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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吸血魔女の家

作者: 三色ライト

本作は中途半端なところで終わります。ご了承ください

 紅茶を淹れる音が好きだ。水の音も葉の音も、すべて心を癒してくれる。今、耳をすませばかすかにその音が聞こえる。私の優秀な助手が紅茶を淹れてくれているのだね。


 読んでいる本を1ページめくった、その時だった。ほんのり甘い紅茶の香りが鼻をくすぐってきた。そろそろかな?


「アーフィア様、ティータイムでございます」


 淡い栗色のボブヘアーをわずかに揺らした私の助手であり奴隷でもあるサキが紅茶を運んでいてくれた。私が微笑むと彼女は少し照れた顔をしてテーブルの上に紅茶を静かに置いた。


「ありがとう、サキ」

「い、いえ」


 まったく、長い付き合いだというのにまだ私と話すのは緊張するのかい。ある意味で面白い子だね。

 ティーカップを右手で持ち上げ、紅茶の水面を覗く。私の顔が紅茶の水面に写りこみ、神秘的な絵画のような一杯に見えることに気がついた。

 ……なんてね。と肩をすくめて紅茶を口にする。サキの淹れてくれた紅茶は彼女の性格をそのまま表すかのようにマイルドな味わいになっていた。

 窓から入ってくる心地よい風が紅茶の味を引き立ててくれる。これが人間に備わった「味わう」ということの真意なのかもしれないね。

 紅茶を8割ほど飲んだ頃だった。1つ、小さな足音が聞こえてきた。珍しいね、来客かな。ということは久しぶりのお仕事だ。少し襟を正そうか。

 カランカランとドアに付けられた来客を知らせる鐘が鳴る。


「こ、こんにちは! ここに魔女様がいらっしゃると聞いてやってきたのですが……」


 入ってきたのは年若い少女。私の真っ白な髪とは対照的な漆黒の髪を携えた少女からは憂いの感情を感じ取れた。やはりお客さんだったようだね。


「いかにも。私がここの街の魔女、アーフィアだ。サキ、紅茶を淹れてくれるかい?」


 私の言葉にサキは軽く頭を下げて応じる。さて、紅茶が完成するまでに簡単な聞き取りでもしていようか。


「私のことは誰から聞いたのかな?」

「えっと……王国で噂になっていたので。なんでもこの小さな町の古びた家の魔女さんはどんな相談も叶えてくれると」

「それは随分な期待をされたものだね。なんでも叶えられることなんてないのだが」


 今の言葉から推測するに彼女は王国の出身、もしくは仕事で王国に行っているということになる。王国にも優れた魔女はたくさんいるだろうに。なぜ私のところに来たのだろう。そういうことを考えると止まらなくなるのが私の悪いところだね。


「紅茶、お待たせいたしました」


 サキが紅茶を2杯淹れて持ってきてくれた。私にとっては2杯目だが……まぁいいだろう。

 紅茶を一口飲んで少女を見る。息を吹きかけて冷ましてから飲む様はどこか愛くるしかった。


「さて本題に入ろうか。依頼の内容、聞かせてくれるかい?」

「は、はい! 実は……」


 そう、私は魔女。魔法を操り人々の悩みや苦しみを解く、言わば正義の味方というやつだ。さぁ、今日もこの悩めるお嬢さんの悩みのタネを取り除いてあげようか。


 ◆


 ウグイスの鳴き声が木々にこだましているとても穏やかな森の中、私とサキはピクニック気分とは真逆のお仕事モードで奥へと進んでいた。


「珍しい依頼だね。吸血鬼を排除してくれだなんて」

「は、はい。いつもは薬草採集とかですもんね」


 この森に入るのは初めてではない。今さっきこの子が言ったように薬草採集の依頼で入ることもあるし、何よりこの森は私の住む街と王国を繋ぐ森。生活することにおいて切っても切り離せない関係なのさ。

 そんな重要な森に人を襲う吸血鬼が出た……となればもっと有名な魔女が動いているはずなんだけどね。なぜその依頼を私にしてきたのかは結局わからずじまいだ。依頼人の少女は依頼内容を伝えたと思ったら足早に去ってしまった。報酬金を先払いされたからタチが悪い。断るに断れなくなってしまったからね。


「吸血鬼は夜に行動することが一般的だ。もう少し待つことになるけどいいかな?」

「もちろんです。いつまででも待っています」

「うん、いい子だ」


 サキの頭をゆっくり撫でてあげる。我慢強い子は好きだからね。

 それにしても早く出て来すぎてしまったか。久しぶりの依頼だからと張り切ってしまったけど、もう少し家でゆっくりしていれば良かったね。これは失敗だ。

 森の中を目標もなくフラフラと歩いているうちにだんだんと辺りが暗くなってきた。さて……そろそろ来るかな? 私たち以外に森に入っている者がいたらそっちを襲う可能性もあるけど、まず吸血鬼がいるという噂のある森に入ってくる人間はいない。だからお腹の空いた吸血鬼は……

 ガサッと葉っぱが擦れる音がした。


「当然、私の方に来るよね」

「ンガッ!」


 突然木から飛び出してきた吸血鬼を魔法で弾き飛ばす。今の時代は便利なもので杖の先に魔力を込めるだけで弾き飛ばすことができるようになった。うんうん、進歩というのは素晴らしいものだね。感動するよ。

 吸血鬼そっちのけで細くて黒い私愛用の杖を可愛がる。全長30センチメートルほどの短い杖だ。可愛いだろう?

 私が杖を愛でている間に吸血鬼の方はよろりよろりと立ち上がった。


「血……血ぃ!!」

「飢えているね。その様子だと3日は血を飲めていないのかな?」


 月明かりが木々をすり抜けて差し込んできた。私だけでなく吸血鬼にもその光が照らされる。銀色の髪に真紅の瞳。ほとんどの吸血鬼がその身体的特徴を持っている。彼女も例外ではなかったようだね。

 吸血鬼は血を飲めば飲むほど、長く生きれば長く生きるほど強くなる。さっき私の杖での弾きで吹き飛んだということはこの子はさほど強い吸血鬼ではないようだ。まだ吸血鬼になって年季が浅いのかな?


「血を……寄越せぇ!」


 再び私に向かって襲いかかってくる吸血鬼。ちなみに吸血鬼は5日間血を飲まないと喉が裂けて死んでしまう。だから血を3日は飲めていないであろうこの子は必死に私に食らいついてくるだろうね。


「うん、嫌だよ」


 もう一度細い杖に魔力を込めて吸血鬼に向ける。あと一歩で私に噛み付けたであろう彼女は思いっきり吹き飛び木に背中を打った。


「ぐっ! ……お前だ!」


 ふむ、私から血を吸うのは現実的じゃないと考え標的をサキに移したか。その判断は悪くない。でも残念だったね。


「"えい"」


 感情を殺したような声でボソッと呟く。それだけで吸血鬼は再び吹っ飛んでいった。そろそろかわいそうになってくるね。

 サキも私と同じく魔法が使える。吸血鬼としての経験が浅そうなこの子に負けるほど、サキは弱くはない。

 杖すら使わず、サキは声のみで吸血鬼を吹き飛ばした。古き言葉では「言霊」と呼べるものかな。今風に言えば……いや、思いつかないね、やめておこうか。兎にも角にも吸血鬼はサキの言霊によって吹き飛ばされた。これで3度目。流石に懲りるかなと思ったけれど……。


「血ぃ……血ぃ!!」

「すごい執念だね。可哀想なことだ」


 目を開いて私たちを力強く見つめてくる。その視線からは強い殺意と食欲を感じる。吸血鬼とは客観的に見ると斯くも醜いものだったのか。


「うがぁ!」


 自分の牙で自らの腕を噛み切った吸血鬼。自分の血とは言え、飲めば一時的に体の機能は向上する。ただし、もちろん諸刃の剣。死期を早めることに繋がりかねない。


「やめておいた方がいい。今日血を飲めなかったら、明日にでも死んでしまうよ?」

「ううっ!」


 どうやら私の言葉は耳に入っていないようだね。まぁどの道私がここで始末するんだ。どんなことをしようと関係ないが……可哀想な子だね。

 ジュルジュルと下品な音を立てて自分の腕から血をめいっぱい吸い取る吸血鬼。どんどん髪も肌もツヤツヤになってゆく。細胞が活性化された証だね。まぁ自分の血を飲んでいるだけだから仮初めのものでしかないのだけれど。


「忠告を無視した君に、もう同情の余地はないよ。どのみち吸血鬼になったんだ。人の1人や2人、殺したのだろう? なら……私が解放してあげるよ」


 吸血鬼の多くは元は人間。この吸血鬼もきっとそうだろう。吸血鬼になると人間の頃には考えられないほどの殺人衝動に駆られる。血を飲め、血を飲めと頭の中に声が響き渡るようになるのだ。


「うがっ!」


 明らかに先ほどとは違う軽快な動き。血を飲んで活性化した吸血鬼はさっきまでとは別次元の存在かと思うほど強化される。大げさかもしれないけど、例えるなら赤子が獅子になるくらいだ。自分の血を飲んでも、それは適用される。ただしさっきも言ったように諸刃の剣。自分の血が減り、死へのカウントダウンが早まる。だから私はさっき「かわいそうな子だ」と思ったのだ。


「ふっ!」


 迫ってきた吸血鬼を再び杖で弾き返そうとする。しかし吸血鬼は私の反射の魔法を耐えてしまった。


「ふぅん。やるね」


 強化率を見誤っていたか、それともこの子が単に優秀な血を持っていて、それを飲んだから凡例より強くなれたのか。きっとこの謎は謎のまま終わるのだろうけど今は対処しないとね。


「サキ」


 ボソッと名前を呼ぶ。サキは呼ばれる前にわかっていたと言わんばかりに口を開く準備をしていた。さすが、優秀な子だね。


「"えい"」


 再びの言霊。私の反射の魔法を受けた直後だ。痛いだろう?

 吸血鬼は痛みを必死になって吹き飛ばそうとしている。執念がとんでもないね。まったくしぶとい……吸血鬼討伐の依頼は今後しばらく受けないでおこう。面倒だからね。王国になら吸血鬼を狩れる優秀な魔女もたくさんいるだろうし、大丈夫だろう。


「ぐっ……あぁぁ!」


 すごいね、気合いで乗り切ったか。さて今度は私たちがピンチだ。こんな至近距離まで詰められて魔法を使い終わったばかりの隙の1番大きい瞬間。さぁ、どう乗り切ろうか。この子もこの瞬間を逃してくれるとは思えないし、やるしかなさそうだね。


「うるぅあっ!」


 吸血鬼が腕を振り上げ、私の左腕を落としてきた。左腕からは大量に出血する。その様を見て吸血鬼はニタァと下品に微笑む。


「まったく、手負いになってしまったね」


 怪我をする気は無かったんだが……これはあまりに吸血鬼の力を見誤った罰だろうね。あぁ、痛いなぁ。


「アーフィア様、止血を!」


 サキが心配そうに声をあげる。落ちた左腕は……良かった、綺麗な状態で落ちているね。ボロボロだと治す時に面倒なんだよね。


「必要ない。やるから」

「は、はい!」


 サキが数歩後ろに下がる。私に巻き込まれないように、足手まといにならないようにという彼女なりの配慮だろう。

 さて、ここで私は初めて自分の切断された腕を見る。単にグロテスクな見た目が嫌い……というわけではない。血を見ると……ダメなんだよ、私は。


「血……血ぃ!」


 当然目の前の吸血鬼も私の血に我慢できないようでジリジリと私の方へと向かってくる。残念だけど、戦いはこれで終わりだ。

 私は切断された左腕の断面に右手を添える。絶えず垂れてくる血を受け止め、そして……口へと運んだ。


「ふぅ……久しぶりかもね、この感覚は」


 身体中に力が、魔力が回っていくのを感じる。一番熱いのは目。真っ赤に染まるほど熱い。次に熱いのは口の中。血に一番触れているからかとんでもないエネルギーを感じる。それこそ犬歯が鋭く飛び出してくるくらいに。そして最後に熱さを感じたのは背中。翼が生えるほどに、魔力が滾っていた。


「おま……え!」

「やぁ、第2ラウンドといこうか? 同胞ちゃん」


 吸血鬼となった私に明らかに動揺を見せる吸血鬼ちゃん。当然だよね、目の前の人間がいきなり吸血鬼になったんだから。


「ふふ。この姿はあまり好きじゃなくてね。普段は人間の姿に化けているんだよ。それでも血を見たり飲んだりすると我慢できなくなってこうなってしまうけどね」


 さて復習問題だ。吸血鬼は自分の血でも飲んだら身体能力が大幅に強化される。では……今自分の血を飲んだ私はどうなるでしょう。答えは簡単。


「よっ……と」

「がっ!?」


 とんでもなく、強くなるのさ。

 足に力を込めて踏み込み、ダッシュする要領で吸血鬼ちゃんに襲いかかる。左腕をもがれた仕返しに、私も左腕をいただくことにしたよ。


「う……うあぁぁぁっ!」


 自分の左腕がなくなったことに動揺を隠せない吸血鬼ちゃん。パニック状態に陥ってしまっているね。今のうちに私は治療をしようか。血がどんどん抜けていって倒れそうだ。

 先ほど落とされた左腕を拾って断面にグリグリと押し付ける。鋭い痛みが身体中を駆け巡るけどそれは我慢。5秒ほど押し付けていたら自然と左腕がくっついた。うん、便利な身体だよね。

 さてと、あの吸血鬼ちゃんは正気を取り戻せたかな?


「うあっ……うぅ……」


 あらら、必死に腕をぐりぐりとくっつけようとしているけど、私ほどの力もない下級の吸血鬼には無理なんだけどなぁ。

 諦めずに左腕を押し付ける彼女が哀れに感じた。だから私は再び杖を握って……


「"アマリリス"」


 火炎の魔法を発動する。赤い火は吸血鬼ちゃんの左腕に直撃し、腕を瞬時に灰とさせた。


「あ……あぁ!」


 ふむ、彼女のためを思ってやったけど、逆に残酷なことをしてしまったかな? だとしたら申し訳ないことをしたね。


「そろそろ終わりにしようか。最後に言い残すことはあるかな?」


 私が優しく問いかける。その言葉を聞いて吸血鬼は冷静さを取り戻したのか、それとも腕のことは忘れてしまったのか、また強い殺気を放っていた。


「……血ぃ!」

「それが最後の言葉か。かわいそうに」


  最後の言葉とともに襲いかかってくる吸血鬼ちゃん。さぁ、終わりにしようか。

 さっき無理やりくっつけた左腕に滴る血を指に絡めて一滴零す。


「"血魔術:血棘"」


 その言葉に反応して零した血が棘となって目の前の吸血鬼ちゃんのお腹を刺した。声も出ることなく、吸血鬼ちゃんは絶命する。パラパラと吸血鬼ちゃんの体が崩れだして、やがて灰になった。そう、吸血鬼は死ぬと灰になるのさ。


「……お疲れ様でした、アーフィア様」

「うん。サキもお疲れ」


 サキの頭をなでなでしてあげる。こうすると面白いくらいに顔を赤くするものだからついクセになってしまったね。

 報酬金前払いの依頼だからもうあの依頼人が私の家に来ることはないだろうね。少し引っかかることはあるんだが……今はいいか。


「さて、帰ろうか。次の依頼はいつになるだろうね」


 そう、これは1000年前に人を襲う吸血鬼となり、今では人を助ける魔女になった私と、その助手であり奴隷、奴隷であり眷属であるサキとのまったりとした日常を記したものである。


 ◆


「ん……アーフィア様っ!」

「ふふ、ここがいいのかい?」


 ぽっかりと空いたサキの穴に舌をなぞらせる。そこから溢れてくる液体を舌に絡めて味わった。


「サキの味がするよ。1000年舐めてきた味だ」

「アーフィア様……もっと優しく」


 そう言われると不思議と激しくしたくなるというものだ。でも可愛い私の眷属だからね。手加減してあげようか。

 そう、今は私の1日1回のご飯時なのさ。吸血鬼だから栄養となるものはもちろん血液。紅茶は嗜むけど栄養にはならないからね。他の飲み物や食べ物も同様さ。

 さて、君は私たちのやり取りから一体何を想像したんだい? 正直に言ってごらん。私は怒ったりしないからね。……ふふ、冗談だよ。咎めるつもりはないさ。


「ごちそうさま。毎日ありがとうね、サキ」

「い、いえ。アーフィア様のお力になれて光栄です」


 私は1000年間、ずっとサキの血を飲んで生きながらえている。本来なら討伐されるべき吸血鬼なのだけれど、なんとかここまで隠し通せているね。

 私は他の吸血鬼たちと違って殺人衝動に駆られたりはしない。その理由は私にもわからない。だけど今のところ誰に手をかけるわけでもなく生きてこられている。これはとっても幸運なことなのだろう。


「サキは何を食べるんだい?」


 サキは吸血鬼ではなく眷属だから食べ物から栄養を摂取する必要がある。この前試しに血を飲ませてみたらすこぶる不味かったらしく吐き出してしまった。今時の言葉で言うパワハラってやつだね。今後一切しないようにしよう。


「昨日の報酬金が多かったので好物のオムライスをいただこうと思います」

「そうかい。美味しくお食べ」


 昨日吸血鬼を討伐して帰ってきてから報酬金を確認してみたらあっと驚き。とんでもない大金が袋に入っていた。私のことを法外なレートで依頼を解決する闇の魔女だと思っていたのかな? もしそうだとしたら心外な話だ。

 時間があると余計なことを考えてしまうのが私の悪癖だ。昨日の依頼、どこか引っかかる。依頼人が吸血鬼討伐の依頼を告げてからそそくさと退散したこと。あの吸血鬼は下級だったのに血を飲んでからの強化率が異常だったこと。そもそも王国から少し離れたこんな小さな街の私にわざわざ依頼を持ってきたこと。その報酬金が莫大であること。全部不思議に感じてしまうね。


「アーフィア様、今日のご予定は?」


 私の止まらない考えを止めたのはサキの言葉だった。別にそれで不快になるわけでもない。考え込みすぎる私が悪いのは明白だからね。


「そうだね……特にやることはないから本でも読んでいようかな」

「かしこまりました」


 人として生きて17年、吸血鬼として生きて約1000年。こんなに生きて何がしたいと思うかもしれないけれど、私はゆっくりと生き続けられたらそれでいい。大それた目標もないし、夢もない。ただただ日々を生きる。ゆっくりと、マイペースに生きて、横にサキがいればそれでいい。

 だから今日も何もしない。お気に入りの本を読み返すだけさ。……そうだ、せっかく報酬金がたんまりと入ったんだ。新しい本を買ってみてもいいかもしれないね。生きていく上では暇つぶしは必須。本はそれに最適なアイテムなのさ。


「サキ」

「は、はい。何でしょう」


 掃除を始めようと思っていたのか箒を持ってひょっこり首を出してきたサキ。愛くるしいその姿にほっこりしつつ、用件を伝える。


「明日は久しぶりに王国へ行こうか。本が買いたいんだ。それと……この胸のつっかえを取れるかもしれないしね」


 つっかかるほどの胸がないだろと思ったけど悲しくなるだけだからやめておこう。体の成長が17で止まったのが惜しいね。もし順調に人間として育っていたらボインになるはずだったのに。あー残念。


「かしこまりました。私も買いたいものがあるのですがよろしいですか?」


 栗色の髪を揺らしながら一礼をして、自分の要求も伝えてくる。奴隷・眷属という立場であっても決して家畜のように扱うことはしてこなかったし、サキには1つの生き物としてわがままに生きなさいと伝えてある。だから私に対して遠慮することは少なくなった。そっちの方が気が楽だね。常にかしこまられても息がつまるだけさ。


「もちろんいいさ。久しぶりの王国だ、楽しもう」


 そう言うとぱあっと表情が明るくなったサキ。いったい何を買うというのだろうかね。おっと、また考えすぎてしまっているね。よくないよくない。

 さて王国へ行くとなると森を抜ける必要があるね。昨日のように吸血鬼が出ることは滅多にないからいいもしても、ゴブリンといった低級の魔獣が現れることがある。念のため杖のメンテナンスをしておこうか。

 重い腰を上げて杖を取りに行く。衣装かけの横に立てかけられた黒い杖を持って再び書斎の椅子に座る。


「ふむ……壊れたところはなし、か」


 昨日の吸血鬼戦では何回も魔力を流し込んだ上に吸血鬼に直接当てて吹き飛ばしたりと結構な無茶をさせてしまったからね。壊れていてもおかしくはないと思っていたけど杞憂だったか。

 別に杖がないと魔法が使えないというわけではない。ただこれは気持ちの問題だ。魔女というのは杖を持ち、魔法を使うものだというステレオタイプな考えが根深い。要は様になっているかどうかだ。これによって依頼が増減することもあるという研究結果まで出ている。サキの食費等のためにお金を稼ぐのは大事だからね。依頼が減ってもらっては困るのだよ。そのためにわざわざ魔女らしい衣装も持っているわけだしね。

 ふと思い立って杖に魔力を流してみる。杖が青白く光り輝き、どんどん先端へ向かって魔力が流れていくのを示していた。

 昨日使った魔法は"リフレクション"という向かってきた人や魔法を反射させる魔法と、"アマリリス"という炎の魔法。魔法の名前を声に出さなくても発動できるほど成長したのだけどついうっかり修行時代の癖で魔法名を叫ぶときがある。後から振り返ってみると恥ずかしいものなんだよね。

 杖の先端に魔力が十分に集まった。魔法を使うつもりはなく、ただ魔力を流してみただけだけどもったいないから何か使おうか。

 部屋をきょろきょろと見渡してみる。本が少し散らかっているね。魔法で整理しようか。

 杖の先を散らかっている本たちに向ける。するとフワッと本が浮かび上がった。そのまま本棚へと誘導していく。自分で片付けに立ち上がるのは面倒だけど、座ったままできるのは便利だよね。その要領で一気に10冊ほどを持ち上げて本棚に収納した。うん、見違えるほど綺麗になった。

 最近は怠けて魔法の使い方を考えてこなかったけど、よく考えてみたらこういう小さなことが暮らしの豊かさに繋がるじゃないか。なぜこの使い方を1000年も思いつかなかったのだろう。自分は頭はいい方だと思っていたけどそうでもないのかな? 自尊心が壊れそうだよ。


「アーフィア様?」


 魔法が使われたのを感知したのかサキがまたひょっこり私の書斎を覗き込んできた。可愛い生き物だこと。


「心配ないよ。ただ掃除を魔法でやってみただけさ」

「アーフィア様、あんまり怠けているとダメ魔女になってしまわれますよ?」


 ……怠けたつもりはないというか、むしろ魔女として魔法の使い方を真剣に考察した気だったんだがね。まぁ箒を持って一生懸命に掃除をしたサキには魔法で解決する私は怠け者に見えても仕方がないか。


「ふふ。たまには体も動かさないとだよね? ……わかってはいるんだけどね」


 運動はあまり好きではない。これは人間の頃から変わりないこと。1000年経ってもこの価値観が変わることはなかった。頑固者だね、私は。


「昨日働いていらっしゃったので見なかったことにします」


 そうだよ。昨日たくさん動いたからいいじゃないか。それに明日だって王国まで歩いていくんだ。十分運動している方だろう。


「ならお言葉に甘えて続きを……」


 また魔法を使って本の整理を始める。サキは少し肩を落としたようだったけど見なかったフリだ。重い本を持って棚に入れてはまた持ってを繰り返していたら腰が折れてしまうよ。

 結局すべての本を魔法で収納して整理を終える。その後はゆっくり本の続きを読んでいたらいつのまにか夜になっていた。


「サキ」


 書斎から出るとサキは夜ご飯を食べていた。時計を見なくても大体の時間はわかるね。


「今日はよく読まれていましたね」

「あぁ。趣味だからね」

「明日は何時に出発されますか?」


 そういえば決めていなかったね。順調に森を抜けられると仮定して買い物と軽く調査することを考えたら……


「少し早いかもしれないけど朝の6時には出ようか」

「はい! かしこまりました」


 笑顔で答えるサキ。サキの中でも似たような時間を想定していたのかな?


「それでは今日はもう寝ることにするよ。おやすみ、サキ」

「はい。おやすみなさいませ、アーフィア様」


 サキに手を振って寝室に向かう。吸血鬼である私は眠る必要なんてない。だけどサキと活動時間を合わせるには寝るのが1番だと気がついた。基本夜行性の吸血鬼だけど無理やり昼型にしたのさ。それと気合いで太陽の光も克服した。すごいだろう?

 昨日は働いて、今日はゆっくりと休んだ。明日は何が私を待ち構えているのだろう。楽しみだね。

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