宗教団体急襲作戦Ⅲ
冨田の嫌な胸騒ぎは的中してしまった。
倉庫から100mほど離れたクレーンの上、スナイパーライフルを構えた冨田が配置されている場所。
冨田からは倉庫内の動きもある程度把握できた。
無線から聞こえて来る半田の怯えた声、ものすごい胸騒ぎがした。
そして次に無線から聞こえてきたのはさらに動揺した半田の声だった。
「永井さんどうして..何してるんですか!」
半田は酷く動揺した。
顔が青く、唇が青く、全身の血が引いてしまったような酷く疲れたような顔。
永井がラビを撃ったのだ。
頭を正確に撃ち抜かれたラビは即死だった。
永井は自分で殺したラビの死体まで歩き持っていたハンドガンを取り上げる。
取り上げた後すぐに湯川が到着した。
「何があった!」
湯川が無線はもういらない距離で大声を出した。
冨田も動揺した。
胸騒ぎの原因に気付いたからだ、声が出ない。
永井が虜にされていた。
「永井どういう事だ!」
反応しない。
ラビからハンドガンを取り上げ南側の入り口に向かって歩いた。
そして後ろから男が現れた。
とても平凡な感じ、特徴がない男。
松本だ。
永井が銃を松本に渡した。
「残念だったね零課の方々。」
「永井君はもう僕の虜になってたんだよ。」
松本が湯川に向かい言った。
「なぜだ⁉︎」
「一体いつから。」
湯川が松本に問いた。
(というのもなぜこいつが零課という言葉を知っている?)
その言葉はいつものゆったりとした湯川からは出てこないような焦り、動揺、狼狽が混じった声だった。
「湯川!どうなっている⁉︎」
無線から冨田の声が聞こえる。
冨田からその状況が見えていなかった。
「永井が洗脳された。」
湯川は無線で冨田の質問に答えた。
半田の腰が抜け地面に倒れた。
倒れた瞬間永井が半田の右足と右肩を撃ち抜いた。
「ぐあぁぁぁぁ!」
半田の声にならない声が倉庫内にこだまする。
「やめろ!」
湯川が怒鳴る。
そして湯川が銃の引き金に指をかけた瞬間永井が半田を再度打った。
半田のショックと痛みで涙か鼻水かわからないぐらいクシャクシャになった顔に穴が空く。
「動くなよーって言ってみたかったのにな。」
「残念。」
松本は嫌らしい顔で湯川に言った。
「貴様...」
湯川の顔は怒りへ変わった。
「昨日永井君から聞いたよ君が零課のBOSSだろ?」
松本の瞳が変わった。オレンジ色に輝き長細く縦に伸び湯川へ問いかけた。
そして湯川の心の中で何が生まれた。
松本を信頼する様な何かが。
湯川は気付いた"虜"だ。
まずい
すぐにそう湯川は思った。
灰色のコートの下でグレネードのピンを抜く。
ピンを抜きすぐに松本の方へ投げた。
グレネードはすぐに爆発した。
衝撃と爆音と共に倉庫の天井が抜けた。
崩れ落ちる天井とともに屋根にたまっていた雨も一斉に落ちてくる。
煙と水滴に倉庫内は充満する、徐々に視界が晴れる。
そして現れたのはボロボロになった永井だった。
松本を庇って破片が身体中にささり美しい顔に傷が入る、スーツもボロボロになり血塗れになった霰もない姿。
今すぐに病院に連れて行かなければ出血死する程の血が流れている。
だが永井の表情は顔色ひとつ変えていない。
「ありがとう永井君。」
血塗れになった永井の首元を優しく触りながら松本が言った。
湯川も爆発によって生まれた破片が身体に刺さっていが継続して松本に銃を突きつけていた。
「冨田聞こえるか?」
湯川が小声で無線に問いかけた。
グレネードの爆発で耳が馬鹿になっている為松本には聞こえなかった。
「大丈夫だ、状況は?」
冨田が無線に返答する。
「冨田、先ほどの爆発で天井が抜けて狙撃出来るはずだ、松本を打て。」
傷を負い声に力がない。
「わかった狙撃する。」
冨田はトリガーに指をかけるスコープを覗き込み目に力が入る。
その途端松本が永井のこめかみに銃を突きつけて身体を抱き盾にした。
冨田の手が止まった。
「後ろにもう一人いるんだろ?」
「今打ったらこの子も死んじゃうよ?」
松本が湯川へ問いかける。
その途端湯川の心でまた新たなものが生まれた。
この人は親愛なる人だ。
まずい
湯川の心が揺れる、とても揺れる、今にも任務を放棄しそうな心情。
永井は呼吸がうまくできていない様だった。
肩を大きく上下する。
だが表情は一切変わらない。
まるで凍の様な冷めた表情のままだった。
「冨田!打て!」
自分が松本の虜になりつつあった。
好きになっていた、友達になっていた、親友になっていた、愛していた。
残っていた僅かな零課室長としての意地、意識、プライド、心、誇りを振り絞り声を上げた。
「うわー!」
冨田は叫びながら引き金を引いた。
弾は松本の頭を撃ち抜いた。
声は出なかった。
撃ち抜いた事後すぐに冨田はクレーンを全速力で降り倉庫へ走った。
火薬の匂いが充満していた。
鼻を捥ぐほどの強い火薬の匂い。
冨田は湯川たちのいる場所へ到着した。
そこには泣きながら松本の死体に抱きついている湯川と永井の姿があった。
「なんで、なんで!」
湯川と永井は松本の死に酷く動揺していた。
まるでさっきまでのやりとりがなかったかのように。
愛していたのだ、虜になっていたのだ、松本をこの世の何よりも。
「湯川、永井、大丈夫か?」
冨田も酷く動揺していた。
殺すはずの松本の死体に抱きついている2人。
胸の中でとても大きな異物がつっかえた感覚。
冨田の問いは2人には届かなかった。
空いた口が閉じない、瞬きができない、ゆっくりとおぼつかない足を動かし2人の元へ歩く。
そして血塗れの2人は立ち上がり冨田を凝視し持っていた銃を自分のこめかみに当てた。
「待て!」
冨田の声は死体だらけの倉庫内にこだました。
その声は冨田以外には聞こえなかった。
自殺したのだ。
湯川と永井は自分の最愛の人を亡くしあまりのショックで自分を自分で殺してしまった。
冨田は膝から崩れ落ちた。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」
叫んだ、ただ叫んだ、何も出来なかった自分、大切な仲間を全員死なせてしまった自分、作戦を止めれなかった自分、全てを自分のせいにした。
しばらく叫んだ後冷静を少し取り戻し電話をした。
「私だ、至急報告の倉庫に来てくれ。」
電話をかけたのは警視総監の早川だった。
「どうした?何かおかしいぞ?」
早川は電話越しの冨田の違和感に気付いた。
「すまない、なるべく早く早く来てくれ。」
電話を切った。
冨田はずぶ濡れになりながらもその場から動く事が出来なかった。