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新米陰陽師  作者: バターピーナッツ神
前編
1/3

葦洲における陰陽師の歴史

極東の大海原に浮かぶ島国、葦洲(あしま)。又の美称、大和日本千五百(やまとひのもとちいお)秋穂太八原(あきほおおやつはらの)中津国(なかつくに)にて、陰陽師なる者達が存在する。


丹日たんひ時代にて東奥オーロラ大陸より取り入れた仏教、そして密教が古来の葦洲(あしま)神道と混合し、稀代の呪術師、山岳行者がそれを修験道(しゅげんどう)として泰明(たいめい)時代に確立した。

後に聖護院が作られ修験者(しゅげんじゃ)または山伏(やまぶし)と呼ばれる者達は呪術師と共に泰明の世の平穏を守ってきた。


しかし泰明後期にて、突如として帝の命により修験道(しゅげんどう)は廃止され、聖護院は取り壊された。


それからしばらくして、東奥オーロラ大陸東南部、龍土(ロントゥー)より陰陽五行説が伝来し、山岳行者の子孫達は陰陽五行説を基盤に、仏教、密教、儒教、道教、神道を合習し、陰陽道(おんみょうどう)なるものを誕生させた。

彼らは、藤宮(ふじみや)氏を授かりて朝廷に従う。


ある年に、さる下級貴族の少年が藤宮ふじみやの当主にその才能を認められ、師弟の関係となる。少年が十二を数えた時に、史上最凶の百鬼夜行が起こり、彼は十二体の式神と己の陰陽術のみでそれを鎮滅し、世を救った。

その後、彼の子孫は家名を五御門(いつみかど)に変え、藤宮(ふじみや)家と共に陰陽道の宗家となる。

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