僕は今でも君の事を愛している
僕は道を宛もなく歩いていた。僕は、考え事をしながら、あらゆる人を観察していた。朝、会社に行くサラリーマン。スマートフォンの画面を見ながら、ウォークマンを聞いている女子高校生。元気そうな小学生。何か現実とは膜が張っていて、映画を見ている気分だ。自分の存在がその光景に合わない感覚がする。僕は、どうすればいいんだろう? 僕のスマートフォンに電話が掛かる。
「清水章弘さんでしょうか?」
と低い男の声がした。
「はい」と僕が告げると、電話越しの男は、
「〇〇会社のものですが、お歳暮の派遣労働はいかがでしょうか?」
と言った。僕は、この前行った、派遣会社を思い出した。僕は、「行きます」と言うと、男は、「では……」とその待ち合わせ場所と待ち合わせ時間を告げた。電話を切ると、僕の電話にまた着信が入る。サチだった。
「章弘さんですか?」
と、サチは言う。
「はい」
と僕は、少し緊張しながら言う。
「もう一回、会えないでしょうか?」とサチは少し、小声になる。
「大丈夫です」
と僕が言うと、サチは、『純』に午後7時に待ち合わせるよう、告げた。
僕は電話を切り、数分間何も考えずに、公園のベンチに座って、鳩を見つめていた。
午後7時に僕は喫茶店『純』の椅子に座っていた。コーヒーを時折啜ると、コーヒー豆の味がする。僕は気が逸るのを抑えていた。サチはまだ来ていない。僕は時計を何回も見る。
そして、カランコロンと音がして、ドアが開くのを聞く。サチだった。サチは黒いタートルネックのワンピースに、厚手の青いコートを羽織っていた。サチは緊張した面持ちでこちらに歩いてくる。
「章弘さん。すみません。突然」
とサチは頭を下げた。
「いえ」
と言いながら、他人行儀なサチの行動を見ていた。サチは向かいの席に座る。
「コーヒーでいいですか?」
「はい」サチは頷く。
僕はマスターにコーヒーを注文する。
暫く、僕達は黙っていた。窓にはまた寒波が襲ってきたせいか、雪がちらほら舞っている。僕は、コーヒーに口を付ける。もうコーヒーは冷めている。
「あの……」
とサチは小声で言った。僕はサチの顔を見る。サチは僕の顔を見た後、恥ずかしそうに目線を外す。
「はい」と僕は言う。ボーンと時計が時報を鳴らす。
「貴方が元也だとして、私達は、どうすればいいのか、ずっと考えていました」
サチは眉間に皺を寄せる。おそらく、今までずっと考えてきたのだろう。少し、サチに疲れが見える。
「正直に言って、まだ結論というか、答えはでていません」
サチは、また僕の顔を見て、今度は目を逸らさずに言った。
「今まで通り、貴方を愛せるかというと、自分でも自信がありません。私は元也の顔が好きだった訳ではなく、元也の純粋さが好きだったんですが、今の貴方は、何か違うような気がしてるんです」
サチはまた俯く。僕は何も言わず、サチの言葉をずっと聞いていた。沈黙が錘のようにその場を重たくさせた。喫茶店の店内にはベートヴェンの「悲愴」が流れている。
「サチ。僕は今でも君の事を愛している」
と僕は言った。
サチは僕の目を見詰め、また俯く。
「私は……私は……すみません。結論が出ません」
とサチは言い、泣き始めた。涙がぽろぽろとスカートに落ちていく。
「ごめん」
と僕は言い、口を噤んだ。




