残酷な君と動けない私
朔也が彼女に会いに行くと言ったのは、それから二週間ほど経った頃だった。
「じゃあ、行ってくるね」
「・・・うん。ちゃんと、会えるといいね」
思ってもいないことを口にして、私は朔也を見送った。
もしも、朔也が彼女に会えたら、朔也とはお別れなのだろうか。
いや。たぶん、彼女に会えなくてもお別れだろう。あんなふうに頼んできたということは、朔也は彼女に会えても会えなくても、この世から旅立つ気でいるのだ。
未だに、私の中では二つの思いが絡み合っている。
幽霊でもいいから、朔也にそばにしてほしいという思い。
そして、朔也のぬくもりを感じられないから、早く旅立ってほしいという思い。
どちらも、確かに私の中に存在している思いだ。矛盾しているが、仕方ない。
私はいざ、別れを突きつけられたとき、ちゃんと見送ることができるだろうか。
私は、朔也の頼みを聞きいれられるだろうか。
わからない。
だって、私はあの日から、ずっと動けないでいるのだ。朔也が死んだ、あの日から。心が縛られて、動けずにいる。
でも、このままでもかまわない。
だって、あの日から動けるようになるということは、心の縛りがなくなるということは、そのときの私の一番が朔也ではなくなるということだ。朔也を愛している自分を捨てるということだ。そうしなければ、前になど進めないのだから。
絶対に嫌だ。ずっと、どんなに裏切られても、一番になれなくても、朔也のことを想ってきたのだ。朔也のことしか好きになれなかったのだ。
今さら、朔也以外の人を好きになる?私の一番を手放す?
そんなこと、絶対にできない。朔也が、私という人間を作ったのだ。そうでなければ、朔也を喪って、人形のように生きることはなかったはずだ。
今の私は人形と同じ。感情なんて、表現できない。
今は朔也がそばにいるから、ほんの少しくらいはマシかもしれないが。これからまた朔也がいなくなるなら、その生活が戻ってくる。
私は一生、人形でいい。抜け殻でいい。
だって、そうしたら、早く朔也のもとに逝ける。私は、朔也なしでは生きられない。
だから、願ってしまう。
朔也の頼みが、私の死だったらいいのにと。
そんなこと、絶対にありえないのに。
夕日がきれいに染まるころ、朔也は帰ってきた。
「会えなかったよ」
朔也はそう言って笑った。笑顔だったけど、悲しそうだった。
わかってたんだけどね、と言う朔也は、もっと悲しそうだった。泣きだすんじゃないかと思うくらい、悲しそうだった。
「胡桃ちゃん。僕の頼みを聞いてくれる?」
そして、物悲しい雰囲気のまま、朔也はそう言って私に微笑んだ。
ついに、言われる。朔也が私に頼みたいことを。
きっと、私にとって望まないことを。
「胡桃ちゃん。僕から貰った物とか僕が映っている写真とか・・・そういう、僕に関係するもので胡桃ちゃんが持っているもの、全部持って。それで、僕についてきて」
朔也が何を頼みたいのか、その言葉だけでは私にはわからなかった。
だから、私はただ言われた通りに朔也に関係するものを全部出して、鞄に詰める。そして、朔也に促されるままついていった。
ついていった先は、そう遠くない林だった。
こんなところにわざわざ来るなら、死んでほしいって言ってくれたらいいのに。そんな、意味のない期待をする。
「ごめんね、こんなところまで。見つかると怒られるかもしれないからさ。あまり人気のない場所がいいと思ったんだ」
朔也はそう言って、林の中へと足を踏み入れた。私も後を追って林の中へと入っていく。
そんなに深くは入っていかなかった。帰れなくならないようにするためだろう。
よし。そんな声と共に、朔也はこちらを振り返った。そして、持ってきたものを全部、地面に出すように促してきた。
私は、鞄を逆さにして、中身を全部出す。すると、入れた覚えのないライターが入っていた。
私は不審に思うとともに、ある一つの可能性を考え、心臓がドクンと嫌な音をたてたのを感じた。