第4話 愛してしまったから
オウグスがアースクルス侯爵家を訪れていた同時刻──。
「突然のお呼び出しにも関わらず、早急なご対応ありがとうございます──陛下」
ゼンデンス公爵家の嫡男アレスは、王宮の王室を訪れていた。
理由はもちろんアーリの妹シュランとオウグスとの婚約の件だ。
アレスはテーブルを挟んで、差し向かいに座る国王──ランデルの返事を待つ。
「構わない。予想しておったしな」
「……」
アレスは少しの間押し黙った。
怒りから言葉を発しない為だ。
部屋にはランデルと自分以外には誰も居ない。
それでも発言には気を付けなければならない。
ともすれば、アーリに迷惑が掛かるかも知れないから。
アレスは少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「陛下……何故殿下とシュランの婚約をお認めに?」
「……この二週間」
「……?」
「この二週間、オウグスがしつこく私を訪ねて来てな……」
ランデルは顎髭を撫でながら低い声で言う。
「一体何故自分とアーリの婚約を解消させたのか、とな」
「それは──」
「あぁ、分かっておる。あやつの昔からの悪癖のせいだとな」
「……はい」
アレスは深く頷いて、テーブルの下で握った両手の力を強くする。
その様子に気付いていたランデルは、昔を思い出すように呟いた。
「王家の暗部は昔からそなたらゼンデンス家の管轄だからな。オウグスを見張らせていたのは姉の事があったからか?」
「……否定はしませんよ」
王家の、それも国王ランデルには影から身を守る暗部が存在する。
その暗部の育成、管理を任されているのがゼンデンス家であった。
その役目は非常に重要で、国を支えていると言っても過言ではない。
更に現在、アレスの父親であるゼンデンス家当主は病に掛かり床に臥せっている。
実質家を取り仕切っているアレスにとって王宮の事情、更に言えばオウグスの行動を知る事は何ら難しい事ではなかった。
オウグスの悪癖もよく知っている。
「懐かしいな……そなたの姉は元気にしておるか?」
「……それなりには」
「あの一件では本当に苦労を掛けたな。改めて謝罪する」
「……いえ」
アレスの姉は、かつてオウグスの婚約者であった。
アーリがオウグスの婚約者となったのは今から数年程前。
王妃になるものの婚約としては遅すぎるくらいだ。
理由はオウグスの婚約が途中で解消されてしまったからだ。
オウグスの悪癖で自らの婚約者に心理的負担を掛けて追い込んでしまった。
アーリと同じ。あるいはそれ以上の仕打ちをもって。
アレスは日に日にやつれていく姉の姿を思い出し、しかし頭を振ってそれを掻き消す。
「今は過去の事は良いんです。私が聞きたいのは約束と違う出来事が起こっている事についてです」
「……」
「一年前、私は陛下へお願いしましたよね。アーリ侯爵令嬢とオウグス殿下の婚約を破棄し、私と婚約させて欲しいと。姉の件についての謝罪の代わりとして」
「……あぁ」
アレスはアーリに嘘を──いや、正確に言えば語らなかった真実がある。
アーリとオウグスの婚約の解消を提案したのはランデルではない。アレス自身であった。
自らの暗部を使い、アーリとオウグスの関係を探らせた。
そして出た結論は、姉の時と同じものだった。
アーリは実家での対応も併せて疲弊しきっていたのだ。
「どうしてまだ彼女を追い詰めるような真似を……!?殿下の悪癖は治っておりません!アーリに近付ける訳にはいかないんですよ……!」
「分かっておる。だが、王家としてもアースクルス侯爵家との繋がりを断つ訳にもいかんのだ。オウグスの悪癖も、アーリという標的が居ればシュランには及ばないだろう」
「どうして──」
アレスの言葉を遮るように、ランデルは告げた。
「アースクルス家の魔法知識を逃がす訳にはいかん」
「……!」
アースクルス家は代々宮廷魔導士を輩出してきた名門中の名門だった。
中でもシュランは幼少の頃にその資格を得て、早々に王国のゼンデンス家とは違う、三大公爵家の一つの嫡男と婚約してしまった。
つまり、アーリは余り物だったのだ。
そして、オウグスとの婚約もたまたま運が回ってきただけ。
アレスは、果たして運があったか無かったのか、どちらとも言えないと考えてはいるが。
「それで無理矢理公爵家との婚約を解消させて、シュランと……?」
「悪いとは思っている。どちらの家にも、そなたらにもな」
「……」
アレスは今にも殴り掛かりそうになった拳を必死に止める。
事はランデルを殴った所で止まらない所にまで来ているのだ。
「丁度今、オウグスがアースクルス家で顔合わせをしておる。このまま行けば結婚は確実だろう」
「顔合わせって……今ですか……!?」
「あぁ」
アレスは急いで王宮に向かったせいで、アースクルス家の情報を聞いている暇が無かった。
ランデルの言葉を聞いて、すぐにアースクルス家で何が起こっているか、想像出来てしまった。
「……陛下、私はアーリを利用し傷付けたあなたを許しませんよ」
「許してくれとは言わん。だが私に出来る事なら何でもしよう」
「なら、アーリへの心からの謝罪を要求します。彼女はあなたを信じていたのに……!」
「……よかろう」
ランデルは良くも悪くも平凡な王、それがアレスの評価だ。
民の声を聞いてはくれるが、見出だす結論には反発が生まれるものも多かった。
悪人ではない。だからこそ質が悪い。
アレスはこれ以上話す事はないと見て、立ち上がった。
「私は何があろうとアーリの味方でいます」
「……姉の為に、か?」
アレスは首を横に振った。
確かにアーリを気に掛けたのは姉の一件があったからだ。
だが、ただの切っ掛けだ。
アレスはずっとアーリを見ていたし、アーリの努力を知っている。
蔑まれ、打ちのめされ、それでも耐えて来たのを知っている。
気が付けば、学園ではいつもアーリの姿を探していた。
自分は一足先に卒業してしまったが、いつも声を掛けたかった。
だけどそれは出来なかった。
婚約者の居る女性に話し掛ける事は許されてはいない。
「──愛してしまったから」
手を差し伸べてあげたい、そう思ってしまった。
この感情に理屈は付けられなかった。
それでも敢えて言葉にするなら、ひたむきに頑張る彼女に惚れてしまった。
そして思ってしまったのだ。
もう頑張らなくて良いんだよ、と。
強い姿ばかり見てきた。
だけど弱い所も見てみたい。
アーリの全てを見て、受け止めてあげたいと思ってしまった。
「私は行きます。アーリを助ける為に」
「どうするつもりだ?シュランとの婚約には口出しはさせないぞ」
「しませんよ、アーリ以外の事なんて好きにすれば良い。それに、全てはアーリがアースクルス家と関係無くなれば解決しますから」
「まさか──」
アレスはその先を言葉にはさせなかった。
王室のドアを開け、ランデルに冷ややかかな視線を向ける。
「どうするか──そんなの決まってますよ。私のやるべき事は初めから何も変わらない。ただ悲劇の令嬢を迎えに行くだけです」
ランデルの返事を待たず、アレスはドアを強く閉めた。
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