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28 ユルゲンスの悲劇

それは突如あらわれた獣人と魔族の群れだった。近隣の村や町を襲った彼らは、ついにこの平和な商業都市、ユルゲンスに襲来したのだ。


「女子供を避難させろ!」

「避難ってどこにだ?もうここはぐるりと囲まれている」

「都市の地下だ」

「地下墳墓にか?」

「そこしか逃れる場所はない」

「まさしく墓所となるのだな」

「仕方なかろう。男どもは武器を取れ!路上で屍をさらそう!」


壮絶な戦いが始まろうとしていた。城壁にとりついてくる獣人や魔族を何とか叩き落しているが、それもいつまで持つかわからない。


そんななか、一人の男が剣を取った。彼は勇者だった。


「南門にとりついた魔族を追い払ったぞ!」

「西門の獣人の群れもだ!」

「勇者は強い!彼がいれば大丈夫だ」

「また光った!勇者の魔法だ。魔族が消し飛んでいく!」

「俺らも戦うぞ!」


勇者の力は強大だ。その精神力と魔法力はすべての魔族と獣人を震え上がらせた。


「ええい、なにをしている!さっさとこんな城壁、破壊してしまえっ!」


魔将軍ゴリエスがいくら息巻いても一向に戦況は進展しない。ただいたずらに被害が拡大していく。彼は戦力の多さに甘んじ、かつ過信し、ついに無為無策で戦いを始めた。そこにいるものが何だかわからず、いくさをはじめてようやくその強大さに気が付いたお粗末さであった。


「魔力による結界防壁です。なまじの攻撃では破壊できませんよ」


魔族軍騎兵団団長アストレルがため息交じりにそう言った。騎兵は城塞攻撃には出番がない。あくまで野戦の主力部隊だ。魔王メティアに参謀としてこのゴリエスにつけられた。だがその意見には一向に耳を貸さず、こうしていくさをはじめてしまった。だからいまは暇を持て余している。


「そんなことは知っている!ええい、獣人どもは何をやっている!」


獣人を頼りにするようじゃ、こいつも終わりだな、とアストレルは思った。


「将軍、いったいあそこに何がいるかお判りですか?」

「ああ、勇者がおるのだろう?わかりきったことを言うな」

「なら無策ではあそこは落せませんよ」

「いままで勇者と名乗るものはすべて(ほふ)ってきた。勇者など何ものでもない」

「あれはいままでの勇者じゃないようです。言うなれば最強。まあ、言ってみれば人類最後の希望ってところでしょうね。みすみすあなたには討ち取れるとは…あ、失礼をば」

「きさま」


だがいままでの勇者とは違う、そう感じざるを得ない。なにしろケタが違う。その戦闘力も魔法も。


「く、空挺を!」

「あんたが断ったんでしょう?せっかく魔王さまが貸してくださるっていうのを」

「そ、それは…」

「それでもまあ、救いがあるとすれば、あと三年も攻めていれば、きっとなかの人間は死に絶えますよ。勇者ひとり残りますけどね。そうしたらあんたと一騎打ち。どうです?なかなかいい考えじゃないですか?」

「きさまふざけているのか?そんなに魔王さまをお待たせするわけにはいかないだろ!せいぜいあと三日だ。魔王さまはそれくらいしか待ってくださらぬわ」

「ふーん、見通し甘いわね」

「ま、魔王さまっ!」


突如現れた魔王メティアに魔将軍ゴリエスは狼狽した。


「いつあたしが三日待つって言った?」

「そ、それはその、慣習でと申しますか…」

「そんなんだからあんな勇者なんかに舐められるのよ。もっと頭使ってサクッてやっちゃいなさいよ」

「そ、そうは申されても」


もうゴリエスには身の置き場がないように委縮していた。


「アストレル、あんた参謀につけた意味ないじゃないの」

「まったくもって不徳の至り。ですが…」

「いいわけはよしなさい。見苦しい。こんなとこに確執なんかいらない。要は戦果よ。どんだけ殺したか。わかってると思ったけど、あんたも役立たずってことで…」

「お待ちください!これ、という案がございます」

「聞こうじゃないの」


魔王メティアはその小さな腰を椅子に収めた。長い足を組むと、退屈そうにため息をついた。


「人質を取っております。勇者の、大事な恋人です」

「あんた…」


これはまずかったかな、とアストレルは思った。勇者は必ず恋人を取るとは限らない。人類のため、恋人を犠牲にするかもしれない。いやきっとそうする。失策だ。奥の手として隠し持っていたが、まったく自分でも呆れるくらいの失策だった。


「申し訳ありません、魔王さま」

「いいじゃない。なかなかいいわ。勇者に恋人?ウケる。さっそく殺しなさい。すぐにね。勇者がどんな顔するのか楽しみね。あ、あたしも見ようかな。いやー、わくわくするわ」


さっそく一人の少女が魔族に引き出され、城壁の前に立たされた。


「ジュリアンっ!」


勇者が叫んだ。なんで?どうして?愛する人がどうして?


「あー、聞こえるかね勇者くん」

「きさま!その娘を放せ!」

「わたしは魔王軍参謀のアストレルという」

「だからなんだ!その穢れた手でその娘にさわるな!」

「あっそう」


そう言ってアストレルは娘の首をはねた。娘は一回身体をビクン、とさせ、静かに崩れ落ちた。


「ジュリアンっ!」

「あんたも一緒に行きなさい」

「は?」


勇者の首が落ちた。傍らの魔王がその血を拭っていた。わらわらと城壁から獣人や魔物が這い上がってきていた。人々の叫びが都市中で聞こえてくる…。


「やれやれ、こいつも違ったか…」


魔王はそう、さびしそうにつぶやいた。



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