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71 竜人アルセオール

真っ赤な髪が彼の特徴のひとつになった。魔王メティアによって生まれ変わったアジブ公国公太子アルセオールは、髪と同じ色の瞳で魔王を見つめた。


「ふうん、なかなかさまになってるじゃないの」

「ふん。もとがいいからな。なにやってもさまになるのさ」

「そうね。首だけだった頃もさまになってたしね」

「言うなそれ。吐きそうになるから」

「それより初仕事してよ」

「なんなりと、魔王さま」


恭しく頭を下げるそれは、もういっぱしの魔族そのものだった。アジブ公国の領主の城であるライヒャルト城の執務室。その窓辺に立った魔王メティアは物憂げにそれを見ていた。


「じゃあ国をいくつか滅ぼしてきて。近場でいいから」

「おいおい、いきなりそれかよ。お前人間舐めてんのか?俺なんかが行ったって返り討ちにされるのがおちだぞ。どんだけの戦力がそこらにあると思ってんだ」

「およそ十万人。ぜんぶ合わせたらそんなとこね」


メティアはにっこりとほほ笑んだ。アルセオールは少し驚いた。大雑把なやり方をしているようで、現状はしっかり把握している。そのうえであえて大雑把なことをしているんだとアルセオールは気がついた。これじゃあ人間側は、魔王の目的が読めない。つまるところ、対抗策や事前準備ができないのだ。


「なるほどね。そうざっくりやられたら、あんたの真意がわからないまま混乱に陥るってわけかよ。まったくよ、悪魔みてえなやり方だな」

「あのね、悪魔があたしの真似をしてるのよ。まあ、そういうのはきついお仕置きしてるから、うかつには出てこられないけどね」


なるほど、過去に比べいま現在この世界に悪魔の出現率が異常に低いのは、この魔王が封じ込めているのか。アルセオールはあらためてこの少女の姿をした魔王の力を思い知った。


「それじゃ命令通り行かせてもらうけど、骨は拾ってくれよ。魔族にまともな骨があるかは知らんけどな」

「あんたバカ?あたしがあんたにあげた血が誰のものか知っててそういうことを言ってるわけ?」

「いや知らんし」

「あー、ほーんとおバカさんねー。あのね、あんたにあげたのは『赤髪の竜人』ファリエンドの血。魔族最強の双璧と言われる魔族軍騎兵団長アストレルと並ぶ実力を持つの」

「うわさは聞いたことあるけど、実際戦ったとこを見たことねえぞ」

「いいから適当にやってきてよ。まずはワイゼル王国。この隣の国」


メティアがそうぶっきらぼうに言った言葉にアルセオールは震え上がった。


「おい、あそこには五万の兵がいるんだぞ。無理言うなよ」

「なによ。十万の半分じゃない。ファリエンドなら楽勝だったわよ」

「俺はファリエンドじゃねえよ!」

「血を信じなさい、血を、ね」

「マジか…」


仕方なしだ。魔王には逆らえない。こうなりゃヤケだ。アルセオールは観念したようにがっくりと首を落とし、魔王のもとを離れた。


  ――まずは軽くあいさつ。基本よね。それから頭に浮かんだこと…なんでもいいわ…とにかく力を込めてね。そうすりゃなんとかなるわ――

 

「あんにゃろう、適当なこと言いやがって。なんとかなる?なるわけねえじゃねえか!」


魔王の言葉を思い出しながらアルセオールは怒りながら独り言を言った。まあ相手は魔王だ。まともなことなんて言うわけねえか…。アルセオールはなかばやけっぱちでワイゼル王国国境まで飛行魔法で飛んだ。


「へえ、俺って飛べるんだ」


いまさら驚くアルセオールだが、もっと驚いたのはもちろんワイゼル王国の国境警備の兵のほうだ。なにしろ赤髪赤目の騎士が空を飛んでやってきたのだから。


「き、きさま魔族だな!」

「いや普通そうだろ。どう見たって魔族だろ俺」

「な、なにしに来た!」


兵たちがわらわらと集まってきた。国境の砦、と言っても小さな城くらいあり、兵も千人はいるはずだ。たしか去年の春に親善使節としてここを通った記憶がある。


「なにしに来たって言われてもな。まさか毛皮を売りに来たようには見えねえだろ?」

「きさまおちょくっているのか!」

「別にからかってるわけじゃないぞ。本気で答えてやってんだ。少しは感謝しろよ」

「こいつめちゃめちゃ性格悪いな」

「気にすんな。俺の性格なんだよ。もとからのな」

「アジブ公国の公太子みたいなやつだな!その性格の悪さは」

「いや本人だから。そういうこと言っちゃだめだから本人に」

「わけのわからんことを!」


全員が剣や槍を構えた。城壁の上の兵は石弓に矢をつがえている。一対千…どう考えても無謀だ。だがアルセオールはなんだか負ける気がしなかった。いやそれどころか妙に楽しくなってきていた。


「おまえたちには何の恨みもないが、俺も魔族デビューがかかってんだし、それにいいとこ見せないと俺の国がヤバいんだよ。悪いが死んでくれ」

「ふざけるな!たとえ魔族だろうとひとりで何ができる!」


そう言われてアルセオールは考え込んでしまった。たしかに俺に何ができるんだろう?ましてこの数の兵をどうにかできるのか?


「あーまてまて…なにかこう、頭に浮かんできた」

「こいつ狂人か?」

「俺は魔族なの。人じゃないからね。あー、まあいいや。なんか浮かんだけど、じゃあそいつで」


アルセオールがいかにも適当に手を上げたかに見えたその手の先に、髪や瞳と同じ真っ赤な火がともった。


「え?」


兵が一瞬たじろいだ。その刹那、アルセオールの手からすさまじい炎が…文字通り爆炎のようにものすごい勢いでで城を覆っていった。そしてそれはあっという間に収まり、だがすでに兵たちは一瞬で蒸発していた。


「おいおい、こいつは…」


それは言葉を失う光景だった。千人はいた兵はすべて蒸発し、城もすでに廃墟と化していた。辺りは炭化した森が広がり、空からは酸素を奪われ死んだ鳥がバタバタと落ちてきた。


「こりゃすさまじいな」


さすがに自分が怖くなった。だがその恐ろしい力が、体の奥底からどんどん湧いてくるのがわかる。それが魔力だとわかるのに少し時間がかかった。


「まあこれならいけるかな?」


魔王の命令を果たせると思い、少し気が楽になった。


「それじゃ王都にひとっ飛びするか…」


なかば自嘲気味に笑うと、アルセオールはまた飛行姿勢をとった。これから俺は何万もの人間を殺さなければならないだろう。それは俺にとって苦痛か?いやそれとも快楽か?まだどちらともわからない。ただ言えるのは、あの魔王メティアの役に立てるということだけで、至福の気分になれるということだ。


「血を信じろ…か…」


魔王メティアの言葉がいまさらながら頭によみがえってきた。竜人ファリエンドの血…。なるほどおまえはこんな気持ちで魔王に仕えていたのか…。


アルセオールは薄笑いを浮かべながらワイゼル王国の、その王都に向かって飛んだ。燃えるような色の赤髪とその瞳。その色と同じ夕日を見ながら、これから流れる血もまた赤いのだと、アルセオールはただそう考えていた。


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