この授業おもしろい?
文学部棟は古い建物だった。僕は教室に入る。一番前の椅子に座って、パラパラと教科書を捲る。教室には眠そうな生徒がぞろぞろと入ってくる。そして、隣の生徒と、談笑を始める。僕は、じっと、その光景を見ていた。僕は、隣の眼鏡をかけた、男に声をかけてみる。
「ねえ。この授業おもしろい?」
と聞くと、男は、さあ、と言った感じで、首を傾げる。そこで、話は止まる。僕は居心地悪く、椅子に戻る。
講師が英米文学と日本文学の違いについて講釈している。しかし、僕にはなんの意味もなさなかった。ただ、聞き流しているだけだ。僕は本から、人生についての学びを知りたかった。
僕は雪が少し残る、大学の構内を歩いている。寒さが体を震わせ、僕は、コートの襟を立てる。歩きながら、人生を考える。元也として、技術者として食っていこうかと考えていたが、今、僕は悩んでいた。このまま、文学部として、残るべきなのだろうか?
僕はもっと本を読みたい。あらゆる人に触れたいと感じていた。僕は、サチに電話してみようかと思った。サチに電話をしてみる。寒さで手がかじかんで、画面をうまくタッチできない。何回か試した後、サチの電話に繋がる。
「もしもし」
とサチの声がする。
「清水章弘と申しますが、元也君の事で、お話があります」
と告げると、サチは絶句したように、間を開ける。
「なんのことでしょう?」
サチは微かに震えた声で話す。
「お会いできませんか?」僕が言うと、サチは考えている。
「喫茶店『純』で」
と告げると、
「何故、その喫茶店を?」
とサチは驚いたように言う。
「それは会ってお話します」と僕は言う。
「では午後2時に」
と言って、僕は電話を切って、『純』へと歩きだす。
喫茶店『純』とは、大学の近くにある、二人でよく行った喫茶店だ。そこで、二人で朝はクラッシック、夜はジャズを聞いたものだった。サチは、明るく、屈託なく笑う女の子だった。僕は彼女を愛していた。サチは僕が彼女にプレゼントした指輪を左手の薬指につけていた。