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第3話 いつも一人で


「……」

「……」


 あれから2時間程が経った。


 私達は現在ここに来た時と同様に向かい合っている。

 先程と違うのはお互いの空気感。


 私は説明する必要も無いだろう。

 えぇ、耳まで真っ赤ですとも。恥ずか死ぃ……。


 アレス様はと言うと──。


「あ、あの……」

「なんだい?」

「……さっきの……忘れて下さいませんか」


 両手で組んだ手の甲の上に顎を乗せ、満面の笑みで答えた。


「やだ」


 こ、このぉ……!

 ニコニコと心底嬉しそうに……!


 私がアレス様にバレないよう拳を握りしめていると、「ごめんごめん」と手のひらを私に向けて宥めるようなポーズを取った。


「からかうつもりは無いんだ。あれは必要な事だと思っただけだよ」

「……本当ですか?」

「……すこーしだけ、君の可愛い所を見れて役得だなぁと思ったり……?」

「……うぅ……」


 最悪だ……。

 と言うか私、本当何やってるんだろ……。


 アレス様は公爵家の跡取りだ。

 私よりも身分のお高い方に、学園や過去のパーティーで多少面識があるとは言え、ほぼお話をした事もないというのにあんな失態をさらけ出して……。


 これが婚約の為の顔合わせなら本当に最悪も良いところよ。うん、その顔合わせなんだけど。


「……はぁ」


 ついため息を溢すと、アレス様は気にされたのか気遣うような声音で言った。


「時に泣くくらい出来なきゃ貴族の令嬢とは言えないさ」

「今までそんな教育は受けた事がございませんが……」

「そりゃ王妃教育ではそうだろうとも。公爵令嬢に涙は必要なんだよ」

「……本気で私と婚約をして下さるんですね」

「嫌かい?」

「嫌な訳ないですけど……」


 つい言わなくて良い言葉が口を衝いて出る。

 飄々と軽口を飛ばすアレス様のペースに完全に呑まれている。落ち着け私……。


 そもそもだ、私はアレス様に見初めて頂く為にここへ来た。

 断じて恥を晒す為じゃない。


 だから──。


『坊っちゃん、少々よろしいでしょうか』

「!」

「ん?」


 私がアレス様にこれからのことを訊ねようとした時だった。

 応接室の出入口である、分厚いドアの奥から低く渋い声が届く。

 アレス様を坊っちゃんと、親しみを感じるさせる呼び方をする所を見るに、ゼンデンス家でもかなり古くからの使用人だろうか。


 ドアの奥から言葉が続く。


『ご歓談中申し訳ございません。取り急ぎお伝えしなくてはいけません事が……』


 アレス様は用件にさっぱり見当が付かないらしく、眉を顰めたまま拗ねたような口調でドアの方へ声を掛けた。


「分かった。すぐ行くよ」


 私に「ごめんよ。少しだけ待っててくれ」と言った後、足早に応接室を後にした。


「……また一人……」


 再び現れた孤独な時間に、またしても意識が霧散しそうになった所で慌ててそれらを掻き戻す。

 危ない危ない、今度こそ普通の令嬢としてアレス様を待たなくては。


 が、しかしこれがまた辛い。


 時計から目を離しては見つめる作業を繰り返していては、時はちっとも進んでくれない。手持ちぶさたここに極まれり。


 そしてもう何度目になるか分からないため息を吐きそうになった時、ついに待ち望んだ変化が訪れた。

 ドアの奥から誰かの走る音が聞こえたのだ。

 そしてその足音はすぐに私の元へやって来た。


「大変だ……!!」

「あ、アレス様……?」


 突如現れたアレス様は額に汗を浮かべながら、視線を床に向けた。


「予想外だ……!殿下め……!」

「え……?」


 あまりにも突然の事に、私はどう言葉を掛けたら良いか分からず、ただ固まってしまう。

 アレス様は視線を私の方に向け、予想外というその内容を告げた。


「どうやら殿下の婚約が決まったらしい……!!」

「は、はぁ……」


 それがどうしたと言うのかしら……?

 もう今さら殿下が誰と結婚しようが私には関係ない。

 

 続くアレス様の言葉を聞くまではそう思っていた。


「その相手というのが君の妹だ……!どうやら殿下は君との繋がりをどうしても切りたくないらしい……」

「妹──シュランが……?」





 私には1つ年の離れた妹がいる。

 名前はシュラン・アースクルス。

 自信家で、欲望の権化のような性格をしている。

 私とは違い、両親から愛されて育った彼女は、昔から侮蔑の眼差しを向けてきたものだ。


 容姿に恵まれ、愛されて、私に無いものを全て持っていた。


「……一体どういうつもりよ……」


 ゼンデンス家からの帰り道、馬車に揺られながら独り言ちる。


 頭の中には様々な憶測が浮かぶ。


 シュランは私の元婚約者を結婚相手に選ぶ事で優越感に浸りたいのでは?

 両親が殿下との婚約相手に私を選んだ時は強く反発していたし、もしかして殿下の事を好きだったとか?

 さては婚約を破棄した事で両親が妹ならばとすげ替えた?


 考えても結論は出ず、結局はまたため息を溢すだけだった。


 ただ……気になるのはアレス様の言葉だ。


 『殿下は君との繋がりをどうしても切りたくないらしい』


「さっぱり意味が分からないわ……」


 殿下は私との離縁を望んでいたのではないの?

 あれほど辛辣な言葉、態度を向けてきて、実は私に未練があったなんてあり得るの?


 あり得ない……と言うより、あってたまるかというのが本心に近い。


 私がどれだけあの方の言葉、態度、対応に心を磨り減らしてきたか……。


 太ももの上に置いた拳をぎゅっと握り締めた時、馬車が止まった。

 馬の手綱を握る御者が私に声を掛ける。


「お嬢様、着きました」


 結論が出ないまま実家に着いてしまった。

 

 私は気分の浮かないまま馬車を降りると、家の雰囲気がおかしい事に気付いた。


「……誰か来ているの?」


 御者の方へと姿勢を向けると、視線を逸らしながら彼は答える。


「そ、その……オウグス殿下がお忍びで来られているとの連絡がございました」

「殿下が……!?」


 慌てて家の玄関へと向かうと、王家の兵士が数人立っているのに気付く。

 何度も顔を合わせた者もいる。

 いよいよ殿下がおられる事は確定的だ。


「一体どういうつもりよ……!」


 妹と婚約をしたというだけでも驚きなのに、もう両親との顔合わせを?

 いくら何でも行動が速すぎる。


 小走りに玄関を抜けると、客間の方が騒がしい事に気付いた。


 すぐにそちらへ向かい、ノックもせずにドアを開けると、そこには──。


「あら、お姉様?帰って来るなりそんな慌てふためいてどうしましたの?はしたないですわよ?」


 口元を扇子で隠しているが、ニヤニヤとしているのが丸分かりだ。


 そして、その隣にはシュランの手に自らの手を重ねているオウグス殿下が私を見つめている。


「久しぶりだな、尻軽女」

「殿下……!」


 顔を歪めて嘲笑う殿下。

 

「その様子だと既に聞いているようだな。俺とシュランの婚約を」

「……えぇ」

「ククッ、彼女はお前と違って良い女だな。私を立て、敬う心を持っている。さらにこの美貌──まさに俺の婚約者に相応しい女だ」

「嫌ですわ殿下。お姉様の優秀さには及びませんもの」

「あの女が優秀?俺に与えられた仕事しか出来ないあの女が?さすがシュラン、面白い冗談を言う」


 二人して私を見てクスクスと笑う。

 

 私は一体何を見せられているのだろう。

 何か言い返せば良いのだろうけど、事態の唐突さで頭が回らない。


 今私が理解しているのはこの場に居合わせる人物くらいだ。


 膝程の高さのテーブルを挟むように置かれたソファの片側には殿下とシュラン。

 そしてその反対側に座る両親だ。


 何も言わない私に、父──イリアムが視線を向けて一言。


「殿下のお目汚しになる。お前は部屋に戻っていなさい」

「……」

「まただんまりか……」

「イリアム侯爵、彼女は俺と居る時も口数の少ない女だった。まさに人形のようなな」

「申し訳ございません殿下。いやはや、殿下がアーリとの婚約を破棄して下さって良かったです」


 このような会話が普通に私の目の前で繰り広げられるのが我が家だ。

 本当にろくでもない家だと思う。

 私が何も言わないのは何を言っても無駄だったから。

 何をしても私を認める事は無かったもの。


 どれだけ王妃教育に耐えても、学園でどれだけ優秀な成績を修めようとも、王国における最上の資格──宮廷魔導士の資格を得ようとも。


 けれど今はそんな事はどうでも良い。


 今、父が口にした言葉に引っ掛かる。


「お父様、婚約を殿下が破棄したと言うのは……?」

「言葉の通りだ。情けない事にお前が婚約を破棄されたのであろう。そうですな、殿下」

「あぁ」

「……っ!」


 どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのか。

 殿下からすれば、女の方から婚約を破棄されたなど、外聞が悪いのは分かってる。

 私だけが馬鹿にされて、婚約を破棄された愚図な令嬢で居るだけなら良い。


 それでも、事は私だけの問題じゃない。


 私は悲劇の令嬢でいないといけない。

 他でもない、アレス様の為に。


 アレス様は私の事を初めて認めて下さった方だ。

 きちんとお話をしたのはたった一度だけど、あの方に迷惑が掛かるのだけは嫌だ。


 私が悲劇の令嬢でなければ、アレス様は捨てられた女を拾った情け無い男という評判を付けられてしまう。

 世間とはそういうものだ。


 ──それだけは許せない。

 

「……私は捨てられてなんておりません……!」


 ドレスの裾を握りながら、私は父を睨んだ。


「何を言っている。お前は──」

「私は殿下に傷付けられたんです……!証拠ならあります……!」

「──下がらせろ」

「!」


 父が部屋の外に居る執事やメイドに声を掛けると、私の腕をメイドが掴む。


「離して!まだ話が──」

「部屋に戻らせておけ」

「はい」

「っ!お父様、私は!」


 私の言葉を遮るように、オウグス殿下が立ち上がった。


「侯爵、彼女は俺と話がしたいようだ。ただ今日はもう時間が無い。明日で良い、少し二人きりにしてくれないか」

「……殿下がそう仰るのであれば」

「すまんな」


 殿下はそう言った後、メイドに捕まえられている私の隣を通りすぎる。

 その際、小さく呟いた。


「逃げられると思うなよ。貴様は俺のものだ」

「……な……!?」


 分からない。殿下の心が本当に分からない。

 何故私にそこまで執着するの。

 シュランを婚約者としておいて、まだ私に関わる気なの?

 それにこんなの陛下が黙っていない。


 止まらない思考の中立ち尽くしていると、シュランが殿下を追い掛けようとソファから立った。

 そして私を突飛ばしながら部屋を出た。


「待って下さい殿下──邪魔!!」


 メイドに支えられる形で倒れる事は無かった。

 バランスを崩している私を、両親が見下ろして溜め息を吐く。


「妹に粗雑に扱われ、あまつさえ婚約者を奪われる、か。最早お前には王宮からの謝礼と公爵家との繋がりしか期待しておらん」

「……どうしてこんな子に育ったのかしら」


 ……限界だった。


 血が出る程唇を噛んだ。

 つい先ほどまでの温もりが恋しい。


 もしかすると、私と結婚してしまうとアレス様に迷惑を掛けてしまうかも知れない。

 こんな家と繋がりを持って欲しくないとさえ思う。


 それでも私はあの人の優しさに触れてしまった。

 いっそあんな心地よさを知らなければ良かった。

 そうすればこんな浅ましい気持ちを抱く事は無かった。


 いつも一人で頑張ってきた。

 いつも一人で解決してきた。

 いつも一人で耐えてきた。


 ──いつも、その全てを否定されてきた。


 認めて下さったのは唯一アレス様だけ。


 ねぇ……アレス様、あなたは私が弱い女になっても変わらずあの温もりをくれますか?


 私……もう無理です……。

 

「アレス様……!!」


 心で何度も叫んでしまう。


 ただ助けてと、何度も──。

お読み下さりありがとうございます!


続きが気になる、面白い。

少しでもそう思って頂ける方がおられればぜひスクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆に評価やブックマーク、いいね感想等ぜひ願いします!!

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