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67 魔王復活

胸騒ぎの正体はこれだった。開け放れた城門、いや、破壊されてひしゃげた、と言ったほうがいいかな。それと城壁だけで中身は何もない王都…の跡?こりゃいったいどうしたんだ?


「ものすごい魔力の痕跡だ。こいつは一瞬のうちに消し飛ばされたんだな」


ジェノスがすごい怖い顔をしてそう言った。


「一瞬のうちに?いったい誰が…」

「こんなことができるのは」


ふたりがぼくを見た。あー、はいはい、そうだよねー。


「いもうと…かな?」

「ああ…。魔王復活だ」


あちゃー、もうさっそくそれですか?少しは考えるってことをしないんですか?目標まっしぐらなんですか?


「い、いやいくらなんでもあいつがそんな人類の敵のような」

「おまえの妹は魔王だ。忘れたか?こんな国などわけなく消し飛ばす」

「い、いやそれにしても早すぎるし、それに話し合いもなしに問答無用なんて、さすがにそれはないんじゃないか?」

「その答えはきっとあそこだ」


ジェノスがもと来た道を振り返って言った。はるかむこうに大勢の人間が途方に暮れたようにしてこっちを見ているのだ。


「なにあれ?」

「行ってみよう。何か事情が分かるはずだ」


ぼくの妹の残虐な行いを聞かされるんだろうな、それ。いやだなあ。聞きたくないなあ。


「早くしろ、マティム」

「おいてくよー、マティム」


ぼくが恐る恐る近づいていくと、その大勢の人たちはざわざわとどよめき、やがてみな震えだした。


「どうしたんですか、みなさん」


ぼくは努めて明るく、優しく言った。


「あ、あの…あなたさまがたは…」


身なりのいい中年の紳士が、それでも半ばやつれたようにぼくの前に立った。よく見るとしつらえは良さそうだが、ところどころ丁寧に修理されている服を着ている。金持ち、というより小さな学校の校長先生みたいだった。


「ぼくはマティム。いちおう勇者です。こっちはジェノス。魔族の戦士。この娘はリエガって言います。獣人族の王女さまです」


紳士はさらに青い顔になり、ほとんど立っていられないようだ。ふたりの若者に支えられて、どうにか立っていられるみたいだ。


「よくわからない取り合わせですね。ほんと、人を馬鹿にしたような…いやいや、そうじゃない…われわれを襲ったあの恐怖の前じゃ、いまはなんだって天の助けに見えます」

「何があったんですか?まあ、話したくないなら別にいいけど。っていうか、あんまり聞きたくないような…」

「い、いえ!ぜひ聞いてください!あなたさまが勇者を名乗るなら、ぜひ!」


必死に訴える紳士の気迫に押されてぼくはつい聞いてしまうことになった。まあかいつまんでいうとこうだ。


昨日、美しい少女が王都にやってきた。門衛に、王に会わせろと言ったそうだ。普通なら門前払いのはずが、門衛はどういうわけだか騎士団に取り次いだ。そうして騎士団は近衛に、近衛は直接王に取り次いだという。そして不思議なことに、見ず知らずの少女は王に謁見することになった。


「こんなことは今までなかったことです」


当たり前だ。そんなのどこの国だってあるわけがない。それは妹だからできることだ。魔王相手に逆らえる人間なんていないのだから。


「それでその娘はなんと?」

「ポー・シャルル・ポーとそれに付随する領地をよこせと」

「まあそりゃ大胆な。当然王さまはさぞかしお怒りになったんでしょう?」

「はあ、まあそのとおりで。捕らえてこの娘を火あぶりにしろ、と」

「あーそれ言っちゃう?あいつに」


この国の王の運命がわかっちゃった。こりゃ一瞬で消し炭だ。


「それから一瞬で炎が上がり、王は灰も残さず消えてしまいました。そして振り返ってその娘がみなに言いました。すぐにこの国を出よ、と」


再び紳士はわなわなと震えだしていた。


「みんな従ったの?」

「みな確信しました。あれは魔王だと。魔王が復活したんだと。それもよりによって、ここに…」


あーごめんなさいね。悪いのは妹です。でも、妹がそんな性急にことをやらかすかな?いくら王の言葉に怒ったからって…。


「それで逃げられた人は?」

「ほとんどの国の人間が逃げました。不思議なことにわれわれが逃げ出すのを見計らって、あの娘は王都を城壁だけを残して消し飛ばしました」


あれ?逃げ出すのを見計らって?意味わかんない。一瞬で皆殺しにできるはずなのに、なぜそんな…?


「もしかしてこの国の人たちってひどい状況だった?」


そこらじゅうから腹の虫が鳴っていた。みんなお腹が減っているみたいだ。きっと飲まず食わずだったのだろうね。そういやこの紳士も、どことなく痩せて、あまりいいものは食べてなさそうだ。


「飢饉が長年続き…それでも王はそれを顧みることなく王族だけがよい暮らしぶりで…」


出たよ。もうダメ王国決定じゃないか。妹はこの国を見て瞬時に事情が分かったんだ。だからあっという間に王族と王都を消したんだ。いやあ、何のためらいもなくこんなことができるなんて、さすが魔王だね。ぼくだったら迷いに迷ってすっごい時間かかったろうな…。


「これからきみたちはどうするの?」

「それが…その娘が言い残していった言葉がございまして…」

「なにそれ」


いやな予感。


「この後に勇者が来る。きっとおまえたちを救ってくれる、と。お願いでございます。どうかわれらをお救い下さい!」


真希め!ぼくに丸投げか!しかし妹がしでかしたことだ。責任はぼくにもあるか。


「あー、もうわかったよ。そんじゃとりあえずみんな城壁の中に入って。入ったら城門直すから。盗賊とか襲ってきたら困るでしょ」

「それが、魔獣がこのあたりにはたくさん…」

「そんなの妹の魔力を恐れてみんなどこかに行っちゃったよ」

「妹?あれはあなたさまの妹さまで?」

「まあそういうこと。ごめんね、こんなにしちゃって」

「とんでもない!」


それはたいそう喜んでくれた。圧政から解放されたのがよほどうれしかったんだろう。とりあえずポー・シャルル・ポーに使いを出してもらって、救援物資を届けてもらうことにした。あのゾンビ村には大量の蓄えがあるから、ここの人間…ざっと三万人くらい二、三か月養うのは問題ない。そのうちみんな集めて王都を復興すればいいだろう。ぼくは大まかな復興計画を紳士に渡し、一週間後、再び旅に出ることにした。


「みなあなたさまと妹さまのおかげです」


出発する日、紳士が深々と頭を下げ、涙まで流していた。


「妹って、あれ魔王だよ?」

「魔王だろうとわれわれの救世主には違いありません」


魔王が救世主って問題ないのか、それ?それよりぼくはこの紳士が気になった。どうやらこの国のリーダー的存在のようで、しかもみなに慕われている。そういう人がこの国にいたら、圧政なんか起きないだろうに。


「まあいいけど…。ところであなたはいったい誰?学があるようだけど。どこかの校長先生?」

「校長先生って何ですか?い、いや申し遅れました。わたしはこの王都の副宰相を務めていましたオルツと申します。とはいっても諫言が過ぎて来週には首をはねられることになってましたが。妹さまのおかげで命拾いをしたわけです」


けっこう偉い人だったんだ。まあ妹に殺されなかったんだからきっとまともな人なんだろう。この人なら後を託せるかな。いや、丸投げできるな、ふっふっふ。


「じゃあ後よろしく」

「わかりました!ですがちょっと困ったことがあります」

「なにが?」

「グラーフ王国はなくなりましたが、新たな名前は必要になります」

「そんなのみんなで決めて」

「とんでもありません!あなたが決めないでどうするんですか!」

「そんな怒らんでも」

「怒ってなどいません!お願いしているんです!」


怒っとるやん。マジ青筋立てとるやん。まあ行きがかり上しょうがないか。それで納得して解放してくれるんだったら考えてやるか…。


「じゃあ…フリーデン、にしよう」

「フリーデン…良い名です!」


ドイツ語で安心、安全って意味さ。ここがこの世界で一番、安心で安全な国になってほしいと、ぼくは願っているよ。もうぼくには関係ないけどね。


「んじゃ、さよなら」


ぼくはおおぜいの見送りの人たちに手を振ってそう言った。


「ではお気をつけて。御無事なご帰還をお待ち申し上げております!」

「どうかお元気で!」

「お早くお戻りを!」

「待ってます!」

「絶対帰ってきてくださいよっ!国王陛下」

「行ってらっしゃーい!」


ぼくはみんなに見送られ、西へと旅立った。ああ、今日も空は青いなあ。鳥が飛んでいるなあ…。


…?


「ねえジェノス」

「なんだ、マティム」

「あいつらおかしなこと叫んでなかったか?」

「別れの時にか?」

「たしか国王陛下とかなんとか…」

「そんなのどうでもいいじゃない!あたしたちはまだまだやることがいっぱいあるんだから。それより今夜の野宿の場所を見つけないと」

「ぼくは宿屋に泊まりたいよ。もう体の節々が痛くって」

「軟弱ねー、マティムは」

「あのね、リエガ。そもそも獣人とぼくらは体のつくりが違うんだから」

「だからあたしのしっぽ貸してあげてるんじゃない!感謝しなさいよ」

「だから宿屋へ…」

「あたしのしっぽじゃ不満だって言うの!」

「そういう意味じゃないよ!だいたいきみは…」


えーと、ほんとなんだっけ?ま、とりあえず西だね。うん。


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