夜の歌姫
「それでは改めて、隊長。よろしくお願い致します」
ゴドウィンが居住まいを正している。ラッセルが頷いた。
「野郎ども。今日の仕事はご苦労だった。仕事が無事終わった事と、新たなメンバーが加わる事を祝して、乾杯!」
ラッセル達がジョッキを掲げて打ち付けあう。宴会の始まりだった。
ラッセルは好物のラムチョップステーキに喰らいついている。他の者達もめいめいに料理や酒を堪能していた。
「ラッセル。今日の仕事の実入りはフライリザード十七匹討伐だな。しばらくは遊んで暮らせる戦果だろう」
ロレンスが仕事の話を始めた。
「そうだな。しかし、ヨヘイザとコヘイザの初陣のこともある。もう一仕事探しておこう。そいつをこなせば今年の仕事はそれで終わりだ」
ラッセルはロレンスの意見と異なり、もう少し仕事をこなしておきたいようであった。
「あぁ、飛行機乗りが年がら年中働くようになっちまったら世の終わりだぜ。わたしたちは飛びたいときに空を飛ぶ。それこそが飛行機乗りと言うものだ」
ロレンスは飛行機乗りである事を誇りに思っていた。だから普通の仕事のようにあくせくと働くのは違うと考えいている。
「冬まではまだある。もう少し稼いでおこうや。なぁ、ゴドウィン」
「ラッセルの旦那の言うとおりですな。冬は雪で飛行場が使えなくなる。そもそも雪の中を飛ぶのはごめんこうむりますからな。わたくしたちは稼げるときに稼ぐのがよろしいかと」
「ゴドウィン、お前はラッセルの意見に賛成か。スティッキーノ。お前はどっちだ?」
ロレンスが隣に座るスティッキーノに意見を求めた。
「僕は遊んで暮らしたいからロレンスの意見に賛成かな。でも、アニキの意見が正しいって言うのもわかるから従うけれど」
「さて、意見が分かれたわけだ。ヨヘイザ、コヘイザ。君達の意見も聞こうか」
意見が分かれた。四人メンバーであるから当然だ。それが二名増えたところで同じところだろうが、ヨヘイザとコヘイザは兄弟だ。意見が分かれることは少ないだろう。よって、この二人の意見の側が多数派となることは明白だった。
「自分は早速仕事に出てみたい。預かる飛行機の性能もよく知りたいからな。コヘイザ、お前もそうだろう?」
「わ、吾輩は兄ちゃんの意見に賛成なんだな」
「ふむ。ヨヘイザ達もやる気があるようだ。ロレンス達も付き合ってやってくれ。では、後一つは仕事をしておこうか。それで今年の仕事は終わりだ。実りの秋をのんびりと過ごそうや」
ラッセルはロレンスの意見もきちんと取り込んだ上でその場の意見を取りまとめた。メンバーの意見は一理あればむげには扱わない。それはリーダーとしての資質でもあった。そんな彼であるからこそ、癖の強いメンバーぞろいの小隊であっても率いていけるのだ。
と、酒場内にぽろんとピアノの音が響き渡った。皆の視線が一斉にステージに集まる。部隊の袖から出てきたのはワインレッドのドレスに身を包んだ美しい女性だった。酒場内から喝采が起きる。
女性は舞台の中央に立ち、ピアノの音に合わせて歌い始めた。それは仕事帰りにラッセルが聞いていたラジオの歌声と同じだった。風のように流離う男。いつか遠くへ行ってしまいそうで不安になる女の心。今日もまた男は空へと飛び立った。そういう歌であった。
女性の歌に、酒場の男たちが聞き入る。
「ステアナ、今日も一段と綺麗じゃねえか・・・・・・」
ラッセルも酒を片手にステアナの歌声に耳を傾けていた。
ステアナが歌うのはいつだって飛行機乗り達の歌。大空を自由に飛び交う男達。女はいつも男達の帰りを待ち続けている。そんな歌を。
「いいぞ、ステアナー!」
観客の誰かが叫んだ。酒場に居るのは飛行機乗りの男達ばかり。彼らはステアナの歌に自分達の姿を重ね映すのだ。そして彼女の歌と姿に熱狂する。
やがて彼女の歌が終わる。皆が拍手喝采を持って彼女を讃える。
「やぁ、ステアナ。夜に咲く大輪の花よ。お前の輝きは夜でさえもが昼のように場を明るくする。お前はいつだって美しい。わたしはお前の輝きの虜。お前の為ならば、わたしはこの命さえもを捧げよう! どうかわたしの女になってくれまいか?」
気取った口調で口上を述べ、一輪の花を差し出すのはロレンスだった。
「待ってよ、ロレンス! 抜け駆けはよくねぇや! ステアナのことは僕だって大好きなんだ! ここはお前の舞台じゃないんだぞ!」
スティッキーノがロレンスに割って入った。周りからも「そうだ、そうだ!」と同調する声。邪魔が入ったロレンスは面白くなさそうな表情をしている。男達が我こそはとステアナに群がりだす。押し合いし、もみくちゃになってもつれて倒れこむ一同。男達はステアナの前で団子状態となった。
「私はこの国一番の飛行機乗りの女になるって決めたのよ。飛び立ってちゃんと帰ってくるかどうかもわからない男なんてごめんだわ。いつだって私の元に帰って来てくれる男がいいの」
ステアナは男達を一瞥してそう言った。