54 女同士の決闘
「あたしは弓と魔法。あなたは何を使うの?」
ルシカというエルフの娘はそう言って弓を構えた。魔力を感じる。強い力だ。
「あたしはこれ」
妹は人差し指を一本、突き出した。
「ふん、魔法ね。でも魔力は感じない。なめてんのかバカなのか、まあどっちにしたって命はもらうわ」
「あたしの命はお兄ちゃんだけのもの。あんたにくれてやる余分はないわ」
「な、なにバカなことを。まあいいわ。その口二度と聞けなくなるからね」
ルシカは弓に矢をつがえた。ふうん、魔導で矢がコントロールできるんだ。しかも矢は一本じゃないな。あれはいくつもに分身するようだ。まああのお兄さんより強いのは事実らしい。でもそれだけだ。妹の敵じゃない。問題はあいつがどこまでやるか、だね。殺すな、とは目配せで指示はしたが、どこまであいつが我慢できるか、だよね。
「さあ…」
きっと死になさい、とでも言おうとしたんだろうけど、あいつに指さされた段階でもう勝負は決まっていた。うわあ、ゆっくりと殺すつもりだ。身体の自由を奪い、呼吸も奪っている。これは苦しいだろうなあ。
「グギギギギギギィ…」
断末魔だね。いや泡吹いちゃってるよ?白目までむいて、チアノーゼになった。死ぬな、こりゃ。
「がはっ!」
え?妹がやめた?こりゃどうしたことだ?
「お兄ちゃんに感謝するのね。殺すなっていうからその通りにしたけど、今度生意気な態度取ったらほんとに殺すからね」
おおー、ちゃんとぼくの言うこと守ってくれたよ。うんうん可愛いやつだ。
「ねえお兄ちゃん、あたしちゃーんということ聞いたよ?ね?」
「ああえらいえらい」
「ふふん、見直した?」
「すっごい見直した」
「あたしのこと好き?」
「大好きに決まっているだろ」
「うふふふふふふ」
めんどくせー。ま、でもいいか。
「恐ろしい魔法だ…」
族長がそうつぶやいた。いやそれ違う。
「魔法じゃないよ、あれ」
「魔法じゃない、ですと?」
「あれはただの暗示。彼女は身体の動きを止められ、呼吸を止められたと錯覚していたんでしょうけど、みんな自分でやっていたことなんですよ。おそらくあなたの家を娘さんが出るとき、妹が囁いたんだと思います。まあ簡単な催眠術ですけどね」
「さ、催眠魔法はエルフの得意とするところ…。それを逆手に取られるとは…なんとも恐ろしいことで」
「妹がちょっとでも魔導を使ったら、この辺りは消し飛んでしまいます」
「なんと…」
そう、それが妹…魔王なんですから。
実力をほんの少し見せつけるだけでエルフたちはとっても従順になった。とくにルシカはもう妹の奴隷のような態度になっている。殺されそうになったことなど忘れてしまったかのように一心に世話している。ぼくは放っておかれてるけどね。
「さてどうしたもんかな」
「どうしたの?お兄ちゃん。何か気になることでも?」
「ああ、このままこの人たちを放ってぼくらが出てっても何の問題もぼくらにはないんだけれど、どうせこの森を抜けたら、その男爵の所領に出てしまうだろ?」
「そりゃそうね。そこが一番近い街だから」
「これまでの経験上、必ず何かが降りかかってくる。きっとその街に行けばひと騒動起きるのは目に見えてるんだ」
「まさか?それって偶然じゃなくて?」
「エルフの族長の息子が言ってたろ?勇者という運命からは逃れられないって。だからぼく自身がそれを引きつけてしまうんだ」
「でもそれであたしと会えた。それも事実。決してそれは不幸なことじゃないわよ」
「いいなーお前、そんな楽観視できて」
「お兄ちゃんと二人ならそれもありなのよ。退屈しないで済むしね」
「退屈が一番なんだけどなあ…」
妹はニコニコとしている。災いをひきつけるのは構わない。いままでも何とかやってきた。でも今は違う。妹がいる。問題解決するのって、魔王はどうする?それは必然的に破壊を伴う。問題が起きるたんびに核爆発みたいな感じでことをすます。そういうことだ。ああ、これは妹をちゃんと教育しないと、えらいことになるなあ。
ぼくらは早朝、エルフの里を出た。男爵のいる所領ってやつに向かう。なぜかルシカがついてくる。帰れっていたら泣き出した。どうやら妹にベタ惚れしてるみたい。妹は知らん顔してる。いい召し使い、とでも思ってるようだ。もうめんどくさいなあ。でも妹の機嫌がいいんでそのままにする。なんたって妹が一番です。
「ここがポー・シャルル・ポーです」
深々とフードをかぶったルシカがそう言った。亜人は堂々と街には入れない。正体を隠さないとならないのだ。まったく嫌な世界だ。とくに人間の偏狭さがね。妹が滅ぼそうと思ったのもうなづける。
「にぎやかだね」
「はい。魔王軍がいなくなり、人間の暮らしはまた豊かになりました。エルフや他の種族は変わりませんが、人間は適応力が早く、したがって瞬く間に勢力を拡大します。ですから各地で人間同士が争い始めてると聞いています」
恥ずかしい話だ。魔王軍がいなくなると途端に人間同士で殺しあう。まったくバカな連中だ。
「だから絶滅させちゃおうって思ったのに、お兄ちゃんが止めるもんだから」
「止めてねえし。それに向かってきたのはおまえだし」
「なら絶滅させちゃいましょうよ。ふたりっきりでこの世界に住むの。どう?理想的でしょ?」
「アホなこと言うな。もっと他の方法探そうよ。そういう乱暴な手段は禁止です」
「えー」
「えじゃない」
「ぶー」
とりあえず宿を探しましょう。そして食事。同じ食材でも生成したもんだとやっぱ味はいまいちなんだ。合成じゃない天然ものって、やっぱいいなあ。




