60 勇者召喚
兄さんの連れていた盗賊兵たちは全部で百人ほどいた。五千はいたはずの兵たちは、みな兄さんに殺されたのであろうか?
「お帰りなさい、兄さま。ルシカもごくろうさまね」
「はい…」
「どうしたの、ルシカ?」
「いえ別に…」
ルシカはいつもの、あたしに対する態度とは違った。むしろあたしに対して距離を取る姿勢を見せた。
「ずいぶん時間がかかってしまった。こっちはもう済んだの?」
「ええ、でもずいぶん手を焼いたわ。やっぱり殺さないのって本当に大変ね」
それでも何百人は殺したけれどね。歯向かうなら仕方ないと、兄もそこは認めてくれる。優しい兄。
「それで、なんでこんなにここにいるの?」
「逃げろって言っても逃げないのよ。きっと恐怖で頭おかしくなってるんだわ。それより兄さんこそなんでそんなに連れてるの?」
「ぼくもどこかに行けって言ったんだけども、ぞろぞろついてきてしまうんだ」
ここにいる兵とあわせてほぼ千人いる。みんなどいつもこいつもしょぼくれた顔をして、上目遣いであたしたちを見ている。
「あのー、あなたさまはいったい、なんなんでしょうか?」
「ぼく?ぼくはただの人間だよ」
確かジョゼフってよばれてたっけ、こいつ。盗賊軍を指揮してたみたいだけど、ぼくに最初にぶっ飛ばされた。五千人をぼくとルシカで倒して、みんなが気絶から覚めたあと、ぼくはみなにどこかに行けと命じた。また悪さをしたら承知しないぞとも言っておいたけど、まあこのさきまでぼくが責任負う必要はないのでもちろん口だけだった。
「そんなことはございません。こんなことの出来うる人間はいません」
そしてこのジョゼフは百人の兵と残った。ぼくについて来たいと言って。もちろんぼくは丁寧にお断りしたが、それでもぞろぞろついてきてしまった。
「あんたたち、兄さんの言うこと聞かないで、兄さん困らせるんならあたしが殺すわよ」
「こ、このひとはあなたさまの妹さまで?見ればこの城跡の兵はみな壊滅している様子…。みなあなたひとりで?」
「まあそうね」
「もとよりわたしたちはすでに死を覚悟いたしております。自分たちが何をしてきたか、その罪の重さは知っています。どこぞの国の軍に突き出されようと、この場で殺されようと文句のあるはずがありません。なぜならわれらはすでに生きる希望をなくしていたからです」
「なら話は早いわね。じゃあチャチャっとすましてあげるわ」
生きる希望?なにそれ。あたしなんかそんなもんとっくに失って、それでも生きて、そしてすべてを滅ぼそうと努力してたのに、簡単に殺してくれってバカなのかしら?
「よしなよ真希。かわいそうだよ。ちゃんと説明したらわかって解散してくれるって」
「まどろっこしいわよ、そんなの」
「あのー、あなたたちは本当に?」
ドリューグという廃城の盗賊が聞いてきた。
「だれきみ?」
「ここの滅んだ何とか王国のなんとかだって」
妹は興味のないことは覚えない。
「ベルガーダ王国の騎士長ドリューグです」
「ふん」
「わたしもお聞きしたい。あなたたちはなんなのですか」
「あんたは?」
「エリブレス王国の元辺境軍司令官のジョゼフ・ガルデアと申します。まあドリューグと同じく国はすでに魔王軍に滅ぼされました」
魔王軍ってどんだけ滅ぼしてんだ。これじゃ相当恨まれてんな、妹は。
「なら話は早いわね。あたしは…」
「待ってください!ジョゼフ、いいか冷静に聞け。この方たちは…」
「みなまで言うな。なんとなくわかってる。ただ、確認はしなくちゃならねえ」
なにを確認しなきゃならないのか?妹を相手にしてるってことは、もうすでに地獄の蓋は開いたってことだ。
「うっさいわねえ。話の腰を折るもんじゃないわ」
「失礼しました。こいつがお話を聞いて笑いだしたりしたら、もうその先はわかりきっていますから、そいつを注意しようと思いまして…」
「まあいいわ。じゃよくきいて。あたしは魔族。そしてそこにいるのはお兄ちゃん。ただし人間だけど。どうしてそうなのかは教える必要もないし、あんたたちに関係ない。以上」
はあ?という顔を二人はした。いやさっぱりわかりませんって、そんなんじゃ。
「あの、もう少し説明とかを」
「あ、ああそうだ。せめてお名前を」
「名前?まあいいわ、教えてあげる。あたしはメティア・ドーゼス。そっちのおじさんには言ったけどね。それで、これが兄のマティム。ついでにそこのエルフがルシカ」
ルシカがちょこんとお辞儀をした。どういう風の吹き回しだ?妙に神妙だな。
「やはり魔王と勇者…なのですね?ケールンという町で壮絶に戦った後、ふたりとも忽然と姿を消したと。あとから連合諸国軍一千万が必死で捜索したが、死体すら見つからなかった。エルガという大魔導師が、ふたりは相討ちになり消滅したと証言したが、うわさでは、ふたりともどこかで生きていると言われていた」
「おいおいドリューグ、そりゃなんでも…」
「信じられんかジョゼフ、いやその目で見たろう?お前が率いていた五千の兵がどうなったか」
「いや、確かにわれわれはこの方に全て気絶させられた。まったく恐ろしい力だと思う。だが心底恐怖を感じたわけではないんだが…」
「それはおまえを相手にしたのは勇者だからだ。こっちを見ろ。死体がごろごろしてるだろ。魔王に逆らったり敵意を向けたからだ。魔王は容赦ない。慈悲もない。あるのは死だけだと、俺は悟ったのだ」
「だがわれわれはまだ生きている…。つまりわれわれがいまこうして生きているのは魔王と勇者に何かお考えがあってということか?」
「そうだろうな…」
いや違うから。そういうわけじゃないから。ぼくは人殺しに慣れてないだけだし、妹はただめんどくさかっただけだから。思惑とかお考えとかないから。
「じゃあ手っ取り早く死んでくれる?」
妹は本当に美しい笑顔でそう言った。
「もちろんそうしろと言われれば死にますよ。ですがわれわれも選ばれた人間です。何かお役に立ちたいと思うのは間違っていますでしょうか?」
「ドリューグの言う通りです。われわれはあなたたちのお役に立ちたいのです!」
「は?なにいってんだ?べつにあんたたちを選んでなんかいないし、役に立ってもらおうなんて思ってないし」
「われわれを悪の道から救い出すため、勇者さまが降臨されたことは事実です」
「そんな事実ないし、降臨もしてないし。ただこの近くにいただけだよ」
「それを降臨と世間では言います」
どんな世間なんだ。たまたまそこにいたら全部が降臨って言われるじゃないか。そんなのうかうかトイレにも入ってらんないぞ。とにかくこれは秘密にさせなくっちゃ。
「とにかく魔王と勇者というのは秘密です。いいですか?」
「わかりました!」
「仰せのままに!」
「兄さんバカね。そんなこと約束させたら、こいつらあたしたちが抱えちゃうってことになるのよ?いったい千人もどうする気よ?」
「あ」
これはうかつだった!こいつらの面倒見なくちゃならなくなった。いやそれはないわー。もう殺すか。めんどくさい。