必死にブランコを漕ぐ
目が覚めた時、エリが隣にいた。闇夜の中で、エリは僕の手を握っていた。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「エリ……」
僕は震えていた。月夜に光るエリの横顔を見詰める。エリの顔は陰影を帯び、いつものエリではない気がした。
「僕は……」
言葉が詰まる。エリはそっと、僕の瞼に手を置いた。エリの温かい手に触れ、心が震えた。
そして、エリは、「行くね」と言い、そっと部屋を出て行った。僕は月を眺める。満ちた月は、僕を慰めた。
リビングでご飯を食べる。今日は日曜日で、父と母は目の前にいる。エリはまだ部屋にいるのだろうか? リビングにはいない。昨日の夜のエリを思い出す。エリは、いつもと違うように見えた。幼い18歳に見えたし、僕を導いてくれる母のようにも。僕は黙々と、ご飯を食べる。不意に、僕の方を向いて、父が口を開いた。
「章弘。お前。就職について、どう考えている?」
僕はどきりとした。父が不意にそんな事を言ってくるとは思わなかったからだ。
「いや。それが……」
と僕は口籠る。母は僕の方をちらりと見て、
「章弘は本が好きだから、編集者とかどうかしら?」
と言った。僕は何も答えなかった。僕自身、理系の専門知識が無くなっていくのを感じていたし、このまま、何処か出版社に務めるのもいいかもしれない。でも、なにかが、心の中で引っ掛かっていた。
「そろそろ考えなくちゃならんぞ」
と父は言う。僕は「うん」と答える。エリが階段を降りてくる音がする。母は、
「まったく、あの子ったら、休日になったら、こんな時間まで」とぶつぶつ言っている。
「おはよう」と眠そうな顔をして、エリは言う。この姿を見ていると、昨日の夜のエリは幻ではなかったかと疑われる。
「おはよう」と僕が言うと、「おはよう。お兄ちゃん」とまた眠そうな声で言う。父が、うんと一つ声を出した。
僕は公園にいた。休日の公園らしく、子供連れの家族で賑わっている。時折、子供の嬌声が聞こえる。シャボン玉が空に向かっては、弾けて消えていく。僕は、それを見ながら、心の内へと入っていた。サチのこと。章弘のこと。将来のこと。様々な事がまだ終わっていないような気がした。エリの言っていた、「資格」とはなんのことだろう? 章弘には会わなければならない。章弘に会って、僕達の関係を終わらさなければならない。また、子供たちから歓声が上がる。僕は急にブランコに乗りたくなって、隣の10歳くらいの女の子が乗っているブランコの隣のブランコに乗った。ブランコの頭と、自分の頭がぶつかりそうで、漕ぎにくい。しかし、僕は必死にブランコを漕いだ。何かに、追われるように。




