学校一の美少女の机にラブレターを忍ばせたら、翌日学級会議が始まって放課後のラブカイザーとして公開処刑されてるのですがめちゃ死にたい〜バレた先は地獄なんだが?でもバレないと付き合えないんだががが〜
コメディ極振りラブコメです
作者がラブコメって言ったらラブコメです
僕、海冴光輝は緊張していた。
それは何故か。人生初のラブレターを、想い人へと送ろうとしているからだ。
その子の名前は渡来亜衣といって、優しい笑顔と丁寧な物腰が特徴の、僕の通う中学で一番人気のある女の子だった。
成績優秀運動神経抜群。性格もおっとりしていて、人付き合いもいいときたら、欠点なんてないに等しい。
事実、彼女に関してまるで悪い噂を聞いたことがなかった。
強いて言うなら結構なお嬢様であるらしく、若干古風で天然気味であるらしいことくらいか。
だけど、そんなことを気にする男子はいないだろう。
むしろそんなところも可愛らしいと思い、美点として褒め称えるやつのほうがよっぽど多いに違いなかった。
ここまでの話で気付いた人もいるかもしれないけど、渡来さんに関する話は全て人づてに聞いた話だったりする。
一応同じ小学校を卒業していて、中学に入っても二年連続でクラスメイトになれてはいたものの、僕と渡来さんは中学二年に至るまで、これといって接点らしい接点というものがなかった。
そんな僕が何故彼女のことを好きになったのか、疑問に思う人もいるだろう。
その理由はまぁ、有り体に言えば一目惚れ。
もっと詳しく言うならば、過去に彼女に優しくしてもらったことがあったからという、ごくごく単純なものだった。
それは小学五年生の時の話。
夏休みの課題であった読書感想文が上手く書けず、ひとり図書館で悩んでいたときだ。
その日、渡来さんも用事があって図書館に来ており、後ろから声をかけられたのだ。
「どうしたんですか?」
そう聞かれ、振り返ったときに見た彼女の顔を、僕は忘れないだろう。
きょとんとした無垢な顔でこちらを見つめる渡来さんに、僕の心は一気に鷲掴みにされていた。
それから彼女に手伝ってもらい、なんとか感想文は仕上げることはできたのだけど、詳しいことはあまり覚えていなかった。
渡来さんからすれば、たまたま見かけたクラスメイトが困っていたから手を貸してあげただけだったんだと思う。
それでも僕にとっては淡い記憶として心に刻まれるのに十分な出来事であり、四年経った今でもハッキリと思い出せる。
実る可能性は限りなくゼロに近いけど、僕にとってそれは紛れもなく初恋の思い出だったから。
さて、話を現在に戻そう。
僕はクラスでもそこまで目立つ存在じゃないし、部活だって文化系の陰キャ男子だ。
それに対し、渡来さんは常にクラスの中心にいて、所属しているテニス部でも二年生ながらエースに近い存在らしい。
要は月とスッポン。ウサギとカメ。水と油に天地の差。
言い方は色々あるけど、とにかく僕と彼女では住む世界が違うし、釣り合わないことは確かだった。
この気持ちを誰にも言ったことはなかったが、それでも友人達が知ったなら、皆口を揃えて「やめとけ」と忠告してくるに違いない。
お節介とは言わない。そんなの、僕自身が一番よくわかってることだ。
……だけど、それで素直に想いを諦められるようならば、僕はここにいないだろう。
辺りを見回し、教室に自分以外の人の姿がないことを確認すると、僕は制服のポケットからあるものを取り出した。
「…よし。折れてたりしないな」
それは一日中肌身離さずに持ち歩いていた、白い封筒だった。
ここ数日、僕はずっと悩んでた。
このまま釣り合わないからとなにもせずにいていいのか。
なにもしないで、彼女がほかの男と付き合うのを受け入れるのか。
それで後悔はしないのか―――
たくさん悩んだ。
悩んで悩んで悩んで―――そして決めた。
僕は、この気持ちを彼女に伝える。
後悔だけはしたくない。それが僕が出した答えだった。
「ふう…」
気持ちを落ち着かせるために、一度大きく深呼吸。
決意を固めた僕は、昨日学校から帰った後、一晩中寝ないでこのラブレターを書き上げた。
今時ラブレターで気持ちを伝えるなんて、ちょっと古いかもしれない。
だけど、僕は渡来さんとはあまり接点がない。
いきなりSNSを通じて好きですなんて言っても、きっと彼女は困るだろう。
面と向かっての告白も、成功するとは思えない。
そうして考え出した答えがラブレターだった。
これなら向かい合うのは便箋で、直接彼女と繋がるわけじゃない。
なにより、渡来さんを好きになるきっかけになった読書感想文のことを思い出せて、心に勇気が湧いてくる。
以上の理由で、この方法が、一番自分に合っていると思ったのだ。
(まぁ、結局どんな言葉書けばいいか迷いまくって一晩中徹夜したから、頭がクラクラしてるけど…)
昨日からずっと告白のことを考えていたせいで、起きているのにまるで夢の中にいる気分だ。
ラブレターの内容も、ハッキリ思い出せないくらいおぼろげだ。
(それでも…)
これには文字通り、僕の全てを込めている。
渡来さんへの想いを綴った、魂の一作であるに違いない。
僕は僕を信じる。迷いなんて、もはやないんだ。
覚悟を決め、僕は目標の場所へと封筒を持った手をゆっくりと突き出した。
変な場所に当たって、折れ曲がらないよう慎重に。
そうして送り出した手紙は、まるで吸い込まれるように、暗い机の中へと消えていった。
(やった…!)
僕はたった今、想い人にラブレターを送ることに成功したのだ。
告白が成功したわけでもないのに、胸が一杯になってくる。
カシャ!
「ん?」
やり遂げた達成感から浮かれる僕の耳に、ふとなにか音が飛び込んでくる。
思わず振り向くのだが、そこには誰もおらず、物言わぬ机と椅子が並んでいるだけ。
(気のせいかな…)
まあいいや。やることはやったんだ。
部活を終えた彼女が、机の中の手紙に気づいてくれさえすれば、後はもうどうでもよかった。
「っと、こうしちゃいられないや」
トイレに行くと言って部活を抜け出してきたから、あまり長居をすると怪しまれるかもしれない。
言葉に出来ない充実感に身を包まれながら、僕は誰もいない放課後の教室を後にするのだった。
(どうか渡来さんに、僕の気持ちが届きますように…)
そんな淡い恋心を、ラブレターとともに残しながら。
「すまんが朝のホームルームを始める前に、渡来から話があるそうだ」
どうしてこうなったんだろう。
翌日学校に登校した僕は、机に突っ伏しながら頭を抱えていた。
「皆さん、貴重な時間を使わせてしまってすみません。今日はどうしても確かめたいことがあり、先生にお話して、この場をお借りさせて頂きました」
そう言って担任の隣に並び、教卓の前で頭をぺこりと下げる渡来さん。
その姿は実に可憐だ。朝の日差しを浴びて、輝いてすら見える。
人によっては女神か妖精のようだと、うっとりとしたため息をつくことだろう。
「ひゅうううぅぅぅ」
もっとも今の僕の心境からすれば、めちゃくちゃ息が苦しいんだが。過呼吸になりかけている。
吸い込んだ息がとかく冷たい。心拍数も昨日とは違った意味で上昇している気がする。
「おい海冴。お前大丈夫か?」
極度の体調不良に陥っている僕の背中を、ツンツンとつつく男子の声。
後ろの席の友人、後藤くんだ。僕の様子がおかしいと思ったのか、どうやら気遣ってくれたらしい。
「ああ、後藤くん。大丈夫だよ、うん、僕は全然大丈夫。へっちゃらへっちゃらちゃらへっちゃらさ」
「いや、そうは見えないんだが…めっちゃ顔青いし、今にも死にそうに見えるぞ」
安心させようとサムズアップまでしてみせたのだが、あまり効果はなかったようだ。むしろめっちゃ心配された。
だけど勘がいいね、その心配は大当たりだよ後藤くん。
僕はこれから死ぬことになるんだ。社会的な意味でね…
話し込む僕らをよそに、場は進んでいるらしく、ひとりの生徒が渡来さんに話しかけていた。
「どうしたの、渡来さん?なにかあったのかい?」
クラスメイトのひとり、池だ。クラス随一のイケメンで、サッカー部のエースでもある。
そんなハイスペック男子である池が渡来さんを狙っているのは、クラスでは有名な話であり、頻繁に彼女に話しかけている姿をよく見かけていた。
それが僕の焦りを加速させる遠因のひとつになったのは、言うまでもないだろう。
「はい。実は昨日、とある出来事がありまして…そのことを思うと、寝付くことも出来なかったのです。皆さんに迷惑をかけることになるとはわかっていたのですが、それでも私は…」
「迷惑なんてとんでもない!クラスの仲間じゃないか。俺なら喜んでいつでも相談にのってあげるからね」
ここぞとばかりに渡来さんにアピールする池。
何人かの男子が「ケッ」という顔をしているが、まるで気にした風でもない。
顔面偏差値が高いからか、言動に爽やかさと余裕があるのがクソ腹立つと、普段から男子から嫉妬の対象になっている男だ。
このクラスは学校一の美少女である渡来さんと付き合いたいという男子が過半数を占めているが、イケメンであるやつにはその他の男子など眼中にないんだろう。
ライバルとすら認識していないのかもしれない。
「ありがとうございます、池くん。優しいんですね。嬉しいです」
「ハハハ、いやいやそんな…」
「ゴホン!池、話しているところ悪いが、まだ本題に入ってないんだ。あまり話を長引かせないでくれ」
お、ナイス担任!ハゲかけたアラサー独身は伊達じゃないな!
いくら大人といえど、やはりイケメンの行動は目に余ったと見える。
「はい」と小さく返事して、不精不精と行った様子で席に腰を下ろす池。
先生に言われては、さすがのカースト上位のイケメンでも、引っ込まざるを得ないようだ。
「よし、渡来。続きを話してくれ」
「はい、先生…皆さん、突然であるのですが…実は先日、私はある手紙を頂いたのです」
途端、教室がざわめく。
彼女の予想外の一言は、クラスをかき乱すに十分な威力を持っていたらしい。
「え、渡来さん!それってもしかして、男子からのラブレターだったり…?」
「ええ、そうだと思います」
ひとりの女子の色めきだった質問に、渡来さんは首肯で答えた。
同時にキャー!という黄色い声がクラスに響く。
(ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!)
一方、僕は脳内で絶叫をあげていた。
悪い予感が当たってしまった。
十中八九この件だろうなとは思ってたけど、本人の口から言われると精神的ダメージが物凄い。
「恥ずかしながら、私は告白をされたことがないわけではないのですが…恋文を貰うというのは、初めての経験でした」
もしこの場に誰もいなかったら、机にガンガンと頭を打ち付けていたかもしれない。
黒歴史が、脳内に蘇ってきたからだ。一刻も早く抹消しなくてはならない、忌むべき悪魔の記憶が。
「ですが、その手紙には宛名が書いていなかったのです」
「あ、私話が見えてきた!その人が誰か知りたいってことでしょ!?」
「はい。下さった方には申し訳ないと思ったのですが、これ以外の方法が、私には思いつかなくて…もし恋文の方がこの場に居ましたら、改めて謝罪致します。こうして貴方の想いを多くの方に晒してしまう無礼を、どうかお許しください」
そう言って、渡来さんは深々と頭を下げた。
本当に申し訳ないと思っていることが、その姿勢から感じ取れる。
(やべぇよやべぇよやべぇよ…)
だが、彼女の謝罪相手である僕にはその誠意は届いていなかった。
ダラダラと滝のような汗が額から流れていくのを感じる。
「おい、海冴。お前背中の汗やべぇぞ。クーラーついてんのに、後ろでワイシャツ透けてんだけど」
後藤がなにか言っているが、こっちはマジでそれどころじゃないわ。
昨日の記憶が次々フラッシュバックして止まらない。ついでに冷や汗も止まらない。
「ちょっ、そんなに謝ることないって渡来さん!その男子だって困るよ!」
「そうだよ!亜衣ちゃんに頭下げられたら、その人きっと居た堪れなくなるって!」
「ですが…」
頭を下げ続ける渡来さんを、友人の女子達が慌てて止めているようだ。
その涙ぐましい友情に男子達は口を挟むことができないらしく、その様子を固唾を飲んで見守っていたが、ある冷静な女子の一言が場の流れを一変させる。
「てか、告白してきた相手ってうちのクラスにいるの?宛名書いてなかったんでしょ?」
『あ、そういえば…』
(あ、段々思い出してきた。昨日はグッスリ眠れたからな…)
再びクラス中の視線が渡来さんに集中する。
ただし、僕を除いてだが。
我が視線はここではないどこか。遥か虚空をさまよっている。
早い話が現実逃避だ。
そう、昨日は実に良く眠れたなぁ。
前の日はラブレターを書くために、一日徹夜したからね。
色々疲れてたんだろう。いやマジで。そのせいで僕は色々おかしくなっていたんだと思う。
「はい、間違いないと思います」
「根拠でもあんの?」
疑ってるのか、訝しむ目を渡来さんへと向ける女子。
そんな彼女の視線を正面から受け止めながら、渡来さんはしっかりと頷いた。
「ええ、あります。手紙に書いてありましたから」
「へー、なんて?」
話の流れで質問が続く。
うん、当然だよね。誰だってそうする。僕だってそうする。
「はい、いつも近くで、君のことを見ていると」
『おおー!!』
だから渡来さんだって答える。これも当然だよ、うん。
周りのテンションも爆上がりするのも、当たり前のことだとぼかぁ思うなぁ。
でも、彼女の話はまだ終わってなかった。ゆっくりと、ピンク色の唇が開いていく。
「それだけではないんです。手紙の最後に、手がかりが記されていました。ですが、その名前に私は心当たりがないのです。ですから、どうか皆さんの力をお貸し下さい。この名前に心当たりがある方がおりましたら、教えてくださると助かります」
その言葉に、無邪気なクラスメイト達は食いついていく。
「そうなんだ!いいよ、私協力する!友達だもん!」「私も!」「俺も!」
ああ、麗しきかな友情。これが青春ってことなのかな。
担任もなんか涙ぐんでるし。雰囲気って恐ろしい。
「くっ、素晴らしい…私が夢に見ていた光景だよ。教師になってよかった…いいクラスメイトを持ったな、渡来…!」
「ありがとうございます、先生、皆さん…!私は果報者です…」
目尻に浮かんだ涙を拭き取る渡来さん。
感動的な場面なんだろうなぁ、きっと。でもね、僕にはわかるんだ。
「それではお伝えします」
それが、地獄の門の入り口だってことが。
「うんうん!」
「大丈夫!これでも私、交友関係はひろ――」
「手紙の最後には、こう記されていたのです―――放課後のラブカイザー、と」
その名が告げられた瞬間、教室の時は停止した。
『……………え?』
誰もが理解ができなかったんだろう。
クラスメイト達は困惑している。
当然じゃないことを口にされたんだもん。当たり前だよね。
「この名前に、心当たりのある方はおりませんでしょうか?」
『え…?ラブカイザー?ええ…?』
皆の声が一斉にその名を口にする。
思考停止しているのかもしれない。
(ぶくぶくぶく…)
ついでに言えば、僕も止まった。口からなんか、泡も出た。
そんな僕に気付かず彼女は教室を見渡すと、ゆっくりと頭を振った。
「いない、みたいですね…ならば仕方ありません。実はもうひとつ、謝罪しなければいけないことがあるんです」
え?まだなんかあんの?僕の心はもうとっくに限界だよ?
「失礼ながら、頂いた恋文のコピーを取らせて頂きました。コンビニでクラス分の量を刷ってあります」
『えええ…』
渡来さんの言葉に、クラスメイトの声が一斉にハモる。
理解できない事態の連続に、ついていけない空気が漂うなか、渡来さんは(僕にとって)更なる爆弾発言をぶちかました。
「それを皆さんの机の中に既に入れております」
『なんで!?』
マジでなんでだよ!!??
ここまでクラスメイトと心がシンクロすることは、きっと二度とないだろう。
多分渡来さん以外の全員が、同じ疑問を抱いたに違いない。僕らの心は、この瞬間間違いなくひとつになっていた。
「昨日は寝れなかったもので…一刻も早く学校に行こうと思い、早朝家を出たのですが…」
動揺を見せるクラスメイトをよそに、渡来さんは話を続ける。
徹夜をしたというのは本当らしく、目の下にうっすらと隈が浮かんでいる。
「途中、電柱に貼られた迷子の子犬を探すポスターを見かけたんです」
さらにいえば、よく見ると目もなんかおかしい。
なんかグルグルと渦巻いていて、視線が定まっていない、ような…
「そこで閃いたのです。天啓を得ました。これぞ神様の導きです!」
ここで僕はようやく気付く。なにかがおかしくなっている。
だけど、気付いたところで、もう遅かったのだけども。
まぁ要するに―――
「そう、私は気付きました――探し人がいるならば、情報は多くの方と共有すべきなのだ、と。その方が、早く彼を見つけられるのですから」
渡来さんも徹夜明けで、テンションがおかしくなってるんだなーって。
脳内麻薬ドッパドパで絶賛トリップ真っ最中の彼女は、昨日の自分と同じ状態だったのであった。
「お願いします。私に協力してください。そのために、私はここにいるのです!いいですよね!?」
『お、おおう』
尋常ならざる気迫を見せる渡来さん。
そこには普段のおっとりとした美少女の面影はどこにもない。
クラスメイト達も気圧されて、一同に頷いている。担任までもだ。
「では皆さん、用紙を取り出してください。僭越ながら、私が今から恋文の内容を読み上げさせて頂きたいと思います」
(んほおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)
この流れはもはや止められない。ていうか、止めたら僕だとバレる。
それだけは絶対に嫌だ!身バレするとか死んでも無理!
「皆さん出しましたね?準備はいいですか?」
完全に気迫に飲まれた皆が文句ひとつ言わずゴソゴソと机を漁り、手紙を取り出したことを確認する渡来さん。
教室を一瞥すると、小さく一度咳払い。
それは正しく、絶望の始まりだった。
「それでは始めさせて頂きます。コホン、拝啓―――」
そう形容するほかない。だって―――
『拝啓 親愛なる亜衣様へ
フフフ…君は本当にいけない小猫ちゃんだ…
このKaiserをこんなにもトリコにするなんて…
ひょっとして、わざとだったりするのかな?フフッ、だとしたら、君はとんだ悪女だ
ANJELだと思ってたのに、まさかルシファーだったとは、お釈迦様もさぞかしびっくりだろうね
でも僕は、僕だけは君のことを赦してあげる…だって、これが僕にとっての恋だから…
愛してるよ、亜衣。亜衣だけに。なんちゃって。フッ、ちょっとキザだったかな?
でも仕方ないんだ。君は、僕の心を奪った変泥棒だから…
盗んだからには責任は取ってもらうよ、怪盗さん♪
だって、僕の心臓はとっくに君に囚われてしまっているんだから…
それはさながら運命のCHAIN…
そう、君は僕の運命であり、運命なんだ
この想い、どうか届いて欲しい
その日まですぐ近くで、君のことをずっと見ているよ…いつまでもね…
ドゥピ☆チュッ♪愛しい愛しの君へ
―――アイに堕ちた皇帝・放課後のラブカイザー』
こんなん書いたのが僕ってバレたら、人生終わりますやん
「以上となります」
渡来さんが言い終わると同時に、教室内が静まりかえる。
間違いなく、空気が死んだ。
それがわかる。わからないでか。
僕らを包む空気はそれくらいヤバかった。
シンとして、誰も言葉を発しようとしない。
今なら学校に巣食う妖怪がいたとしても、秒で逃げ出すことだろう。
重い、重すぎる。あまりにも沈黙が痛い。
なんだよ、放課後のラブカイザーって。
書いたやつ、頭おかしいんじゃねぇの。
皆がそう考えていることが、手に取るようにわかった。
ハッキリ言おう。死にたい。生き地獄とはこのことか。
「すげぇ…」
そうして通夜のように凍りきった空気の中、ポツリと誰かが呟いた。
「すげぇよこれ。すげぇよ」
頼む、後生だ。
「ラブカイザーすげぇ」
誰か僕を殺してくれ。
「ラブカイザー…?」「ドゥピってなに?」「愛しい愛しの君って、意味被ってんぞ…」「ルビ多様しすぎでしょ」「変…泥棒…?え…?」「ここスペル間違ってない?」「亜衣だけにとか、上手いこと言ったつもりなのか…?」「亜衣に堕ちたからラブカイザーってこと…?」「どういうセンスしてんの…」「キモ…ていうか、痛…え、ダメ。理解できない…私東大目指してるのに、こんな…」「すげぇよ…すげぇ…」「ラwブwカwイwザーwwwwww」
その言葉を皮切りに、沈黙は破られた。
ざわつく教室。戸惑うクラスメイト。固まる担任。何故かドヤ顔の渡来さん。
「はわわわわわ」
そしてこの世の終りのような顔をする僕。
なんだこれは。ここが地獄か?
どうしてこうなってしまったんだ。
(僕はただ、渡来さんに君のことが好きだって気持ちを、伝えたかっただけなのに…!)
殺したい。昨日の自分を八つ裂きにして、火炙りにしてぶちのめしたい。
ラブレターだぞ?ラブレター。
そもそも僕が書きたかったのは、ごく普通のラブレターなんだよ。
それがどうしてこんな怪文書になったんだ?
あれか?初めてのラブレターと深夜のテンションで、頭がおかしくなってたのか?
カイザーが自分の苗字と引っ掛けたんだということは分かるけど、そこにラブを加えるとかどういうセンスだよ。
お前、最初はローマ字でカッコつけようとしてたじゃないか。
そこでカイザってカイザーって読めるよな…と思ったことは覚えてるけど、それ以上思い出そうとすると頭が痛む。
これが黒歴史か?何故斜め方向にかっとんだし。
答えのない自問自答。自分で自分が理解できない。
「ラブレター…なの、これ…?怪文書の間違いじゃ…」
うん、わかるわかる。これ怪文書だよね。
ラブレターとして大失格だもん。
これで気持ちが伝わったら、お釈迦様はたまげるどころか心臓ショックでぶっ倒れるわ。
ただひとつだけ言えることがあるとしたら、僕の初恋は木っ端微塵爆裂四散。
核ミサイルで綺麗まっさらに吹っ飛んだんじゃなかろうか。
(さらば、僕の初恋…)
少しだけラブカイザーの片鱗が顔を覗かせてしまったが、真っ白に燃え尽きた今の僕にはどうでもいいことだった。
そうしている間に、クラスメイト達の間でラブカイザーに関する議論が、活発に交わされていく。
「えっと、ANJELって、多分ANGELのミスよね」「ルシファーは小悪魔じゃなく堕天使だぞ…てか男だ」「多分自分が堕としてやるとかそんな意味含めたんじゃない?」「あー、ラブカイザーならやりそう」
おいおいやめろマジやめろ。ラブカイザーを真面目に分析するんじゃない。
国語の時間と違うんだ。文豪と一緒にしちゃいけないと思うよ。
そんな含みとかないから。全然考えてないから。
ただの深夜テンションで書いた勢いだけの代物だから。
「恋泥棒もおかしいよ…そこミスる?変になってるよ、二つの意味で」「destinyがDEATHになってんぞ。これ死ぬってことか?」「運命好きすぎだろラブカイザー」「ドゥピ☆チュッ♪が一番意味わからん。クスリでもキメて書いてただろ」
そもそも僕らは中学生じゃないか。
多感な時期だぜ?傷つきやすいお年頃なのは、皆もわかってるよね?
だからもうやめよ?こんなことでディスカッションしたところで、世界なんてなにも変わらないよ?
これ以上論評されたら、僕のガラスの心は壊れるんだが???
そりゃ僕だって他人事なら喜んでするけども!もう少し手心加えてくれても、罰は当たらないんじゃないかなぁ!?
「ある意味天才だな…」「少なくとも俺にはこんな手紙は送れん」「くっ、理解できない…私偏差値70あるのに、全国模試一桁なのに…!」「ラブカイザーには羞恥心がないのか?中二病にも限度があるだろ」「すげぇ…すげぇよ…」
失礼なこと言うなや!羞恥心くらいあるわい!
今から窓から飛び降りて自殺してもいいんだぞ!!??
ラブカイザー以上のトラウマを植え付けてやろうか!!??
そもそも、これを書いたときの僕は正気じゃなかった。狂ってたんだよ。
そう、犯されていたんだ。恋という名の病に…
…あ、やべ。またカイザーモードに入りそうになってる。それはいかん。
僕はまともな人間なんだ。中二病では断じてない!
「っくwwwラ、wラwwブwwカwwイwwザーwwwwwwwくはっwwww」
てか後藤くんさぁ、さっきからうるさいんだが?
後ろで机バンバンさせながら笑い続けるのやめてくれ。
色んな意味でダメージがすごいよ。鼓膜的にもメンタル的もめちゃ響く。
「やめるんだ皆!」
そんな混迷を極めるクラスに、一筋の叫びが轟いた。
「こんな話をしても意味ないだろう!?渡来さんを困らせるだけじゃないか!?」
ガタンと勢いよく椅子を跳ねさせ、立ち上がるのはひとりの男子。
クラス一のイケメン、池だった。
(助かったー!)
僕は密かに安堵する。
普段は気に食わないやつだが、今の僕には救世主に等しい存在だ。
この流れをぶち壊してくれるなんて、すごくいいやつじゃないか。
イケメンだし渡来さんと距離が近いしで腹立ってたけど、これからは仲良くしよ…
「だいたい、ラブカイザーとかふざけたネーミングセンスのやつが渡来さんに告白したのが悪いんだ!」
あ?
なんだテメェ。殺すぞ。
「俺は許せない…!ラブカイザーなんてクソみたいな名前を名乗って、こんな怪文書を送りつけるなんて…!お前のせいで、渡来さんは傷ついたんだぞ…!」
は?お前にカイザーのなにがわかるんだ。
人の苗字馬鹿にしてんのか?あ?
カイザーだぞカイザー。皇帝だ。偉いんだぞ。かっこいいだろうが。
池ごときが何言ってやがる。カイザーを馬鹿にするんじゃねぇ!!!
それを差し引いてもこっちは海入ってんだ。格が違うんだよ!!
名前の通り、お前を池に沈めてやろうか!!!!
渡来さんを傷つけられた怒りに震える池と、ネーミングセンスをディスられて静かにブチギレる僕。
一方的な一触即発状態の中、立ち上がってやつの首根っこに掴みかかろうとしたその時だった。
「池くん」
静かな声。
池の名前を、渡来さんが呼んだのだ。
「あ、渡来さん。大丈夫、俺がすぐにラブカイザーなんてやっつけて…」
「もう二度と私に話しかけないでください」
呼ばれて爽やかな笑顔を向ける池とは対照的に、その声は冷たかった。
聞いてるこっちが身震いするほどの冷気を纏った、絶対零度の宣言だった。
「へ…?」
言われた池は口をぽかんと空けて、何を言われたのかわからないという顔をしている。
そんな池をガン無視し、渡来さんは教卓から前のめりになってクラス中に聞こえるように話し出す。
「皆さん。聞いてください。この会議は、ラブカイザーさんを見つけたいがために時間を頂きました…ですが、それは断じて彼のことを糾弾するためではありません」
え?そうなの?じゃあどゆこと?
これまたクラスの心がひとつになりながら、僕らは渡来さんの話に耳を傾けるのだが…
「私、こんな情熱的なお手紙を頂くのは初めてで…読んでいて、とても心に響きました。こんなにも想われていると思うと、涙まで出てきて…恥ずかしながら、一晩泣きはらしてしまった次第です」
そう言うと、渡来さんはポッと頬を赤らめた。
『え』
「今ではラブカイザーさんのことを想うと、胸が苦しくなるんです。どうしても直接本人にお会いしたい…そう思ってしまいました」
『えええええ』
「ですから、その…もしまだ心変わりをしていないのでしたら…ラブカイザーさん。私は貴方と、お付き合いするつもりです!」
『ええええええええええええええええええ!!!!????』
爆弾発言なんてもんじゃなかった。
僕らの叫びはクラスを超え、学校中に響き渡る絶叫と化す。
「ちょっ!?正気!?」「ラブカイザーだよ!?クソヤバセンスだよこの人!?」「うっそーん!」「人生捨てる気!?」「正気に戻れ渡来!?お前には未来があるんだぞ!?」
ラブカイザー、ひどい言われようである。
いや、気持ちはわかるけど。一致団結という言葉がこれほど似合う光景が、果たしてほかにあるだろうか。
「私は本気です!ラブカイザーさんと付き合います!!」
対して渡来さんも負けてはいない。
学校一の美少女の名を欲しいままにする彼女は忽然と、そしてキッパリと宣言していた。
(……マジで?)
訳も分からず事の成り行きを見守っていたが、今の自分はきっとアホみたいな顔をしているに違いない。
なんせ渡来さんが付き合うと言い放ったラブカイザーとは、この僕のことなのだ。
脳が次第に現実を認識し始めるとともに、フツフツとテンションが上がっていく。
(マジで?マジでマジでマジで!!??)
え、なに?もしかして、告白成功ってこと!?
あれでイケたの!?ウッソだろオイ!!
(付き合える…!僕は、渡来さんと付き合えるんだ!)
長年の想い人と付き合えるんだ。ここで浮かれないでいつ浮かれろっていう話だろう。
渡来さんがラブカイザーの怪文書に感銘を受けるクソヤバセンスの持ち主であることは、ナチュラルにスルーした。
(ヒャホーーーーーーーウ!!!待ってて渡来さん、今君の想いに応えるからね!!!)
すっかり有頂天になった僕はさっきまでのことも忘れて、彼女の告白に応えようと、席を立ちかけたのだが……
「落ち着いて亜衣ちゃん!ラブカイザーと付き合ったら、彼氏がラブカイザーって呼ばれるようになるんだよ!?」
ピタリ
それを聞いた瞬間、体が勝手に制止した。
(……待て、今なんつった?)
「亜衣ちゃんはそれでいいの!?」
「構いません!」
ラブカイザーって呼ばれる?
誰が?彼氏が?……僕が?
「構うべきだよ!?ラブカイザーだよ!?私なら絶対呼ぶもん!呼ばないはずないでしょ!?」
「私は彼の気持ちに応えると決めたんです!ラブカイザーなんてあだ名は些細なことです!」
ダラダラダラ
顔中から汗が吹き出し、再び滝のように流れていく。
「考え直せ渡来!冷静になるんだ!ラブカイザーだぞ!?こんな面白いネタ、先生達でもかばいきれん!むしろ積極的に使ってしまう!せめて今は諦めろ!後で見つけ出して、ふたりでこっそり付き合えばいいじゃないか!」
「なんでですか!私達は好き合ってるんですよ!?そんな後ろめたい付き合いなんてできません!彼だって望んでないはずです!」
いや、めっちゃ望んでます。望みます。望まないはずがあらいでか。
「私だって呼びます!いいえ、むしろ呼んであげたい!!ラブカイザーさん!名乗り出てください!ラブカイザーさぁぁぁん!!!」
「やめろ、渡来ぃっ!!」
「先生、もっと頑張って!」
「誰か亜衣のことを止めてぇっ!?」
朝の教室は、混沌の坩堝と化していた。
叫ぶ渡来さん。止める担任。担任を応援する女子。
もうしっちゃかめっちゃだ。
(え、名乗り出たら僕、ラブカイザーって呼ばれんの?)
そんな眼前に広がる阿鼻叫喚の地獄絵図をスルーして、僕は思考の海へと突入する。
渡来さんは今は暴走してるけど、とても綺麗で人気のある女の子だ。
学校で人気ナンバーワンの美少女であることは疑いようがない。
そんな彼女と付き合いたいという男子は、それこそ山のようにいる。
もし渡来さんに彼氏ができたなら、やっかみが生まれるだろう。
渡来さんと付き合えたという幸運を、羨むやつは多いはすだ。
―――そんな男子がもし、ラブカイザーと名乗る怪文書を送って告白が成功したやつだったら?
僕ならいじる。いじり倒す。
それこそ未だ後ろの席で爆笑を続ける後藤くんのように、「おっはよう!今日も元気かい?ラwブwカwイwザーwww」なんて、朝の挨拶をするくらいは余裕でする。
例え渡来さんと別れることになったとしても、ラブカイザーというあだ名だけは永遠に残るに違いない。
(まずい…)
それは、非常にまずい。まずすぎる。
うちは中高一貫の私立で、大学の付属校だ。
皆エスカレーター式で上にあがるから、周りはほぼほぼ顔見知り。
つまり外部進学しない限りは、これからも付き合いが続く面子ばかりってことで…
(もしラブカイザーであることがバレたら、人生が終わる…)
ごくりと生唾を飲み込んで、僕は現状を理解する。
ラブカイザーなんて絶好のおもちゃを、スルーするやつはいないのだから。
「ラブカイザーさぁぁぁぁん!!!!」
「亜衣ちゃん!正気に戻って!亜衣ちゃん!」
「渡来を押さえるんだ!!!早く!!!」
教壇で暴れる渡来さんを、皆が取り押さえようと必死だ。
この光景を誰が記憶から消せようか。
中学はおろか高校、さらには大学に行っても、おそらくラブカイザーの忌名は忘れ去られることはないだろう。
この場のカオスっぷりが、それを証明している。
(渡来さんと付き合うことを選んで、ラブカイザーと呼ばれることを受け入れるか。それとも黙秘を決め込んで、どこにでもいる平凡な陰キャ男子、海冴光輝として今まで通りの生活を送るのか…)
まさに究極の二択と言えよう。
僕は今、人生の岐路に立たされていた。
(くっ、僕はどうしたら…!)
ガタン!
「ん?」
悩みに悩んでいた時に不意に聞こえてきた物音。
顔を上げると前の方の席で、誰かが立ち上がっていた。
「―――皆、渡来さんを離してあげてくれないかな」
誰かと思ってみてみれば、そいつは友人のひとり、メガネ男子の田所だ。
(あいつなにを…こんなときに声をあげるやつじゃないはず…)
普段は僕と同じ、大人しい陰キャ男子のひとりなのに、何故あんな目立つ行動を…
「田所、今はそれどころじゃないんだ!むしろお前もてつだ…」
「渡来さん、待たせてごめん―――僕こそが、君のラブカイザーだよ」
担任を無視し、田所はとんでもないことを言い出した。
『は…?』
は、はああああああああああああああああああああ!!!!????
「ほ、本当ですか田所くん!?」
「ああ、さっきまでは恥ずかしくて言い出せなかったんだ。でも、必死な君の姿を見て覚悟を決めたよ…ラブカイザーを名乗る覚悟を、ね」
なにいってんだアイツ!?
ラブカイザーはこの僕だぞ!?
お前は成績がいいだけの、ただのギャルゲー好きなオタクじゃねーか!
そもそも中二病じゃなかったはずだ!そんなお前が、なんでいきなりラブカイザーを…
「はっ…!?」
その時、僕の脳内に電流が走る。田所の恐ろしい企みに気づいてしまったのだ。
(ま、まさかアイツ…本物のラブカイザーが名乗り出ないと思って、自分がラブカイザーに成り代わるつもりなのか!?)
おそらく田所はラブカイザーが自ら名乗り出てこないと読んだのだ。
事実、本物である僕はこの先に待ち受ける困難を想像し、尻込みしてしまった。
その隙をついて自分がラブカイザーを名乗り、本物に代わって渡来さんの彼氏の座につく。
それがやつの思い付いた計画なんだ…!
(田所…なんて恐ろしいやつなんだ…)
頬を一筋の汗が伝う。
躊躇していたのは確かだが、そこに考えが至ったということは、やつも当然ラブカイザーになるリスクにも気付いたはず。
だが田所は、これから先永遠に学校でラブカイザーと呼ばれるリスクより、学校一の美少女と付き合うリターンを選んだのだ。
並の人間ができる芸当じゃない。野郎、頭のネジが外れてやがる!
(この短時間で覚悟を決めてくるやつがいるとは…くそっ、やられた!)
この決断力、時代が違えば英傑として名を馳せていたかもしれない。
友人だと思っていた男の思わぬ才覚に歯噛みしてしまうも、事態は刻一刻と進んでいく。
「こんな格好悪い僕じゃ、ダメかな…?」
「いいえ、全然そんなことはありません!嬉しいです、田所…いいえ、ラブカイザーさん!」
「い、いや、そこは言い直さないで、普通に田所がいいんだけど…」
「ラブカイザーさんはラブカイザーさんですから!」
「…………あ、うん。そ、そだね…ラブカイザーだもんね…ハハ…」
ヤ、ヤバイぞ!渡来さんは田所のことをラブカイザーとして認識しようとしている。
このままじゃ、ラブカイザーと渡来さんの彼氏の座をやつに乗っ取られてしまう!
「………でも、田所くん。貴方は、本当にラブカイザー…」
「ちょっと待ったぁっ!!!」
告白の流れを防ぐべく、咄嗟に立ち上がろうとした、その時だった。
「ソイツは偽物だ!ラブカイザーは田所じゃない!本物のラブカイザーはこの山田だぁっ!!!」
『!!!!!』
な、なにィッ!?なに言ってんだコイツ!?
僕はまだ名乗ってないのに、二人目のラブカイザーだと!?どうなってやがる!!??
「ラ、ラブカイザーが二人!?」「どういうこと!?」「意味わかんないんですけど!?」「偏差値70の頭脳を持ってしても理解不能!」「うわーん!助けて先生!!!」
当たり前だが僕同様、女子も滅茶苦茶混乱している。
そらそうだ。この状況についていけるやつがいるとしたら、ソイツは確実に頭がおかしい。
ドサクサに紛れて女子中学生に抱きつかれ、鼻の下を伸ばす担任のだらしない横顔をスルーするくらいには、あまりにも異様な空間だった。
「え、ど、どういうことですか…?」
「田所のやつは自分が渡来さんと付き合いたいがために、自分をラブカイザーだなんて嘘をついているんだ!騙されるな渡来さん!」
いや、山田もバリバリ嘘ついてるよ!?
自信満々に言ってるけど、お前も騙す気満々じゃん!?
そんなこと言える立場じゃまったくないよ!!??
「な、なにを言い出すんだ山田!?僕は本物だぞ!?」
「嘘をつくな!俺が本物のラブカイザーなんだからな!」
渡来さんを挟んで、バチバチと睨み合う田所と山田。
ちげーよお前ら!?僕だよ本物は!!
お前らどっちも偽物だよ!ニセモン同士でなにやってんだ!?
「おい、お前ら何言ってんだ」
―――だが、混沌はまだ終わらない
「俺こそがラブカイザーだ!」「違う、俺だ!」「俺がラブカイザーだああああ!!!」
『えええええええええ!!!???』
なんとラブカイザーを名乗る男子が、さらに続々と現れたのだ。
(コ、コイツら…!)
山田の発言で気付いたな!今なら渡来さんの彼氏にワンチャンなれる可能性があることを!
だが普通は羞恥心が邪魔をするはず。
だというのに名乗り上げるとは、このクラスのやつらはまともじゃねぇ!
「お、俺も実はラブカイザーだったんだ!」
便乗するように池も立ち上がるが、いいからお前は座っとけ。
俺もって言ってる時点でダウトだし、常識人だってバレてるから。
このイカれたバトルにはついてこれまい。
「増えるww増えるラブカイザーwwww量産型ラブカイザーwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
……うん、もはや何も言うまい。
いっそ君だけは、そのままでいてほしい。
(く、くそぅ…!)
負けられない。本物が、偽物なんかに負けるわけにはいかないんだ!!!
なにより、渡来さんは僕のものだ!ほかの誰にも渡さない!渡してなるものか!!!
今こそ勇気を振り絞れ!僕は、僕はカイザーなんだ!!!
「違う!僕が、僕こそが真のラブカイザーだあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
裂帛の咆哮とともに、僕は立ち上がる。
そうだ、僕こそが真のラブカイザー…真・ラブカイザーだ!
偽物なんかに、負けはしない!!!
「上等じゃねぇか!」「渡来の彼氏は俺だぁ!」「やってやるぜぇぇぇ!」「ラ、ラブカイザーは俺なんだー!」
ハッ!勝てると思ってるのか、偽物ごときが…本物に勝てると思うなよ!!!
「えっ、と…」「なにこれ、カオス…」「男子って、馬鹿じゃないの…」「引くわー…」「理解不能理解不能理解不能…」「先生、私…」「す、鈴木…」
………ちなみにここまでの流れで、女子は完全に冷めていた。
混乱が極まって、逆に冷静になったようだ。
男子のノリは、どうやら女の子には理解されないものらしい。
ま、まぁそれはそれ、これはこれだ!男には男の世界があるんだ!!!
負けられない戦いが、ここにはある!!!
「勝つのは僕だ!渡来さんを愛するカイザー…アイに堕ちた高貴なる皇帝!ラブカイザーこと、海冴光輝だあああああああああああああああ!!!!!!」
脳内アドレナリン全開!ハイ・ヴォルテージ突入!
過去最高にハイってやつだ!もう今の僕に敵はいない!
かかってこいよ、量産型カイザー!!!
超ラブカイザー大戦の幕開けだあああああ!!!!!
「―――――言えたじゃねぇか、海冴」
「え……」
その声が耳に届いたのは、テンションMAXになった時のことだった。
「ふぃー、笑った笑った!こんなに笑ったのは、生まれて初めてだぜ。ありがとよ、海冴。お前は最高の親友だ」
「ご、後藤くん…?」
さっきまで狂ったみたいにアホほど笑っていた後藤くんが、目尻に浮かんだ涙を拭いながら立ち上がっていたのだ。
「あん?なんだ後藤。お前もラブカイザーなのかよ?」
「俺がラブカイザー?ハッ、馬鹿言うなよ。俺なんかがラブカイザーを名乗れるはずないだろ。力不足にも程があるぜ。もちろんお前らもな」
「はぁ?どういうことだよ!?」
その挑発じみた態度に、偽ラブカイザー軍団は食ってかかるが、後藤くんは余裕な態度を崩さない。
「中二力が足りねぇんだよ。さっきの海冴の叫びを聞いてなかったのか?」
『海冴の叫び…?あ…』
「そうだ…くっwア、アイに堕ちたwwwこ、高貴なるwwwくはっwwwこ、皇帝wwwwwwくひひひひwwwwwwww」
訂正。
余裕どころかまた爆笑し始めやがった。
なにしにきたんだお前。もう帰れよ。
ザワザワザワザワ
ていうか、あれ…?なんか周りの様子が…
「そういえば海冴のやつだけ、なんか言ってることがやたら濃かったな…」「渡来さんを愛するカイザーとか言ってたぞ」「普通リアルでナチュラルにあんなセリフ出てくるもんか?」「なんか中二病臭かったよな。ラブカイザーみたいに」「ラブカイザーこと海冴光輝…?ラブ…アイ…かいざ…」「カイザー…海冴…かいざ…あー……」
ザワザワザワザワ
や、やだなぁ皆。どうしたんだい急に?
なんで僕のことを、そんな目で見てるのかなぁ?
まるで真犯人を見つけた探偵みたいな眼差しじゃないか。
僕はどこにでもいる、影の薄い陰キャなんだから、こんな注目されると困っちゃうよアハハハハ。
「海冴くん、もしかして貴方が…?」
渡来さんも、なんでそんな期待した目で僕を見るのかな?
まるで運命の人を見つけたみたいにキラキラしてるんですが。
周りにもラブカイザーはたくさんいるのに、なんで完全に僕だけをロックオンしてるのかなぁ?
「い、いや、僕は…」
「し、証拠だ!」
とりあえず否定しておこうとした僕の耳に、つんざくような叫びが届く。
「あれじゃあまだ、海冴がラブカイザー並に痛い中二病患者ってことしかわかってない!決定的な証拠にはなってないはずだ!」
おいコラ山田。ぶっ殺すぞテメェ。
人のセンスをディスりやがった山田に思わず躍りかかろうとしたが、背後から肩に手を置かれ止められる。
「落ち着けって海冴。もう勝負はついてんだ…でもま、納得いかないならしゃーないな。じゃあ見せてやるよ。海冴がラブカイザーである、決定的な証拠…俺の持つ、運命の切り札をな」
『な…!?』
コ、コイツ…僕より上手いルビの使い方を!それも運命でだと!?ふざけんなよ!!??
「どういうことだ後藤!?」
「まぁ落ち着け。俺は昨日、たまたま部活を休んでてな。腹が痛くてトイレに行ってたんだよ。一時間くらいは篭ってたかな。快便だったぜ」
いや、その前置きはいらない。
てか、女子もいるのによくそんなこと平然と言えるな。どんなメンタルしてんだコイツ。
バッチいしクソどうでもいいよ、色んな意味で。
「そんでトイレから出て帰ろうとしたんだが、そんときにな。海冴の後ろ姿を見かけたんだ。やたら挙動不審だったから付けてみたら、この教室に入ったじゃないか。俺はピンときたね」
そこで後藤くんは、フッと一度息をつく。
「―――コイツ、好きな女子の体操服かリコーダーでも盗んで、イタズラする気なんだろうってな」
「殺すぞ」
このウンコ野郎の脳内では、僕の評価はどうなってやがるんだ。
とんでもない風評被害を被せられ、ブチギレる僕をスルーして、後藤は話を続ける。
スルースキルどんだけ高いんだお前。
「そこで俺は咄嗟に見つからないよう教室の扉に隠れてスマホを構えて、決定的な証拠を撮ろうとしたんだ。いい脅しのネタになると思ったからな」
「お前、ほんとに僕のこと友達だと思ってんのか?」
なんて恐ろしいことをしてやがる。
サラリととんでもないことを言ってのけた友人を、僕は戦慄の目で見つめていた。
「それとこれとは話が別だからな。まぁ結果オーライになったしいいだろ。なんせ、ベストショットが撮れたんだしな。そら、終幕といこうか。これが俺の切り札だ」
自称親友はそう言って笑うと、自分のスマホを高々と掲げる。
「バッチリ写ってるだろ?海冴が、渡来の机にラブレターを入れる、決定的な瞬間が、さ」
そこに写っていたのは、確かに渡来さんの机へとラブレターを入れる僕の姿だった。
「ホ、ホントだ…」「じゃあ、やっぱり海冴がラブカイザー…」「マジかおい」
「海冴くん!」
ざわめく教室内に、一際大きな叫び声。
その子は僕の名前を叫ぶと、駆け寄るように近づいてくる。
「やっぱり、貴方がラブカイザーだったんですね!私は信じてました!」
「渡来さん…」
やっぱりってどういうこと?
僕、そんなにあれな感じの印象だったの?
そう言いたかったが、すぐに答えを知る事になる。
「実はあの文章、なんとなく覚えがあったんです。昔貴方と図書館で会った時も、海冴くんは同じような文体で感想文を書いていましたから…」
「ぐはぁっ!?」
僕のハートに致命的な一撃が突き刺さった。
彼女もあの出来事を覚えてくれた嬉しさとかあるはずなのに、それ以上に黒歴史で塗り替えされたダメージがでかい。
昔の僕が中二病患者であり、今も継続真っ只中とか、知りたくもなかった事実だ。
「海冴くん?」
「だ、大丈夫大丈夫…それより、渡来さんも覚えててくれたんだね…」
「はい。私にとっても、あの時のことは大切な思い出でしたから。なかなか話すことはできませんでしたけど、海冴くんのこと、とっても頑張り屋さんなんだなって、ずっと気にかけていたんですよ?」
そう言って、渡来さんは優しく微笑んだ。
それを見て、僕はあの時みたいに、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。
(やっぱり、渡来さんは可愛いな…)
こうして近くで彼女を見るのは、いつ以来だろう。
それこそ、図書館以来かもしれない。
遠い存在だと思ってた渡来さんが、今はこんなにも近くにいる。
そう思うだけで胸が一杯になってしまって、上手く言葉が出なかった。
目は相変わらずぐるぐるしてるけど、そこにはあえて突っ込むまい。
「あの、海冴くん…いいえ、ラブカイザーくん。恋文、ありがとうございました。本当に嬉しかったです。貴方の気持ち、私にはしっかりと届きました」
「そっか…」
すごく嬉しいんだけど、すごく複雑な気分なのはどうしてだろう… 面と向かってあの怪文書を褒められても、すごい微妙なんだけど…あと、ここは真面目な場面なんでラブカイザー呼びはやめてくんないかな。お願いだから。後生ですから。
「それで…ラブカイザーくん。あの…私は、貴方のことが好きです」
「うん」
「私と、付き合ってくれますか?」
そういうと、渡来さんは僕のことを真っ直ぐに見つめてきた。
「僕は…」
一瞬だけ迷う。
こんな可愛い女の子と、僕なんかが本当に付き合っていいのかって。
でも―――
―――それで後悔はしないのか
「ありがとう、渡来さん」
そうだ。僕が告白を決意したのは、後悔しないためなんだ。
ここで断ったら、後悔してもしきれない。
「僕も、渡来さんのことが好きです。ううん、ずっとずっと好きだった。図書館であったあの時から、ずっと…君に、好きって伝えたかったんだ…」
僕の答えなんて、最初から決まってたんだ。
「ラブカイザーくん…」
「だから、僕の方こそお願いします!僕とどうか、付き合ってください!」
僕は渡来さんに頭を下げ、自分の想いを口にした。
必要だったのは、ほんの少しの勇気ときっかけだけだったんだ。
僕の場合は、それがたまたまラブカイザーになってしまっただけで、自分の意思であることに変わりはない。
「……!はい、私のほうこそ、どうかよろしくお願いします!」
そして僕の答えを聞いた渡来さんは、感極まったように、とても綺麗な笑顔を見せてくれたのだった。
…………と、まぁ。
ここで終わっていたら、過程はともあれハッピーエンドだったんだけど。
「あ、ラブカイザーくん。これから毎日交換日記をしましょう!貴方の書く文章を、もっと読みたいです!」
「え」
い、いやそれはちょっと…付き合ったからには、さすがに中二病卒業したいんですけど…なんて答えたらいいから分からず出来たばかりの彼女から目をそらしていると、後ろから、ポンと肩を叩かれる。
「良かったな、海冴」
「後藤くん…」
ナイスタイミングだ!色んな意味で助かったぜ親友!
「いいもん見せてもらったぜ。やるじゃんか。ただの中二病じゃなかったってこったな。最高にかっこよかったぜ、お前」
「そんな…お礼を言うのはこっちだよ」
動機はどうあれ、後藤くんがあの時立ち上がってくれていなかったら、写真を撮っていなかったら…僕はまだ真のラブカイザーとして認められてはいなかったと思う。
あるいはもしかしたら、妨害にあって渡来さんと付き合うことも出来なかったかも…
「いいってことよ。ダチが困ってたら助けるなんて、当たり前のことだろ?」
「後藤くん…!」
僕は、僕はなんていい親友を持ったんだ…!
本当に感謝してもしきれない。
「ありがとう、後藤く―」
「これから楽しいことが、たぁくさん待っているんだからな」
恋のキューピットである友人へと改めてお礼を言うべく、僕は後ろを振り向くのだったが、聞こえてきたのはドス黒いデスボイスと、
「そんじゃ改めて、これからもよろしくな親友!いや…ラwwwブwwwカwwwイwwwザーwwwwwwwww」
満面のデビルスマイルを浮かべる、友人の皮を被った悪鬼であった。
「な…!」
「ちぇっ、ワンチャンあると思ったんだけどなぁ」「まぁ楽しかったからいいか」「そうだな、渡来に彼氏ができたのはちょい残念だけど、それはそれとして最高のおもちゃもできたしむしろプラスだ」「これからが楽しみだぜ!」「こんな逸材が、うちのクラスにいたとはなぁっ!」「俺達はもうズッ友だぜぇ、ラブカイザー!」
いいや、後藤だけではない。
周りの男子連中は皆、似たような邪悪な笑みを浮かべていた。
どいつもこいつも、なんて悪い顔をしてやがる!お前らほんとに中学生か!?
それは人間を見る目じゃないぞ!!!
「くっ、じょ、女子は…!」
「おめでとう、亜衣」「おめでとー」「素直に褒めていいのかわかんないけど、多分お似合いだと思う」「この世には理解できないないことがたくさんあるとわかったわ。私、これからオカルトを学ぶことにする」「なんか本人満足そうだし、多分いいよね」「先生…」「鈴木…」
ならばと女子の加勢を望むべく振り返るのだが、なんか皆やる気なさそうにパチパチと拍手してる。
さっきまであんなに心配してたのに、終わった途端ドライだなオイ!
てかハゲ!なに教え子といい感じになってやがる!PTAに訴えるぞ!!!
「ありがとうございます、皆さん…私達、幸せになります!」
渡来さん!僕今幸せじゃないよピンチだよ!!そっち見てないで助けてよ!!!
「海冴!」
ん?お前は池!そうだ、イケメンで常識人のお前ならこの状況をなんとか…!
「俺に中二病について教えてくれ!お前のクソダサセンスを学べば、俺もまだワンチャン…」
「死ね」
ダメだ、こいつは使えない。
こんな行動を取るようになった以上、もはやこのクラスに染まるのも時間の問題だろう。
救いはもう、どこにもなかった。
「覚悟は決まったか、親友?さぁ皆!祝福してやろうぜ!我らがラブカイザーの門出をなぁっ!」
『おう!!!』
「おうじゃねぇ!!」
待って待って待ってぇっ!!!
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「じゃあいくぜぇっ!カイザーコール、スタートォォォォッッッ!!!!」
僕の魂の叫びは、悪魔共に届くことはなかった。
『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』
「う、うわああああああああああああああああああ!!!!!!!」
男子の大合唱により行われたカイザーコール。
それはいつまでも続き、学校中の生徒にラブカイザーの名が刻まれることになったのは、言うまでもないだろう。
同時に僕の心にも、絶大なトラウマが刻まれていた。
「おのれクラスメイト共!絶対に許さないからな!特に後藤はぶっ殺す!」
「ありがとう、ありがとう皆さん…!」
渡来さんは何故か感涙しているけども、全然ハッピーじゃないですけどぉっ!!
中二病なんて、絶っっっ対卒業してやるからな!!!ラブカイザーなんて懲り懲りだ!
「ラブカイザーすげぇよ。すげぇ…」
―――後に何故かラブカイザーを崇める裏組織、ドゥピ☆チュッ♪教団が誕生したり、ラブカイザーのライバルを名乗る美少女、エボルロードが現れたり、オカルト部の実験でラブエンペラーが降臨したり、怪文書で告白することがブームとなり、成功したカップルは末永く幸せになれるという伝説が生まれる等、ラブカイザー絡みの学校七不思議が多数誕生してラブカイザーは伝説と化していくのだが、それはまた別の話である。
カイザー!カイザー!カイザー!(・ω・)ノシ
モチベあげようと書いてみたら、明後日のほうにすっ飛んで行った感ありますが、書いてて楽しかったです、またギャグ短編書きたいですね
読んでて笑ってもらえたなら嬉しい限りです
ブックマークや感想をたくさんもらえると励みになります。
面白いと感じましたらこの下から★★★★★の評価を入れてもらえるとやる気上がってとても嬉しかったりしまする(・ω・)ノ
何卒よろしくお願いします(・ω・)ノシ