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第5話 この方の隣で


 今朝の目覚めは最悪だった。


 自室に差し込む光で目覚めたのだけれど、悪夢を見ていた気がして体が重い。

 そして今日、この後訪れる用事のせいで、更に体を起こす力が抜ける。


「……はぁ……」


 起き抜けで溜め息なんて吐きたくない。

 もしもこんな姿をアレス様が見られたら何て思うだろうか。

 ……いや、あの方は『抜けてるアーリも可愛いね』とか言いそうだ。


「……ふふ」


 そんなありもしない妄想に、つい顔が綻んでしまう。

 たった一度話したくらいで、と思ってもしまうけれど、心を救って下さったアレス様に私は強く惹かれてしまっている。


 だけど、救われたこの心もまたヒビが入ろうとしている。


 原因は昨日のオウグス殿下の発言だ。


『侯爵、彼女は俺と話がしたいようだ。ただ今日はもう時間が無い。明日で良い、少し二人きりにしてくれないか』


 私には話したい事なんて一つたりともない。

 しかし殿下は何故か私に執着している。


 既に殿下はシュランと婚約している。

 シュランと結婚をすれば、妹は家を出てしまう。

 将来的に私と関係が0になる訳ではないが、限りなく希薄になってしまう。

 つまり、本当に私に未練があるなら、シュランと婚約をする意味はない。


 考え得る限り最悪なのは、今日私と二人きりで会う為だけにシュランとの婚約をしていた場合だ。


「……さすがにね……」


 私は雑念を払うように頭を振り、ベッドから離れた。





 今日は週に1度の学園へと赴く日だ。

 本来であれば週に5日通わなければ単位が取れないが、私は宮廷魔導士の資格を有しているおかげで優遇されている。


 そしてそれは妹であるシュランも同じだ。


 朝食を済ませ、学園へ向かう馬車に乗ると、そこには既にシュランが居た。


「早くしてよ。遅れるでしょ」

「……えぇ」


 豪奢なドレスで身を包み、つまらなさそうに外を眺めるシュラン。


「ねぇ」


 顔を合わせる事なくそう呟くと、斜向かいに座る私に視線だけを向けた。


「殿下は何であんたなんかに構うの」


 どこか恨みがましく聞こえるその言い方に、少し疑問を覚える。

 それに、"何で"って私が聞きたいくらいよ。

 だから私はこう答えた。


「……知らない。私だって勘弁して欲しいわよ」

「はぁ!?」


 唐突に叫んだシュランは、視線を厳しいものへと変える。


「あんた自分の立場解ってるの?殿下に棄てられた惨めな自分って立場を!」


 このままいけば、恐らく世間的にはそういう具合に発表されるだろう。

 真実の愛に目覚めたとか取り繕ってね。

 果たしてそれが取り繕えているのかは別として、民衆からのバッシングは起こらないと思う。

 全ての汚名は私に着せられるから。


 そういう意味では悲劇の令嬢で居られるわね。

 ……全く、自嘲する気にもならないわ。


「分かってるわ。それよりもシュランも気を付けた方が良いわよ、殿下と一緒に居ると──疲れる(・・・)から」

「はっ、何それ。あんたが殿下の寵愛を与れなかっただけでしょ。珍しく反論してみたの?情けない姉だわ」

「……そうね」


 情けない、それだけは確かだと思う。


 妹は幼い頃から優秀で、私よりも早く公爵家との婚約が決まっていた。

 今でこそ怠惰に過ごしているが、確かな才能を持っているのは間違いない。


 私だって努力した。

 その全てを否定されたけれど。


 いや、もう良いんだ。

 それよりも私には考えなければいけない事がある。


 シュランと殿下の婚約……国王陛下はどういうお考えなのだろうか。

 その疑念が消えぬまま、学園へと馬車はひた走る──。





 王立学園は美しい場所だ。

 

 魔法によって保持された白い外壁で建てられた校舎。

 そしてそれを彩る手入れの行き届いた庭園。

 鼻腔に香る花の香りはゼンデンス家での一幕を思い出させた。

 

 蟻の行列を眺めているところを見られたのよね、本当何やってるのよ私。


 ──さて、そんな儚い庭園の中、健気な雰囲気を壊すように私はオウグス殿下と向かい合っている。


「ようやく二人きりになれたな」


 昼休みに殿下の取り巻きに連れて来られたのは、人気のない校舎裏。

 人の気配が無いのは、取り巻き達が人払いを済ませているせいだ。

 彼らの姿も近くにはなく、今完全に私と殿下は二人きりになっている。


 殿下は嘲笑を浮かべ、私に視線を向ける。

 そしてそれは段々と怒りの滲んだものへと変わっていく。

 

「全く、貴様にも困ったものだ。勝手に俺との婚約を破棄した上に、あまつさえ他の男と既に婚約をしただと……」


 殿下は側にあった木に拳を叩き付けた。

 鈍い音を立て、私は少しだけ体が震えてしまう。


「どこまで俺を馬鹿にするつもりだ!!」

「……っ!」


 やはり近くには誰もいない。

 殿下の怒声が聞かれる事はないだろう。

 

 殿下は怒りの籠ったまま、私に一歩近付いて驚くべき言葉を口にする。


「これ程貴様を愛していると言うのに、一体何が不満だと言うのだ!?」

「は……?」


 今、何て言った?

 愛してる……?殿下が、私を……?


「何故伝わらない!?以前もそうだった!俺はアーリ、貴様を愛おしく想っているのだぞ!?」


 意味が分からなかった。

 だってそうでしょう。


 殿下が私へと向ける言葉、態度、対応はことごとく私を否定するものだった。 

 どれだけ私が傷付いて、打ちのめされて来たか。


 だと言うのに、愛してる……?


 何も言えずにいる私に、殿下は更に続ける。


「貴様の妹と婚約をすると言えば、俺を取られたくない一心で戻って来るかと思っていたのに、あろうことか反発するとはな!!」

「取られたくない……?そんな事、思うわけがないでしょう……!?」

「何故だ!?」


 本気で……本気で言っているの……?


 私は一歩後退りながら、胸の前で手を組んだ。


「殿下はご自分が何をされたのか分かっているのですか……!?いつも私を遠ざけて、否定して、それなのに愛している……?意味が分かりませんよ……!」


 私の言葉を聞いた殿下は、私に手を伸ばしながら言う。


「愛ゆえにだ!!俺は貴様の心を手に入れたかったんだ!俺以外考えられないように!!」


 殿下は自分の胸元を掴みながら、更に一歩私へ近付こうとする。


「俺だけに愛を向けられるようにするのがそれ程におかしいか!?貴様の事を気に掛ける男は山ほど居た!ならば、仕事を与え、貴様の魅力を知られないように否定するしか無いだろう!?それがそれ程──」


 殿下の手が私の肩に触れようとした、まさにその時だった。


 パシッ、という乾いた音が校舎の裏側に響いた。


「僕の婚約者に触れないで頂きたい、殿下」


 私の視界が人影で覆われる。

 温かく、微睡んでしまいそうに優しい声が、すっと耳元を撫でる。


 何故ここにいらっしゃるのかは分からない。

 けれど、会いたいと願って止まなかった方の名前を、思考を追い抜いて呟いていた。


「アレス様……!!」


 背中に向けて発した言葉を、アレス様は少しだけ振り向いて受け止めた。


「泣きそうな顔もやっぱり可愛いね」

「意地悪なんですから……!」


 あぁ、やはりあなたはそうやって、少しでも私を笑顔にしようとなさるんですね。


 唐突なアレス様の登場に、手を払われた殿下が顔を歪ませている。


「貴様……アレスか……!」

「えぇ、オウグス殿下。お久しぶりです」

「我が愛しの婚約者を奪っておいてよくもぬけぬけと……!」


 アレス様は小さく「後ろに居てね」と言った後、殿下の方へと向き直った。


「それ程大切に想っているならもっと大事に愛を育むべきでしたね。彼女はあなたのせいで心を磨り減らして来たんですよ」

「だからそれが愛だと言っているだろう!何故分からない!?」

「分かる訳無いでしょう。今も言ったでしょ、愛は育むものです。断じて押し付けるものじゃない。何故それがいつまで経っても分からないんですか」

「貴様……!!」


 殿下は自分のポケットから白い手袋を取り出した。

 すぐに私は気付く。


 ──まさか、決闘を申し込む気!?


「止めた方が良いですよ、殿下」

「!?」


 アレス様は腰に下げていた木剣を抜き、殿下へと向ける。


「こう見えても結構強いですから。少なくともあなたの取り巻きをまとめて相手にしても勝てるくらいには」

「……っ!」

「……もう、終わりにしましょう殿下」


 アレス様は殿下の眼前に向けていた剣先を下げ、腰元へ納めた。


「金輪際アーリには近付かないで下さい。僕からはそれだけ守って下されば結構です。婚約をどちらから破棄しようが、誰を新たな婚約者にしようが、最早些末な事ですから」

「どういう意味だ!?」

「分かりませんか?なら、こほん」


 アレス様はわざとらしく咳払いをした後、私の方へと向き直す。

 そして、膝をついて私の手を取った。


「僕と結婚しよう、アーリ」

「え……!?」

「な!?」

 

 アレス様は真っ直ぐに私を見つめて微笑んでいる。


「王国を敵に回すかも知れない。それでも僕は君が欲しい。全力で君を守ると約束する」

「こ、このタイミングでプロポーズですか……!?」

「殿下から君を完璧に奪いたいからね。嫌かい?」

「……私が断れないと分かってやってます?」

「断れるさ。君は強い女の子だからね」

「強くなんかないです……私はもう……」

「弱い所をもっと見せて欲しい。もう強がらなくて良いんだ。僕が居るから」

「……っ……そんな事、言われたら……ほら、私……泣いてしまい、ますよ……!」


 すっ、と流れてしまった涙を掬い、そのまま優しく抱き締めてくれるアレス様。


 それを見て殿下は激昂を上げる。


「ふ、ふざけるな!!アーリ、貴様は俺の女だ!!何を他の男と──」

「──殿下」


 アレス様は少しだけ低い声で言った。


「アーリはアースクルス家とも絶縁する事になります。妹君と婚約したからとて、これ以上アーリと関われるとは思わない事です。アーリも構わないかい?」

「はい……!」

 

 これで全て終わる。

 私はアレス様と生きていきたい。

 実家と縁を切る事に何の未練もない。


「待て、アーリ……俺はお前を──」

「殿下」

「アレス……!!」


 アレス様は私を抱いたまま、殿下に決定的な言葉を口にする。


「アーリがあなたを選ぶ事はない。あなたは間違えたんです。全て手遅れなんですよ」

「そんな事はない!俺は──」

「殿下……あなたはアーリの一番得意な魔法を知っていますか?」

「しゅ、修復魔法だろう!?」


 それは殿下が陛下からの書状を破られた際に見せた魔法。

 だけど、私が一番得意なのは──。


「本当にあなたはアーリの事を見ようとはしていなかったんですね。──アーリ」

「良いんですか?」

「さすがに死なない程度にね」

「大丈夫です、コントロールだって得意ですから」


 私はアレス様の腕の中で、手のひらに魔力を込めた。

 そして圧縮した魔力を、殿下へとぶつける。


「ぐはぁっ!!」


 殿下は避ける間も無く風魔法を受け、数メートル先へと吹き飛んだ。


「身を以て実感しましたか?彼女が一番得意なのは風魔法ですよ」

「……アー……リ……」

「……さよならです。殿下……」


 殿下の意識が途絶えると同時に、私はアレス様と共に学園を出た。

 この方の隣で生きる、そう改めて心に誓いながら──。

お読み下さりありがとうございます!


続きが気になる、面白い。

少しでもそう思って頂ける方がおられればぜひスクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆に評価やブックマーク、いいね感想等ぜひ願いします!!

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