元也は自分の未来に悲観していたんじゃないかな
公園を出てから、僕はサチに電話をした。僕は君を求めている。そう言いたかった。でも、サチの電話は繋がらず、電子音の留守番電話になる。僕は諦めて、自宅の近くの書店へと行く。書店には本が溢れていた。僕の読んでいない本が、多く。実用書とか啓発本が目に付く。そう思うと、世界は混沌としていた。あらゆる人が悩んでいて、あらゆる人が意見を求めていて、あらゆる人がそれに答えていた。答えは、千差万別で、それぞれの人は自分の生き方に自信をもてないでいると感じた。いや、自信のある方がよっぽど胡散臭いと思った。独善的で、偽善的で、あるいは偽悪的で。僕の心も揺れているが、そんなものに頼りたくなかった。
信号が赤から青になるのを待っている時、隣のお婆さんが、荷物を重たそうに持っていた。信号が青になってから、何回か、荷物でふらつくのを見ていて、僕は見兼ねて、
「荷物、お持ちしましょうか?」
と声を掛けた。最初、声を掛けられて、驚いていたお婆さんは、
「よろしくお願いします」と言った。僕は、僕でも重く感じる荷物を持って、信号が青に点滅するのを見ながら、渡り終えた。お婆さんは、何回も「ありがとう」「ありがとう」と頭を下げた。僕は、恥ずかしながら、そこを立ち去った。僕は、ふと変わりつつある自分に驚いていた。声を掛けたのは、自分でも何故かよく分からなかった。
ふと、サチがその場にいた。僕は驚いて、何の言葉も出てこなかった。
「章弘さん」
とサチは声を発した。
「はい」
「私は、貴方を信じることにしました」
僕の心臓はどきりと音を立てた。心臓の鐘が鳴り響く。
「やっぱり、貴方は元也であると同時に、章弘さんなんですよね」
「僕は……」うまく言葉が出てこなかった。
「今、私は貴方に惹かれていて、でも、自分がそう思いたくなくて」
「ありがとう」と僕はサチの目をみる。動揺もしない、彼女の目を見ていると、僕は嬉しくなってきた。
「私は、貴方に会えてよかった」とぽろりと涙を零す。
僕は彼女を人の往来も気にせずに、抱きしめた。僕達は、ずっと抱きしめあっていた。
「元也が自殺したと思ったのは、多分、元也は自分の未来に悲観していたんじゃないかな」
とサチは『純』で言う。僕はモーツァルトの「レクイエム」を聞きながら、ふと思い出す。
「僕はからっぽだった。自分の夢もなくて、ただ技術者として、毎日、食べていければいいいかなと思っていた。サチがいたからこそ、僕は、生きていけた」
サチは僕の顔をじっと見詰めている。もう、逸らさないと決めているようだ。
「今は違う。僕には可能性がある。何か、心の奥底でエネルギーを感じるんだ。今は分からない。僕は探しに行かなくちゃならない」
僕は、言った。「もう、前の元也ではないんだ」
「ありがとう。章弘さん。いえ、章弘。私の引っ掛かっていたものが無くなった気がする」
サチは、やっと笑った。




