帰るべき場所
あたしの名はアレクシア・クレヴァー。
女だてらに騎士に叙任され、それなりの修羅場も潜ってきた身だ。部隊長も任され『クレヴァー隊』といえば他国からも恐れられる戦闘集団だった。
国の存続をかけた今回の戦い。
あたし達はゲリラ戦術を展開し、帝国の一個大隊を散々掻き回してやった。だが、私達が首都近郊で戦ってる間に王は降伏し、帝国への従属を願い出たらしい。
もっともこれは戦力差を考えれば仕方のないことだ。
帝国にレヴィン王国の意地と矜持を見せつける。そう主張しての徹底抗戦だった。十分にその目的を果たしたとの判断だと思った。
しかし。
「王の命令だ。アレクシア・クレヴァー、並びにその部隊の者はレヴィン王国から追放する」
城へ帰還しようとしたあたし達に門兵がそう告げたのだ。
「何だと!? それはどういう了見だい! レヴィン王国の為に身を粉にして戦ってきたあたし達を見捨てるってのかい!」
「見苦しいぞクレヴァー」
固く閉ざされた城門の上に人影が立っている。それは内務卿、ゲレイロ・バンボローであった。
「内務卿! これはどういうことだ! なぜあたし達がこのような仕打ちを受ける!?」
「全く、低俗な騎士は言葉遣いもままならんのか。口を慎め下郎が。戦争を主導し、帝国の兵士を数多殺したお前等なぞ本来ならば死罪ぞ」
「戦争の主導だと? 上層部の唱えた徹底抗戦に従ったまで! そもそも一部隊に過ぎないあたし等が戦争を主導できるものか!」
「くどい! 命があるだけありがたく思え! 二度とレヴィン王国の領土に踏み込まぬ事だ。死にたくなければな」
最後の一言は嘲笑に塗れていた。戦犯を押し付けた無様な女騎士を見下す醜悪な笑み、それはこの上ない屈辱。
だがまだだ。ここで引くわけにはいかない。如何に無様と嘲り笑われようと、部下達を路頭に迷わせる訳にはいかない。
「ならばせめて、アメルハウザー将軍への目通りを所望したい!」
アメルハウザー将軍は仁義に厚いお人だ。あのお方ならば、立場を鑑みてもこの非道に物申せるはず。
「構わぬが、鎖に繋がれ鞭打たれた罪人に会って何か意味があるのか?」
「なんだって……」
「アメルハウザーこそこの戦争最大の戦犯よ。奴の処刑は近日中にも行われよう。共に処刑されたくなければ、とっとと失せよ。これ以上、下女の面を拝ませてくれるな」
上層部はこの戦争の責任を全て軍部に押し付けて、自分達は帝国に媚びを売り生き残るつもりか。
何という醜い人間。下衆ここに極まれりだ。こんな、こんな奴等を守る為に、あたしの大切な部下達が何人も命を落としたというのかッ!
◇
隊員の元へ戻ったあたしは今あった事を包み隠さず話した。
レヴィン王国の首都を離れてあたし達がやって来たのは森の中にぽっかりと口を開けた洞窟。
元は二十人いたクレヴァー隊も、熾烈を極めた今回の戦争で今やあたしを入れて五人。
祖国を守る為に死んでいった仲間達を思うとこの処遇に腸が煮えくり返るが、隊員の一様に沈んだ様子に一先ず怒りを抑える。
わざとらしく一つ大きなため息を吐き、皆の視線を集めた。
「はあーあ、これからどうやって生きていくかねぇ。お尋ね者の私たちが職につくことなんてできないし、兵士としてだって雇ってはもらえないだろうね。山賊にでもなるしかないか? まったく笑えないよ」
自虐の言葉を並べるが態度はわざと明るく振る舞う。それくらいは部隊長の務めだね。
中でも一番重苦しい表情を浮かべる最年少のクリスがぽつりと呟いた。
「僕達が一体何をしたと言うのでしょうか? 僕達はただ祖国の為に懸命に戦っただけなのに、なぜこのような……」
「くだらないこと言ってんじゃないよクリス。いいかい、理不尽を嘆いた所で何も始まらないんだ。嘆くくらいなら憎悪を燃やしな。闘争心に火をつけな。ほらほら! 大の野郎三人もいつまで項垂れてんだい!」
「いっ!? 痛でででッ、姉御! そこ矢傷、矢傷!」
「はっ、なんだいジーク、ちゃんとでかい声でるんじゃないか。ほら! フェリクス、ローレンツ! 王国からくすねたワインあっただろう。持ってきて一杯やるよ。あんた等のしょげた面はもう見飽きたからね!」
「はいよ、姉さん」
「直ぐに準備致します」
フェリクスとローレンツは互いに顔を見合わせて、やれやれといった風に微笑する。どうせ、男勝りな豪胆な部隊長だ、とか思ってんだろ。まったく、面白くもない。
そんな不満を抱きつつ待つこと数分。フェリクスとローレンツがささやかな酒宴の場を催した。
「ようし、クリス今日はあんたも一杯やりな。いつまでもガキのまんまじゃいられないんだ。自ら一人前への階段を登りな」
クリスが大事そうに両手に抱く杯に私はなみなみと深紅の液体を注いでやった。目をぱちくりさせてクリスは私の顔と注がれたワインを交互に眺めている。
「えっと……はい! いただきます!」
戸惑いつつも景気のいい返事をして、私の発破に応えるようにクリスは杯を呷った。
「いい飲みっぷりじゃないか! 次、ジークいきなッ! 怪我をしてるから飲めないだなんて言わないだろ?」
「へっ! 当たり前だぜ、姉御! こんな傷、酒飲みゃ直ぐ治っちまうぜ!」
勢いよく杯を呷ると、ジークはワインを顎から滴らせながら喉をゴクゴクと鳴らす。そして一息に飲み干すと旨そうに喉を絞って唸った。ジークのその様を見て、ニヒルな笑みを浮かべたフェリクスが自らの杯に酒を注ぐ。
「酒を飲んで怪我が治るってどんな体だよ。姉さん、俺も一杯いただくぜ」
「ああ、景気よくいきな! ローレンツ、あんたは飲まないのかい」
「やれやれ、それほど酒は得意ではありませんがジークはとにかく、クリスのあの飲みっぷりを見せられては飲まない選択肢はありませんね」
そう言うとローレンツは眼鏡を外し、なみなみと揺れる杯を一気に飲み干した。
部隊に笑顔と活気が戻ったのを見て、私は心の内で小さく息を吐いた。
冗談めかしたが、笑えない現状なのは紛れもない事実。戦争犯罪の烙印を押されたことによって真っ当に生きる術を失ったのは痛恨の極みだ。部隊長として隊員の暮らしを保証してやることは当然の責務だが、私の力ではこいつらを安住に導いてやることはできない。
いっそ帝国に出頭するか? あたし一人の命と引き換えにこいつ等の助命嘆願をすればあるいは……。
「アレクシア様」
つい思考に耽っていた私は名前を呼ばれてハッと我にかえる。顔を上げるとローレンツが普段より赤みの帯びた顔で私を見据えていた。
「何やらつまらぬことを考えていそうですね」
「姉さんのことだ。大方、俺達を助けるにはどうすればいいか考えてたんだろ」すかさずフェリクスが図星を突いてくる。まったく食えない男だ、可愛げのない。
「何だと! おい姉御! 言っとくが姉御を犠牲にして俺達だけが生き残るなんてのは真っ平御免だぜ!」酔っ払っていつも以上に馬鹿でかい声のジーク。
「ほうれふよ! ぼふたちはずっといっしょれふ! らってぼふたちはクレヴァー隊らんでふから!」呂律が回っていなくて聞き取りにくい事この上ない。だけどまぁ、クリスの気持ちは伝わったよ。
あたしは鼻を鳴らして笑ってみせた。
「やめとくれよ。あたしがアンタ等半グレを助ける為に命を張るだって? だったらあたしは遠方の国にでも行って今度は女の幸せを謳歌するよ」
あたしの冗談交じりの嫌味にこいつ等は笑った。しかもその笑顔には気持ち悪い事に本当にそうしてくれ、あたしに幸せになってくれという真意を感じさせやがった。
「ひでぇなぁ姉さん。じゃあ俺達がここいらの山賊制覇しときますから、暴れたくなったら顔見せてくださいよ」
「姉御はべっぴんだからな! 本当にそういう生き方もできると思うぜ!」
「ばぁか、そしたら二度とお前等の前になんか現れるかい。気持ち悪い事言いやがって。さぁ、いいから飲みな! いずれ滅亡する王国と帝国を祝して乾杯だ!」
そうしてその酒宴は夜が更け、酒が尽きるまで続けられた。
◇
四人が眠ったのを確認して、あたしは静かに寝床を抜け出した。よく眠っている四人の面を拝む。
クリス。凡そ争いごとには不向きな性格をしているくせに、よくこの部隊で頑張ってきた。優しさと聡明さ、そして芯の強さを兼ね備えており、まだまだガキだが良く出来た男だと思っている。
ジーク。暴れる事しか能のない単細胞だけど、その馬鹿さ故の純粋さは仲間が死んだ時には誰よりも深く悲しんでいたな。
フェリクス。斜に構えて物事を客観的に見るコイツは一見ドライに映るが、心の内には熱い想いを宿した男だった。どうすれば仲間が死なずに済むか、それを独自の視点から捉えるコイツは非常に頼もしい奴だった。
ローレンツ。学の無いこの部隊において参謀を務めてくれたコイツは正になくてはならない存在だった。頭がいい癖に驕った所が一切なく、無知なあたしに愛想を尽かさずよくやってくれたものだ。
他にも死んでいってしまった仲間達。ならず者の集まりではあったがクレヴァー隊の隊員達は皆いい奴等だった。仲間を大切にし、至らぬあたしに忠義を尽くしてくれた。
この部隊で戦ってこれた事はあたしの誇りだ。
脳裏にこいつ等と馬鹿騒ぎして笑った記憶が思い起こされ、一瞬決意が鈍るのを感じた。纏わり付くその甘えを振り払う。
『花嫁になって幸せな人生を歩む事にした。あんた等も達者でやんな』
汚い字でそうメモを残すと、あたしは洞窟を後にした。
帝国にしてみればあたしの首は是が非でも獲りたい事だろう。裏を返せばあたしの首を挙げれば帝国の追跡はあいつ等に及ばない可能性がある。
東の空が明るくなってきたな、間もなく夜が明ける。早いとこ向かうとしよう。
剣だけを手にして森を進むと、やがて坂の先に森の出口が見えてきた。陽の光が射し込むそこに逆光によるシルエットが四つ浮かんでいる事にあたしは気付いた。
「どこに向かおうと言うのですか?」
一つの影が問い掛けてきた。その瞬間、胸の奥に何かが閊える感覚が走る。
ああくそ、このインテリ眼鏡が。答えを知った上で聞いてやがる。
「書き置き読んでないのかい? あたしを知らない土地で第二の人生楽しむんだよ」
「そうかい! でもよ姉さん。こっちは帝国街道まっしぐらだぜ」
いけしゃあしゃあと突っ込みを入れてくる偏屈男が。本当に可愛げのないやつ。
「そうだったかい? なら帝国を相手にひと暴れしてからにするよ。腹の虫も収まらない事だし」
「姉御! 暴れ足りねえのは姉御だけじゃねえんだぜ! 独り占めなんてずりぃじゃねえかッ!」
この単細胞生物が。馬鹿でかい声でうるさいったらない。
「何だいジーク? あたしから楽しみを奪おうってんなら力づくで奪ってみな!」
「隊長! 僕達を助ける為に自らを犠牲にするなんて止めてください! 僕達の帰る場所はレヴィン王国でもまだ見ぬ安住の地でもない。隊長のいる場所こそが僕達の帰るべき家なんですから!」
この馬鹿ガキが。みなまで言ってんじゃないよ。これだからガキは嫌いだよ。
この時あたしが顔を逸らしたのは別に見られたくないものがあったわけじゃない。射し込む朝陽に目が焼かれそうだったってだけ。
「やめだ」
「は?」あたしの一言にローレンツの間の抜けた返し。
「帝国に行くのは止めだって言ったんだよ! それにお前等がいたんじゃ花嫁にもなれやしないよ、まったく!」
怒りの丈を吐き出してあたしは四人に背を向けた。控え目ながら付いて来る四人の気配。
「姉御、どこに?」
「ギアガ多民族国家に向かう」
「ギアガに? アレクシア様、あそこは無法国家のはず……」
「だからいいんだろ。どうせあたし達は悪名高いクレヴァー隊さ。今更真っ当に生きようなんざ生温いんだよ」
四人が直ぐ後ろを付いて来る。あたしは振り返り、にっと笑ってみせた。
「手始めにそこいらの部族締め上げて地盤を固めちまうんだよ。そのままギアガ丸ごと征服してレヴィンと帝国をぶっ潰す!」
「姉御!」
「姉さん!」
「アレクシア様!」
「隊長!」
歓喜の声を上げる隊員達。まったく、あたしの隊長心を無下にしやがって、仕方のない奴等だよ。だけどもまあ、隊員の意思を尊重してやるのも隊長の務めかね。こいつ等が求めるものが安住ではなく、あたしと掴み取る未来だってんなら、とことんやってやるよ。
地獄の入り口に立った絶望的な状況。にも関わらずガキみたいに無邪気に笑う馬鹿たち。
悪い気はしなかった。
どうやら、あたしにとってもこいつ等のいるここが帰るべき場所なのかもしれないね。