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第二章 破滅の序曲 4

 特務室本部の室長室。その机に置いていた通信石が、着信を知らせる淡い青光を放つ。

 恐らく通信をかけて来たのはサラだろう。そう思いながら、ティナは通信石を手に取った。


「こちら特務室室長、ナンバー20の【審判(エーレ)】です。送信者はナンバーとTAC(タック)ネームを──」

『ナンバー8の【(フレイヤ)】です。緊急任務の調査結果が出ましたので報告を』


 ティナが言い終える前に、サラは形式的な所属開示を行って要件を簡潔に伝える。


『話を遮ってしまってすみません。……ですが、状況が想定していたものよりもかなり不味い事になっていまして』


 お小言を言おうとしたのも束の間、サラの切羽詰まった言葉にティナは閉口する。彼女の声は平静に努めていたが、抑えきれない焦燥感と張り詰めた緊迫の空気は、通信を介してでも伝わって来ていた。


「……分かりました。では、調査結果を教えて下さい」


 記録用のメモを取り出し、胸ポケットに挿していたペンを手に持ってからティナは言う。

 サラは少し間を置くと。声から感情を極力排除して、調査の結果報告を始めた。


『まず初めに概略を話しますと、エーレンガムを除く全ての都市で住民を含めた動物の大量死を確認しました』

「そんなに広範囲で……ですか!?」


 驚愕して、ティナは思わず声を張る。


『はい、そうです。ただ、どの都市も建築物の多くは残存していて、住民達の死因にも、巨人災害に因る焼死や熱死以外のものが多数認められました。……以上の事から、当初想定していた巨人災害では無いと私は判断します』

「……ムスペル以外の巨人である可能性はないのですか?」


 現在、王国内で確認されているのは炎の巨人(ムスペル)だけだが、他国では他属性の巨人も発生している事が確認されている。その二つの証拠だけで巨人でないと判断するのは、ティナには少々性急が過ぎるように思える。

 だが、サラは何かを確信しているかのような口調で、ティナの疑問をバッサリと切り捨てた。


『言い方が悪かったですね。相手が巨人というのは有り得ません。断言します』

「それは、何故断言出来るのでしょうか?」

『そ、それは……、』


 質問の答えに、サラは露骨に言葉を詰まらせた。


「……サラ?」

『あ、すみません。……断言出来る理由は一つだけですが、あります』


 少しの逡巡の後、サラは意を決したように言葉を続けた。


『……壊滅したいくつかの都市で、〈信仰委員会〉徽章を発見しました』

「ッ────!?」


 瞬間、その言葉を聞いたティナは、激しい動悸(どうき)と酷い目眩を覚えた。封印していた記憶がフラッシュバックして、思考が一気に混濁(こんだく)する。


『一連の大量殺人は多分、全て連中の為業(しわざ)でしょう。次の目標は恐らくエーレンガムです。現在急行はしていますが……、私一人では流石に手に余ります。なので──』


 サラの言葉が不意に止まる。一殺那(いっせつな)して、憎悪と悔恨に満ちた舌打ちが聞こえて来た。状況から察するに、エーレンガムは既に敵の手中に落ちてしまっていたらしい。

 何か指示を。次の命令を出さないと。そう思っているのに、声が出ない。動悸が酷くて、考えが全く纏まらない。


『──遅かったか。……次の目標地は多分、北部のどこかです。私はここでなるべく時間を稼ぎますが……、何時まで持つかどうか。なので、後の事は頼みますよ』

「ま、待って…………!」


 恐慌状態に陥って混濁する思考の中、ティナはどうにか絞り出した声で縋るように呻く。返すサラは、彼女の言動に少し困ったようにして苦笑した。


『そんなに悲観しなくても大丈夫ですよ。無理だと判断したら、ちゃんと撤退しますから。……じゃ。頼んだわよ、ティナ』


 最後に、優しく諭すような声で言い置いて。サラの方から通信は切断された。





 通信が切れるのと同時に、ティナはいよいよ立って居られなくなってその場にへたり込んだ。


「はぁ……ッ! はぁッ…………!」


 呼吸が上手く出来なくて息が苦しい。酷い動悸と激しい目眩で冷汗が止まらない。


 ──なんで。なんでまた、信仰委員会が。数日前にようやく壊滅宣言が出されて、やっとこの呪縛から解放されると思っていたのに。どうして。


 瞳に涙を浮かべて、ティナは錯乱した思考の中で意味のない問答を繰り返す。

 両親の葬式に襲撃されて、姉のシオンとティナ以外の親族が全員目の前で殺害された時の惨劇が。

 目の前で姉さんが相討ちして、蒼炎に消えた時の光景が。

 思い出すのが辛くて封印していた記憶が、混濁した思考の中で幾度となく脳裏に甦る。そしてそれは、ティナの心を破壊するのには十分だった。


 ──貴女が無能だから、〈信仰委員会〉の結集に気付けなかったんでしょう? セルヴァースの恥晒し。


「ッ────!?」


 恐慌状態に陥るティナを嘲笑する声が、どこからともなく聞こえて来た。耳を塞いでも聞こえてくる嗤笑の声は、刃となって彼女の心に深く突き刺さる。

 今、室長室に居るのはティナだけで、他は誰一人として存在しない。……つまり、この声は彼女自身が創り出した虚妄(きょもう)であり、現実には存在し得ない。

 だが、錯乱状態に陥るティナには、それに気付く術がない。


 ──可哀想な子。貴女の無能のせいで、死にに行かされるだなんて。


 幻の言葉に、ティナは目を見開く。

 私が、サラを、殺した……?

 刻一刻と遠ざかる意識の中で、ティナは自問する。深い後悔と自責の念が沸々と湧き上がって来ては、彼女の心を蝕んでいく。


 ──姉も両親も、あんなに優秀だったのに。何故、どうしようもなく無能な貴女だけが生き残ってしまったの?


 ──何故、貴女だけが生きているの?


 ティナの創り出した幻の嘲弄は、彼女の脳に際限なく鳴り響く。


「か……ッ! は…………!」


 肺に空気が上手く入らない。体勢が維持出来なくなって床に倒れ込んだ。だんだん身体から力が抜けていく。意識が急速に遠ざかっていく。


 ──頼んだわよ、ティナ。


「サ……、ラ…………?」


 サラの言葉が、聞こえたような気がした。

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