生まれ変わる? そんなことあるわけないでしょう。
雪がまた、ちらほらと舞っている。冬はまだ深い。僕は喫茶店『純』で、コービーを飲んでいた。ブレンドされたコーヒー豆の味がする。古い時計がかちかちと時間を刻んでいる。午後2時になった。ゴーンゴーンと時計が時報を鳴らす。まだ、サチは現れない。僕は焦燥感を覚えながら、サチを待つ。カランコロンと音がして、サチが入ってくる。ベージュのコートに、緑色のスカートを履いている。少し、ぼんやりとした印象を受ける。サチは辺りを見回して、やがて、僕と目が合い、僕は立ち上がる。サチは先程のぼんやりした顔から、緊張した面持ちとなり、僕の方へ近づいてくる。サチは、清水さんでしょうか? と僕に声を掛ける。はいと、僕が言うと、対面の椅子に座る。喫茶店の店主がお絞りと水を持ってきて、彼女の目の前に置く。コーヒーでと彼女はか細い声で言う。
「すみません。お呼びだてしまして」
と僕が言うと、彼女は、少し動揺した顔を見せる。
「元也の件とは、どのような事でしょうか?」と、彼女は言い、水を飲んだ。
「僕は元也です」と僕は唐突に言った。彼女は水が入っていた、コップをテーブルに叩きつけるように置いた。
「貴方ね? 元也だ、といたずら電話したのは」
彼女の目は怒りに絞られていた。
「元也は電車に轢かれて、死んだのよ」
と彼女は大きく声を荒らげた。僕は周りを見渡す。何人かの客がこちらを見ている。
「落ち着いて。僕は新谷元也です。清水章弘になって生まれ変わったのです。信じられないかもしれないけれど」
彼女は「生まれ変わって?」と苛つきをみせる。「そんなことあるわけないでしょう」とぼそりと言う。僕は黙りこむ。窓からは白い雪が強くなっているのが分かる。
「僕は、君の事を知っている。右の肩甲骨に黒子があることや」
と僕が言うと、彼女は、驚きに目を見張る。僕と、彼女しか知らないことだ。
「本当に元也なの?」
「そう」と僕が言うと、彼女はまだ信じられないように、視線をあちらこちらに動かす。
「僕はある理由があって、清水章弘となった。その理由を探している」
「元也は自殺したとばかり思っていたわ」
僕はどきっとして、言葉を発する。
「自殺?」
「元也は明るく振舞っていても、何かを隠していた」
「隠して?」
元也としての記憶を探るが、自殺とは思いつかない。
「君にも?」
サチは悲しそうな顔をする。僕は落ち着くために、コーヒーを飲む。しかし、心はざわつき、コーヒーの味は感じられない。
「ええ。貴方は、私にも、何かを隠して自殺したのよ」
とサチは言う。
「僕は……。元也は……」
次の言葉が出てこない。元也は何かを隠していたんだろうか? 僕は元也の記憶を探るが、分からない。僕達は黙りこむ。僕はコーヒーを飲む。少し、冷めたコーヒーが心に突き刺さる。窓を雪が叩く。サチは俯いている。
「あ。いや」
と僕は意味のない言葉を口に出す。僕はどうしたらいいんだろう? サチは、
「貴方を元也として扱っていいのか。章弘さんとして扱っていいのか分からない」とぼそりと言った。