ハーピーとの戦闘
「あぁ。逆に言うと、相手からは俺達が丸見えだ。派手に飛んでいようものなら確実にやつらが襲ってくるだろう。新人には安全に戦闘訓練をつんでもらえるだろうから、今日の目的は果たせそうで何よりだ」
「・・・・・・ところで仲間も聞いておきたいだろうから、わたしが代表して聞こう。今、我らが祖国は対外的に領土を広げようと躍起になっている。この分では国境線沿いのいざこざ程度では収まらなくなるだろう。・・・・・・大きな戦争になった時、わたし達みたいな民間の異世界物乗り達にも声がかかると思うか?」
ロレンスは抱え込んでいたであろう疑問を挟み込んだ。
「うーむ、まだわからんね。しかし、王国直属の飛空部隊だけで対処できなくなった場合なんて、敗戦以外のなにものでもないだろう。あぁ、直属の兵が消耗するのを嫌って民間から戦地に送り出す事は十分考えられる。その時には、俺達も闘わねばなるまい」
ラッセルはしかし、それはそれは嫌そうに意見を述べた。国家の道具になる事を嫌うのだ。それが戦争の道具ともなればなおの事。
「すると、わたし達が英雄と呼ばれるようになる日もそう遠くはないという事か。ハッハッハ! わたしの名声も千里の彼方まで轟く事になるだろう!」
無線機から軽快なロレンスの笑い声が聞こえてくる。
「しかしだよ、アニキ。従軍するとなると危険が伴う。それ相応の褒賞はあるかな? なけりゃやってらんないよ!」
やや消極的そうなスティッキーノの声。だが、それは見返りがあれば参戦の意ありである。
「スティッキーノ。戦争状態の時に財政にそんなに余裕があるとは思えないのですよ。戦争で得をする者など武器を売りさばく死の商人達だけです。それ以外はみんな大損と思ったほうが良いですよ。わたくしとしては戦争には反対ですね。それが略奪の侵略ともなればなおの事。そんな戦争での名声などは悪名にも等しいですよ、ロレンス」
ゴドウィンは冷静に、しかして慎重に反戦の意を唱えた。
「構うものか。勝利こそ全て。戦争においては勝者が全てを得、敗者は全てを失う。それが理。それが絶対的な不文律。覆らない定理。ならばわたし達は常に勝ち続ければよい。そうではないかね?」
ロレンスは戦争賛成派のようだった。力こそ正義。それが彼の信条である。己の腕のみを頼りに生きる彼らしい生き方であった。
「自分達はまだ参加して間もない人間であるが、何もできないならいざ知らず、闘う力があるのならばそれで名を馳せようとするのは当然と思っている。コヘイザ、お前はどうであるか?」
「わ、吾輩は兄ちゃんについていくだけなんだな。何が正しいかなんてそんなことはわからないんだな」
ヨヘイザとコヘイザは今得た地位に則って生きるつもりのようだ。飛行機乗りになれた以上は戦争にも参加するつもりなのだろう。
「ラッセル。お前は黙ったままだがどうなんだ? 結局わたし達はお前の意見に従う事になるだろう。皆、お前の意見が聞きたいと思っているはずだ」
ロレンスがラッセルに話を振った。ラッセルはずっと黙り続けていたが、皆の話を聞いて色々と考え込んでいた。
「俺の意見か。祖国が危うい戦争であるならば、守るべき者を守る為の闘いは上等だ。その時には俺達も立ち上がろう。しかし、聖ハドロネス帝はおそらく侵略戦争をしかけるだろう。爆撃機を募っているところから見ても、相手陣地へと打撃を与える戦力を欲している。地上戦力と連携をとって、制圧力を持って進軍することを狙っている為だろう。この戦争が正しいかと聞かれると疑問だな。いくら俺達の国が穀倉地帯に乏しいやせた土地しか持たない国で、食料に事欠いてばかりであったとしても、だからと言って他国を侵略していいとは俺は思わん。自分達の安寧の暮らしを望むならば、まず世界の静謐を求めるべきだと思っている。秩序を守り、平和のうちに出来る限りの努力をするのが理想と言うものだ」
「相変わらず理想主義者だなお前は。作られた状況を最大限に利用しようと言う野心はないのか」
ロレンスの声はラッセルに否定的だった。
「俺達は雲ではない。風に任せて流されるだけの漂う存在ではないのだからな。その時になってみないとわからんが、少なくとも俺は戦争には反対だ」
ラッセルは明確に意志を定めたようだ。
「ラッセルの旦那。無線は誰が聴いているかもわかりません。国家に反逆の意ありとみなされれば不穏分子として異世界召喚物を取り上げられ、粛清される事でしょう。ヤバイ話はこれくらいにしておきませんか?」
ゴドウィンが慎重になった。そう、彼らは無線でやり取りをしているのだ。周波数を合わせれば誰でも聴ける。
「おっと、迂闊だったな。おい、ロレンス。ヤバイ話をおおっぴらに無線で始めるんじゃねえよ!」
ラッセルが無線に怒鳴った。ゴドウィンに言われてはっとしたようだ。
「すまんすまん。退屈な空だったもので、話のネタが欲しかったのだ」
「だが、ロレンスのおかげでいい退屈しのぎにはなったね。アニキ。そろそろ遠方の霊峰が見えてくる頃合いじゃないかな?」
と、スティッキーノがそう言った矢先、ロレンスが「おい、出てきたぞ。今日のお目当ての女共が!」と叫んだ。
はるか彼方の霊峰の方角から、無数の黒点が飛び立ち向かってきている。肉眼で識別するのは難しいが、どうも羽を持った何かであるのは確かなようだ。視力では間違いなく向こうの方が上なのだろう。明確に光輝なる星輪隊の方角を目指している。これに敵意を見出すなと言うほうが難しいのかもしれない。
「野郎共。速度ではわれわれが勝るが、旋回性能ではやつらが上回る。ハーピー相手にドッグファイトは厳禁だ。一撃離脱を心がけろ。自由に戦え。各自健闘を祈る。では散開!」
ラッセルは短くオーダーを下した。その号令で各機が散らばり、各個がハーピーを迎え撃つ準備を整えた。
徐々に近づいてくる敵影。鳥のような羽と下半身を持った裸体の女達。それは紛れもなく目標のハーピー達である。そんな彼女らは敵意を光輝なる星輪隊にぶつけている。
交戦が始まった。
最初に敵と衝突したのはゴドウィンだった。高高度でハーピーと遭遇する。
「これで彼女らに知性でもあれば、色気の一つも感じるところでしょうな。ですが、そんな物はかけらもなく、ぎゃあぎゃあと喚くばかりの相手では全く楽しめませんな!」
ゴドウィンが急上昇をかけると、それを追ってハーピー達も急上昇を始めた。ハーピーが風魔法をゴドウィン目掛けて放つ! 風の刃はゴドウィンの愛機フィアットCR.32にぶつかるが、風の刃では飛行機に傷一つ負わせることは出来なかった。
「なんともまぁ優しい愛撫をするレディ達なことで!」
高空での戦闘はゴドウィンに有利な展開となる。自らの体力で高度を上げるハーピー達がへばってきたのだ。動きが鈍ったハーピーに対し、ゴドウィンは転回して急降下。一気に機銃を浴びせる。
無残に肉片と化していくハーピー達。
「おやおや、わたくしの12.7mm機銃では威力がありすぎましたかな?」
ゴドウィンは撃墜し、堕ちていく相手を見ずに飛び去った。もはや原形をもとどめていないのだ。
「へいへい、ゴドウィン。さっそくお前のぶっといアレでイカせちまったのかい?」
ロレンスが余裕で軽口を挟み込んでくる。
「ロレンスの旦那。何なら今日はわたくしがあなたのお相手を務めましょうかね。この隊の名うてのパイロットは、なにもラッセルの旦那ばかりではないという事を思い出させて差し上げましょう!」
ゴドウィンは軽快にエンジン音を上げならがロレンスの脇を飛び去った。
「機体の性能差が、腕の差を必ずしも凌駕するって訳ではない事を教えてやるぜ、ゴドウィン!」
ゴドウィンの挑発にロレンスが乗ったようだ。ロレンスはハーピー達めがけて一気に急降下を掛ける。愛機ニューポール・ドラージュ29の二門の7.7mm機銃が火を噴いた。真夏のとおり雨のように豪雨となって降り注ぐ銃弾は、昇ってくるハーピー達に容赦なく浴びせられた。次々に落下していくハーピー達。
「おーおー、やっていってんなぁ。野郎共。さて、ヨヘイザ、コヘイザはっと・・・・・・」
ラッセルはこんな状況でも新人の様子を気遣った。彼らは問題なくハーピーを振り切っている。速度だけなら圧倒的に飛行機のほうが上なのだ。