第6話 祝福
「アーリ、本当に良かったのかい?」
「え?」
学園からゼンデンス公爵領へと向かう馬車の中。
隣に座るアレス様は心配そうに言う。
「さっきの……家と縁を切ってでも僕の所にっていうの……」
「そのことですか」
何も心配される事はない。
どうせ実家は私の事を道具としか見ていない。
むしろアレス様に迷惑を掛けないか心配だったくらいだし。
私はそっと微笑んで答えた。
「何も心配要りませんよ。好都合なくらいです」
「そうか……。ごめん、勝手に言い出して」
「そんな事ありませんわ。私はそれよりも、一つ聞きたい事があるのですが」
「ん?どうしたんだい?」
私は先ほどまでの一幕で気にかかっていた疑問を一つ口にする。
「アレス様、どうして私の得意な魔法をご存知だったのですか?」
「そのことですか」
私と同じように返事をするアレス様。
彼は少し困ったように笑う。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど……」
「?」
アレス様は私の瞳を見つめて、語った。
どうして出会って間もない私を気に入って下さったのか、どうして私を助けて下さるのかを。
「──と、いうわけで僕は一年以上前から君の動向を知っていたんだ」
「……そう、だったんですか」
「だ、断じて誓う!プライベートな空間での事は報告を受けてないし、調べさせてもいないんだ!」
「ふふ、どうしてそんなに焦っているんですか」
「だ、だってそりゃ良い気はしないだろう?こそこそと君の事を探っていただなんて……」
珍しく狼狽えるアレス様が何だかおかしくて笑ってしまう。
「あはは、そんなの気にしませんよ。だってアレス様のおかげで、今私は幸せな未来を想像出来るんですよ?」
「それは結果的に上手くいっただけで……君が傷付いていた時に僕は何もしてやれてない……」
そんな事を気にしていたのですね。本当に優しいお人。
私はそっとアレス様の頬に触れる。
「そうですね。なら、一つ私には怒っている事がございます」
「そ、それは一体……」
「アレス様ばかり私の事を知っているという事です」
「え?」
よく分からない、そんなお顔なさるアレス様に、私はイタズラをするように告げる。
「私はアレス様の事を全然知りません。何がお好きで何が嫌いか。何が得意で何が苦手か。強い所、弱い所──アレス様ばかり知っているのはずるいと言うものです」
「怒ってる事って、そんな事かい!?」
「そんな事じゃないですよ。とっても大事な事です!」
私が少し拗ねたように答えると、アレス様はぽんと頭の上に手を乗せた。
「……そうだね。うん、とても大事な事だ」
「……はい」
そう、私達にとっては本当に大切な事。
殿下とは分かち合えなかった事だから。
だから──。
「アレス様の全てを教えて下さい。私、全部受け止めてみせますから」
「長くなるよ。それに、僕ももっと君の事を知りたい。弱くて可愛い所をもっとね」
「ふふっ、長いお付き合いになりそうですね」
「当然だろう?一生を添い遂げるんだから」
私達がお互いの手を握り合った時、馬車が公爵領へと着いた。
アレス様が先に馬車を降りると、私を強く抱き寄せた。
「きゃっ!」
私はそのままアレス様の胸の中に飛び込んだ。
「これから大変な事が沢山あるだろう。だけどずっと一緒に居よう。この場所で、ずっと」
「はい……!!」
頷くと、アレス様はそのまま顔を近付けてきた。
美しい花畑が広がるこの領地で、私達はそっと唇を重ねる。
すると、優しい風に乗って花びらが舞う。
私達二人の未来を祝福するかのように、華々しく包みながら──。
※
オウグスは一人、アースクルス家から宛がわれた自室で考え込んでいた。
「何故俺の愛が伝わらない……!いつも、どうしてなのだ……!!」
アーリをアレスに奪われてから1週間が経過した。
世間的にはオウグスとアーリの婚約の解消は、オウグスからの一方的なものと伝えられた。
アーリの妹、シュランとの愛に気付いたとして。
オウグスが頭を抱え込んで机に突っ伏していると、部屋のドアにコンコン、というノックの音が響く。
『殿下……少しよろしいですか?』
「シュランか……!」
扉を開いて入ってきたのはシュランだった。
その表情はいつもの自信に満ち溢れたものではなく、暗く沈んでるようにオウグスには見えた。
「……どうした」
「い、いえ……その……」
オウグスはおおよその見当がついていた。
現在アースクルス家は少々慌ただしい事になっている。
アーリは実家と縁を切った。
それはつまりアースクルス家に支払われる筈だった多額の賠償金が、全てゼンデンス家へ流れるという事だ。
アースクルス家は侯爵家とはいえ、財政的にはかなり苦しいものとなっていた。
ゆえにアースクルス家はどうあってもシュランとオウグスの婚約を成功させ、家同士の繋がりを強固にする必要があった。
「俺達の婚約を反故にしたりはしない。安心しろ」
「! は、はい……」
オウグスはもうどうでも良くなっていた。
自らの愛は誰にも理解されない。届かないのだから、と。
しかし、オウグスはシュランのある一言を聞き、閉ざしかけていた心を開く。
「殿下……私は殿下の全てを受け入れますから……」
「……何……?」
「姉、アーリと私は違います……!私は必ず殿下と真実の愛を築いてみせます……!」
「……っ」
オウグスはその言葉を心の奥底に染み込ませた。
──この女なら俺の事を理解してくれる。
「シュラン」
「はい!」
オウグスは立ち上がり、シュランの肩を抱く。
「お前は俺を理解してくれ。俺の、愛を……!」
その日からシュランの心が壊れるまでは早かった。
シュランとの婚約も上手くいかず、アースクルス家の衰退の道はここから始まっていく──。
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