大空の英雄
翼の生えたトカゲが飛び交う大空と、草木の生えた大草原。どこまでも広がる原っぱに牛が放牧されていた。その牛が空のトカゲ達に襲われている。
地上に強襲するトカゲが鋭いかぎ爪で牛を引き裂き倒す。倒れた牛に群がるトカゲたち。あるものは頭部へ、あるものは腹部へ噛み付き、引き裂き喰らっている。
と、どこからともなく複葉機が飛んできた。それはカーチスP1と呼ばれる戦闘機だった。全幅9.60m、全長7.09m、全高2.62m、自重926kgのアメリカの複葉戦闘機。その戦闘機は化け物が跳梁跋扈する空を往く。現実では到底ありえない光景だった。
カーチスP1は地上のトカゲ達に7.7mm機銃を掃射する。地上のトカゲ達は肉片と化した。大空のトカゲ達がぎゃあぎゃあとわめきだす。明らかにカーチスP1を敵視している。天空の覇者は自分達だといわんばかりに、複数のトカゲが戦闘機を追いかけて急降下する。
カーチスP1に乗っているのは金髪に無精ひげの男。パイロットゴーグルと皮の手袋を付け、皮のジャケットを身につけていた。パイロットは向かってくるトカゲの数を見て舌打ちし、無線機を取り出した。
「こちらラッセル。北北東にフライリザードの群れが居る。とり逃しかねないから一機増援に来てくれ。ロレンス、来られるか?」
ラッセルは無線の応答を待つ。しばらくして、「こちらロレンス、了解した。すぐに向かう」と応答があった。
ラッセルは無線を戻して操縦桿を握った。カーチスP1はわざとフライリザード達を引き寄せて飛ぶ。自分が追われている間はフライリザードが逃げ出す事はないからだ。そして、カーチスP1が空を飛びまわっている間はフライリザード達も地上で優雅にお食事とは行かない。地上の牛達が逃げていく時間を稼ぐ為でもあった。
大空を切り裂くように飛び交う戦闘機。その後方を追いかけるフライリザード達。フライリザードに知性はない。分散して相手を挟み撃ちにしようとするものはなく、愚かにも飛行速度で負ける相手をただ追いかけるばかりであった。
そのフライリザード達に突撃する戦闘機が一機。増援のようだった。機銃を掃射し、あっという間に2匹のフライリザード達を撃墜していく。
「よう、ラッセル。この程度の数を相手に増援を求めるとは、お前も焼きが回ったんじゃないか?」
ラッセルの無線から聞こえてくるロレンスの声。ラッセルは乱暴に無線機を手に取った。
「下手に撃ち漏らすと面倒だから呼んだまでだ。なんならどちらが多くのトカゲどもを撃墜できるか勝負といこうじゃねえか? ギルファート帝国一の飛行機乗り、ラッセル様との力の差を教えてやるよ!」
「オーライ。後悔させてやるよ!」と無線からの応答。大空を飛ぶ2機の飛行機が動きを変えた。フライリザードを相手に速度を緩めず、一撃離脱の戦法の動きをとった。これはフライリザードが旋回能力などは戦闘機に勝る為だ。ドッグファイトでは分が悪い。
カーチスP1がフライリザードの脇を通り過ぎざまに機銃を浴びせ、あっという間にフライリザードを撃墜していく。増援に来た戦闘機はカーチスP1を恐れて逃げ出したフライリザードを追って撃墜していく。
あっけなくフライリザード達は撃ち倒されていった。
「ちっ、結局ラッセルの言うとおりの展開になったな。こちらロレンス、敵の掃討を確認した」と、無線機から少し悔しそうな声が聞こえてくる。
「俺が7、お前が6だロレンス。まだまだ最強の座はゆずれんな!」
ラッセルが饒舌になって無線に語りかける。
「今日は腹の具合が悪かっただけだ、ほざいてろ!」と、無線から捨て台詞が聞こえてくる。増援の戦闘機はその場を周回してから飛び去っていった。
ラッセルが無線の周波数を変える。
「あー、あー。こちらラッセル。牧場主、聞こえるか? 依頼のあったフライリザードは撃退した。撃墜したトカゲ共はあんたの牧場に転がっているだろう。躯の数だけお代はきっちりいただきますよ。あとはよろしく!」
ラッセルも増援の戦闘機のように牧場を周回して飛ぶ。撃墜したフライリザードの死体を数えているのだ。あとで請求する報酬となる。
と、周回中のラッセルが大空に何か光り輝く光を見た。
「おや、あれは?」と、ラッセルは戦闘機を光の方へと向ける。そして光の脇を通り過ぎざまに手を出し、光り輝く何かをキャッチした。
「これはストーン・オブ・エア! 仕事帰りの駄賃にしちゃあ出来すぎてるじゃねえか!」
ラッセルは手元の光り輝く石に軽く口付けした。さっそく無線の周波数を隊で使用している周波数にあわせる。これは手馴れたもので、手元を見ずにあっという間に合わせた。
「こちらラッセル。野郎共聞こえるか? 今日の仕事は終わりだ。帰還する。それとお前達に良い知らせだ。ストーン・オブ・エアを拾った」
ラッセルが自慢げな表情で無線に語りかける。しばらくして、ざざっと音が鳴った。
「おい、本当かラッセル!? もし戦闘機が異世界召喚できたら俺に乗り換えさせろ!」
それは先ほどのロレンスの声だった。再びざざっと無線の音が鳴る。
「待ってくれよ、ロレンス! 乗り換えの順番なら次は僕の番だよ! そろそろ今の搭乗機ではきつくなってきたところなんだ。この順番は譲れないね! ラッセルのアニキ、戦闘機だったら僕の乗換えだろう!?」
今度聞こえてきたのは少年のような声だった。慌てて無線で割り込んできたと思われる。切実な声音だった。
「待て待て、野郎共。まだ召喚されるのが戦闘機と決まったわけじゃねえだろう。いつものごとく、エンジンとか弾薬だったりするかもしれねぇ。まず、今日戻ったら召喚陣に立ち寄る。お前らはいつものごとく幸運の白羊亭で酒でも呑んで待っていやがれ! では、以上。散開!」
ラッセルは乱暴に無線を切った。
カーチスP1が牧場主の家の側を悠々と飛び交う。そして宙返りでアピールして飛び去って行った。
カーチスP1は優雅に大空を飛ぶ。太陽が緩やかに大地へと沈みこむ前、空は徐々にその明るさを落としていた。ラッセルは日が落ちる前に戻る必要があった。そうしなくては帰還しなくてはならない飛行場が目視できなくなるからだ。有視界による操縦であるので、夜間飛行などもってのほかだった。
ラッセルが機内のラジオをつける。ラジオから女性の優しげな声が流れてきた。
「いよぉ、ステアナ。今日もいい子にしていたか?」
ラッセルがラジオに語りかけた。
ラジオから流れてくるのは大空に飛び交った恋人の無事を願う女性の歌だった。歌っているのはラッセルの住む町の歌姫、ステアナだった。
その歌詞はいつも空に行ってばかりの彼氏が、いつか戻らぬ日が来るかもしれないと言う女性の不安を歌った歌。それでも見送り、無事帰還するのを待つ女性の心情をステアナが歌っている。その歌は大空を飛ぶ飛行機乗り達の慰めの歌だった。
戦闘機内に響き渡る歌声。日が沈み、空は夕焼けとなる中で、ラッセルは帰るべき飛行場へと着陸する。