残酷な君の頼みはやはり
持ってきたものを全部、地面に出すように言われ、私が鞄を逆さにして中身を出すと、入れた覚えのないライターが落ちてきた。
それが意味することになんとなく気づいてしまい、そうでなければいいのにと思いながらも心臓は嫌な音を立て続けていた。
嫌だ。
朔也の言葉を聞きたくない。
でも、そんな願いは聞き入れられない。
朔也は穏やかな顔で、残酷なことを口にした。
「そのライターで、ここにあるもの全部燃やして」
わかっていた。わかっていたけど、私は目を見張った。
あぁ、どこまで朔也は私に────・・・
「ごめんね。ライターだけ勝手に僕がいれた。それがないと、燃やせないからね」
幽霊のくせに、どうやってライターを手にして鞄の中に入れたんだとか、こんな状況でなければツッコんだかもしれないが。そんなことを考える余裕、私にはなかった。
ただ、ぐにゃりと世界が歪んで見え、大好きな朔也の顔さえもまともに見えなかった。
私は、ぐっとこぶしを握った。
けれど、それは私の腰の横にあるだけで、振りかざすでもなく、そのまま力が抜けていった。
「・・・本当に朔也くんは」
力が抜けたら、さっきまで歪んでいた世界は正常に見え、朔也の顔もちゃんと見ることができた。
私はその大好きな朔也の顔をまっすぐに見ながら、涙を滲ませながら笑った。
「────・・・残酷だね」
私を一番にしてくれなかったくせに、私の一番さえも奪うのか。
それを奪うくらいなら、命を奪われた方が何倍もマシだというのに。それを、朔也だってわかっているだろうに。
それでも、朔也はより残酷な方を選んだ。朔也は、そういう人だ。わかっていた。
朔也も、私のことを心から想っている。ただ、それは恋人としてのものではなかったけれど。それでも、大切なことに変わりはないから。だから、朔也は私にいつだって残酷なのだ。
「ごめんね。でも、これ以上、胡桃ちゃんを俺に縛り付けたくないんだ。昔みたいにさ、いっぱい笑ったり泣いたりする、そんな胡桃ちゃんでいてほしいんだ」
わかってるよ。私のことを思って言っているんだってことは。朔也の言葉が残酷であれば残酷であるほど、私のことを考えているんだっていうことは。
だけど、それでも、受け入れられないことはあるよ。だって、残酷すぎるんだもの。
私は燃やせないよ。全部、思い出が詰まってるんだもん。
それに、これを全部燃やしてしまったら、私の心はどうなるの?
私が私でなくならない?
怖いんだよ、私は。ずっと、過去に縋りついていたいんだよ。
変えたくない。変わりたくない。不変でありたいの。
「胡桃ちゃん、聞いて。全部、俺のせいなのにこんなこと言うのは間違ってると思う。けど、俺のせいだからこそ、俺が言わなきゃいけないんだと思う。胡桃ちゃんは、もういなくなった俺を想うんじゃなくて、もっと別の良い人を想うべきなんだ。胡桃ちゃんのことを心から愛してくれる人が、きっといるから。胡桃ちゃんは、とてもいい子だもの」
「嫌・・・嫌だよ、朔也くん。私は朔也くんが好きなの。朔也くん以外の人なんて、好きになれない。好きになれても、きっと朔也くん以上には想えない・・・っ」
「僕は最低な男だよ。胡桃ちゃんがずっと僕のことを想ってくれていたから、僕のそばからいなくなることはないって、ずっと胡桃ちゃんの存在に甘えてた。胡桃ちゃんを一番にしてあげられなかったのに・・・本当、最低だよね」
「それでも、私はそばにいられて嬉しかった・・・!燃やしたくなんてないから・・・まだ、朔也くんと一緒にいたいよぉ・・・っ」
こんなに泣いたのはいつぶりだろうというくらい、私はボロボロと涙を流して叫んだ。朔也が死んだ時だって、ショックが大きすぎたのか涙を流さなかったのに。
嫌だ嫌だと、まるで駄々っ子のように繰り返す私を愛おしそうに、でも悲しそうに見る朔也は、私の思いを受け入れてはくれなかった。
「ダメだよ、胡桃ちゃん」