11 逃げ出した勇者
万事うまくいった。みなキノコシチューを食べた。盗賊の親玉なんか三回おかわりした。
キノコは難しい。食べちゃいけないやつ、食べていいやつ。見分けるのは大変だ。まあ自然に生えているやつで、素人が手を出していいものではない。腹が減ったら虫でも捕まえて食った方が安全だ。有毒なのは確率的にキノコより低いからだ。
「すっごい!みんな目を回していたね」
「キノコは複合毒のものが多い。めまいや下痢を引き起こすもの、そして幻覚や幻聴、さらには死に至るものまであるんだ」
「それは知っている。前におじいちゃんが白いキノコだけは食うなって言ってた。まあそのじいちゃん、キノコ食って死んだけどな」
白いキノコ…生前の日本じゃドクツルタケっていうのがあったな。速攻死はしないけど内臓、とくに肝臓や腎臓に致命的な損傷を与える。だがそれは一種類だ。複数の毒キノコなら?
「あいつらみんなどうなっちゃうの?」
「心配か?優しいんだな」
「そうじゃないけど…」
リエガは純粋で優しくていい子だ。この子を守りたいと思った。だからなおさら現実を教えなくっちゃ。
「あいつらは死ぬ」
「え?」
「速攻毒のキノコもあれば、幻覚や頭痛で収まるのもある。ただ、致死性の高いキノコを選んで入れた。数日、ないし一週間以内に全員死ぬ」
「そう…」
「ぼくが恐くなった?」
「そうじゃないけど…」
「嫌なら逃げ出してもいいんだよ。ぼくは追いかけたりしないから」
「わかんない」
そう言ってリエガは黙ってしまった。
「今日はここで野宿しよう」
小川から少し離れた岩陰にいい場所を見つけた。急な雨でも困らないだろう。
「薪を拾って来るね」
そう言ってリエガは走って行った。このまま帰ってこないと思った。人間を信じられない獣人。仕方ないさ。ぼくは近場で燃やせそうな木の枝を拾い集めて焚火の火を起こした。お父さんがアウトドア好きだった。火の起こし方を習ったっけ。まあぼくは下手くそで、いつも火をすぐに消してしまってたけど…。ああ、お父さん、元気かな…。
「やけにしみったれた焚火だね」
そう言ってリエガは両手いっぱいに抱えた薪をぼくの前に積んだ。へへん、どうだ、と言った顔だ。毛でよくわかんないけど。だけど、戻ってきたんだね…。
「ぼく焚火が苦手なんだよ。なかなか火がつかないし、ついてもすぐ消えちゃうんだ」
「あんなにうまい料理作るのに?」
「IHは火を使わないからね」
「あいえいち?なんだそれ?火を使わないで煮たり焼いたりできるのか?」
説明できるか、そんなもんおまえらに。
「ま、魔法の道具です。ソンミ村では普通です」
「ふうん…。いつかおまえの村に行ってみたいな」
そう言ってリエガはガシガシと焚火に薪を放り込んだ。炎が勢いを増していった。
「なあ、こうやって盛大に火を焚いているところ悪いんだけど…」
リエガが心配そうにそう言った。焚火の火でリエガの艶のある毛並みが美しく見えた。
「なんだよ」
「こんなところで野宿するのはあまりかしこいやり方じゃないんじゃないか?」
「どうしてそう思う?」
「ここは魔獣がうようよしている森のそばだ。森から離れた方がいい」
「だからいいんじゃないか。もし生き残っている盗賊が追ってきても、ここには来ないからね」
「でも魔獣が…」
「平気さ」
そう言ってぼくは黒い塊を焚火に放り込んだ。それはしばらく炎の中でくすぶっていて、やがて少量の白煙を吹きだしていた。それは強烈な匂いを伴って…。
「ぶ、ぶほっ!な、なにこれ!」
「サラマンダーのうんこ」
「はあ?なにそれ!」
「だから、さっき見つけたんだ。古いサラマンダーの糞ね。きっと昔この辺りにいたんだ。こいつを焚火で燃やすとすごい匂いが出る。サラマンダーは最強の生物だろ?だからその匂いのするところには魔獣は近づかない」
サラマンダーの糞はほかの獣や魔獣と違って細菌によって分解しない。殺菌効果が高いのだ。だからいつまでも残る。それがさらに化石化したものは虫よけとして売られている。ぼくは野山を走り回っているうちにそれを体で覚えた。
「でももの凄い匂い」
「ちょっと我慢。すぐ収まる。そして周辺に匂いが浸透する。明日の朝までは効力が続くから、朝までは安全ってことだ」
「なんでも知ってるんだね」
そうさ。命がけで学んだんだ。誰も教えてくれないから、何度も死にそうになりながらね。
「さあ、干し肉が焼けた。しばらくはこんなんで我慢だぞ」
「キノコ…は?」
「欲しいのか?」
「いらない!ぜったいいらない!」
ぶんぶん首を振るリエガが、妙に愛おしく思えた。