中侯爵家との繋がりまで失うのは痛手だ。
ランデルは何としてでもオウグスの婚約を成功させたかった。
だが、自らの息子が浮かべる笑みは、昔から変わらない。
ランデルは訝しみながら、今度はより真剣な面持ちでたずねた。
「……本当に、大丈夫なのか?国の未来を左右する事なのだぞ」
ランデルの言葉に、オウグスはピクリと眉を動かす。
「疑っておいでで?シュランと俺との愛を」
「お前には前科がある。ゼンデンス家へ支払う賠償金もかなりの額になる……事と次第によってはもう次はないぞ?」
「それはこの俺を廃嫡する事も視野に入れていると?」
「……国の為にはな」
オウグスは笑みを消し、一瞬だけランデルに強い視線を向けた後、ため息を吐く。
「大丈夫ですよ。俺も変わったんですよ父上。愛の築き方は十分に理解しました」
「ならば良いが……オウグス、これだけは覚えておけ」
「はい?」
ランデルは険しい表情でオウグスを睨む。
「この先、国が大きく動くぞ」
「……そうですか」
そう短く返事をしたオウグスは王室を後にする。
オウグスにはどうでも良い事だったから。
シュランとの愛の日々を送る事だけが、今のオウグスにとっての全てだ。
それが破滅への道だとは気付きもしずに。
※
王室からオウグスの自室へと続く長い廊下、響く足音が二つ。
一方はオウグス自身のもの。
そしてもう片方は──。
「お久しぶりですね、殿下」
「……貴様は……イリスか……!?何故ここに居る!?」
黒装束に身を包み、アレスと同じかそれ以上に透き通る銀髪を結ってまとめているのは、アレスの実姉イリス。アーリの更に前の、オウグスの元婚約者だ。
口元を覆っていたマスクを下げ、妖しく微笑み掛けるイリスは、二人以外誰も居ないこの場所で一歩、また一歩とオウグスに歩み寄る。
その足取りが微かに震えていた事にイリス自身は気付いていなかった。
無意識にオウグスに与えられた傷がそうさせていたが、傷を越える激情が今のイリス突き動かしていた。
「何故って、それは私達の家は王宮を知り尽くしていますからね。暗部としての教育も勿論受けておりますし、人払いをしてこうしてあなたと顔を合わせる事くらい朝飯前です」
「そんな事は聞いていない!今さら俺の前に姿を現して何のつもりだと聞いている!」
「……簡単な事ですよ」
イリスはまるで暗殺者のようなしなかな動きで、オウグスの首元に手を当てた。
その仕草は手刀を彷彿とさせる。
「──復讐ですよ」
「……うぐっ……!!」
イリスはオウグスの背後を取り、右腕と膝の関節を絡めとる。
「殺したりはしませんよ。アレスやアーリちゃんに怒られてしまいますから」
「アッ……アーリだと……!?」
「えぇ、優しい子達ですから。きっとあなたを手に掛けた私の心を心配してしまいますからね」
「ふ、ふざけた事を……!一体俺が何をしたと言うんだ!!俺は俺なりの愛を精一杯伝えた筈だ!!」
「……なら、私からその愛への恩返しですよ。──来なさい」
イリスがそう声を掛けると、薄暗い廊下の奥から一人の少女が姿を現した。
「シ、シュラン……!?」
豪奢なドレスを着た華やかな少女の姿ではなく、やつれ髪も傷み、痛々しいまでの姿でシュランはオウグスの元に近付いた。
「彼女に自我はほとんど残っていないでしょう。あなたがそう追い込み、私が薬で昏睡状態にしています」
「き……貴様正気か……!?」
「正気ですよ。少なくともあなたよりずっとね」
イリスはオウグスを解放し、シュランの正面に立たせた。
「さぁ、シュラン。あなたの愛しい殿下ですよ」
「……殿……下……わた……しの……」
イリスはシュランの姿を見て、同情とそれでも許せない感情とがない交ぜになっていた。
シュランには同情出来る。
だけど、それでも義妹であるアーリへの仕打ちは許せなかった。
だからこのような手段を取った。
今のシュランにとっての幸せで、今のオウグスにとって絶望を与えられる手段を。
イリスはそっとシュランの隣に移動し、耳元で囁き掛けた。
「シュラン、愛しい人に与えるものは何だったか覚えていますか?」
シュランは虚ろを見るような目でオウグスを見た。
「……愛……傷……それが……」
「正解よ」
イリスはシュランの右手に刃の傷んだナイフを持たせた。
「刺してはダメよ?じっくり、確実に、愛を育むのよ」
「……殿下……愛して──」
「や、止めろ、シュラン……!」
オウグスは正気を失ったシュランの姿に酷く動揺し、尻もちをついた。
そしてそのまま後ずさるようにシュランから離れようとするが、そこで体の動きが鈍くなる。
「な……体が……!?」
「あぁ、ようやく効いてきましたか。殿下って意外と毒物が効きにくいんですね」
「毒……!?」
「えぇ、先ほどあなたの体に触れた時に針を少し」
オウグスは関節の痛みで気付いていなかった。
「安心して下さい、効能は3つです。体の動きが鈍くなる事、治癒能力の増強。そして──」
イリスはすっと目を細め、オウグスを見下ろした。
「シュランから受ける愛が酷く痛むでしょう」
「き、貴様……!!」
「あなたが三度犯した罪です。私で終わらせておけばこんな事するつもりはありませんでしたよ」
イリスは踵を返し、オウグスとシュランに背を向けた。
「アーリちゃんは──義妹は凄く優しい子なんですよ。あの子を傷付けたあなた達を、私は絶対に許さない」
「イ……イリス……頼む……俺を許──」
オウグスが続く言葉を口にする事は無かった。
シュランの愛が深くオウグスの体に刻み込まれたからだ。
オウグスの絶叫が廊下に響く──。
「さよなら、殿下。あなたに永遠の苦しみが訪れる事を祈っております」
イリスが姿を消してから数分間、王宮には凄まじい絶叫がこだました。
この一件を機に、シュランとオウグスの婚約は破棄され、アースクルス家は謀反の一家とされた。
そしてオウグスは女性に対して深い恐怖を刻まれ、二度と婚約者を持つ事はなかった。
──一連の事件が終着し、イリスは日常へと戻るのであった。
「かまってかまってアーリちゃん~!」
「イ、イリス姉様、また帰って来たのですか!?あ、あとあんまり抱きついたりしないで下さい~!!」
「最愛の義妹だから無理~」
「はぁ……姉さん、あんまりアーリを困らせないでくれよ……」
イリスはアーリを抱き締めて、そっと呟いた。
「──絶対あなたは私達が守ってあげるからね」
「? イリス姉様?今なんて?」
「んーん、何でもない!」
イリスは満面の笑みでアーリの頭を撫でるのであった。
慈しむべき、最愛の義妹の──。
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