20 魔導師対魔導師
眼下にうごめくものたち…魔王軍百万…。何よまったくウジ虫にしか見えない。
こんなんで人類を滅亡させる?笑わせるわ。あのときの暗黒軍以下じゃない。あの魔導将軍五人の、そのたった一人の力さえ感じられない脆弱にしてお粗末なほど少ない魔力…なんでこんなもんにさんざんいいようにされてきたのか?
「まあ知力に相当自信あるやつがいる、ってところね。でも、それだけ。真のわたしの力はそんな小賢しい知恵など吹き飛んでしまうでしょう…」
あたりに誰もいない。魔導師エルガははるか上空からひとり、魔王軍を見降ろしている。そう言ったのは、ただ自分に確信を与えたかったからだ。何もかもおかしい。魔族領から這い出てきて、そして通る国々を壊滅させ、あの帝国さえ滅亡させたのが…この虫けらという事実…。だがいまこの目で見てそれを確認したのだ。
人間があまりにも情けなかったのだ。そうエルガの思考は帰結した。
「さあ目にもの見なさいね、魔族のお嬢ちゃん」
エクストリーム!
それは極限魔法。この平原の空気が絶対零度に下げられた。そして超高圧電流が閃光とともに地面に叩きつけられる。そこはもはや瞬間的な原子の崩壊のさまに似ていた。
「わたしの雷の刃…灰も残らないわ…たった百万じゃ。ああ、歯ごたえなかったわねえ」
そう言ってエルガは飛び去ろうとしたが、おかしなものが見ている、と気がついた。
「なに?」
「うっわー、なにあれ?雷なんかじゃないわよあれって。あんなの魔導って言えるのかな?大魔導じゃなくて超電導の間違いじゃないの?」
「あれがエルガです、魔王さま。かつて魔将軍五人とその軍団を滅ぼしたとされます。なんでも若干九歳のとき、だそうです」
「へえ。じゃあ今いくつ?」
「三百年前に百年戦争が集結しましたから…」
「あらそう…じゃあ、お年寄り相手に本気出したらかわいそうね」
「侮ってはなりません。あれは人類最強で、ある意味勇者を凌ぐ唯一の者です」
「ふうん」
空にポツンと浮かんでいるそれは、漆黒の服を着、長い黒髪をそよがせていた。とんでもないオーラが遠く離れたここまで強く感じられる。
「じゃ行ってくる、ファリエンド」
「お気をつけて」
「帰ったらお昼にしましょう」
「ご用意いたしておきます」
あたしはひとりその漆黒の魔導師の浮かんでいるところに向かった。空を飛ぶのは嫌いだ。もともと高所恐怖症なのだ。まあそれもいまは克服できている。
「こんにちは、あなたがエルガさん?」
「あ、あんたは…?」
「魔王です。名はメティア・ドーゼスといいます」
「魔王?魔王自らがあたしの前に?じつにいい度胸と、褒めてあげるわ」
「ありがとうございます。でも本当はドキドキなんですよ?」
エルガは軽いめまいを起こした。なんでこんな子が?なんでこんな普通の子が魔王なのだ?可憐で素直そうな瞳、美しい髪、華奢でそして美しい顔。これが魔王?ありえない。そして最大の疑問…この子には魔力を感じない?
「なぜだ…」
「はい?」
「なぜおぬしが来た。そもそもおまえはなんだ?」
「あたし、ですか?そりゃ、理由はいくつもありますけど、まあ大事なことはあたしが責任者、だからじゃないですか」
「責任者、だと」
「ええ、人類を滅ぼす、その責任者です」
「ふざけたことを」
「ふざけてなんかいません。これでも真剣なんですよ?」
わけわからない。まったくふざけているようにしか感じられない。まあいい、そういうならさっさと片付けさせてもらう。
「エクス…」
「それはもう使えません。その技は凍結させていただきました」
「なに?」
「あなたの技は電子を操作する技。違いますか?あ、電子って言ってわかんないですか。それはとても小さくて、目に見えないけど、とにかく原子ってやつのまわりをグルグル回っている…」
「ふざけるなっ!」
「だから真剣だって言ってるでしょ?」
「この…」
魔法はそれだけじゃない。こうして重力を操る力もある。お前を今地面に押しつぶしてやる!もとの姿がわからいほどペシャンコにね。
「あー、これってなんGくらいの力なんですかね?重苦しいです。あんなに地面が押しつぶされて、あちゃあ、岩盤まで見えちゃってますよ」
「あ、あんたなんなの…」
「あたしですか?だから言ってるじゃないですか。魔王、だって」
そう言われた一瞬、とんでもない膨大な魔力とエネルギーを感じ、そして超絶な痛みが走った。とっさに空位転換した。これこそ大魔導師エルガの最高位の技だ。
「か、身体を…半分、持っていかれた…」
激痛と失いそうになる意識の中でようやくそうつぶやいた。すっぱりと体半分がなかった。あらゆるところから血が噴き出し、内臓が垂れ下がっていた。まずい…あいつはヤバい…あれはただの魔王なんかじゃない!再生魔法を何とかかけながら空位転換を繰り返した。まだ追ってきている。そうエルガは恐怖に駆られながらあらん限りの力で逃げなければと思った。だが、後を追うものなどいなかった。それは恐怖の幻影だったのだ。
「ああ、逃げちゃった…」
「よろしいので、魔王さま。後を追いましょうか?」
「いいわよ、ファリエンド。もうたてつけないでしょうから。しばらくは、ね」
「では進軍を」
「ふふ、そうね。あの人、あたしの軍を破ったって思ってるけど、あれは幻影軍団…」
「本隊が進軍します。空挺が先行する手はずです」
「よろしい」
百万の軍勢は静かに進軍を開始した。




