残酷な君と観覧車
「ちょ、ちょっと休憩させて・・・」
項垂れて情けない声をあげる朔也。こんな朔也を見れるのは私だけの特権なのだと嬉しくなったり、悲しくなったり。
悲しみを紛らわせるために、幽霊でも疲れたりするのかと考えるなど、つまらない現実逃避をしたりもしてしまう。
お化け屋敷では、朔也は自身が本物のお化けであるにもかかわらず、ギャーギャーと騒ぎまくっていた。実態がないので実際には掴めてはいないが、私にしがみついていたり。なんとも情けない姿を見せていた。
そして、出てきてこのざまである。心なしか、ただでさえ幽霊であるがゆえに青白いのに、さらに青白くなったように思える。
私は仕方なく近くのベンチに腰を下ろし、朔也が落ち着くのを待った。朔也は幽霊なので座れないが、じっとしていれば落ち着くだろう。
朔也が落ち着くのを待つ間、私は遊園地のパンフレットを見たり携帯を弄ったりした。
「ごめんね。もう大丈夫。次は何にする?」
しばらくすれば、復活した朔也から元気な声がかかった。先ほどまでの情けなさや青白さはなくなり、いつもの様子だ。
私はそのことに安堵しつつ、これから何をするかを考えた。
とはいえ、もう夕方。そろそろ帰らなければならない。
でも、このまま帰るのはなんだか寂しい。
私があれこれ迷っていると、朔也がそれを察して声をかけてくれた。
「胡桃ちゃん。最後は観覧車にでも乗ろうよ。遊園地デートっぽいでしょ?」
そう言って笑う朔也に、私はただ頷くだけだった。
観覧車に乗っている時間というのは、結構長いものだ。私が今乗っている観覧車は、一周に二十分かかるらしい。
そんな観覧車の中には、私と幽霊の朔也のみ。受付の従業員の人からすれば、私が一人で乗っていると思っているだろう。
どんどん上に上がって、下にいる人たちがどんどん小さくなっていく。それと同時に、景色はいいものとなり、私と朔也は言葉を交わすでもなく、ただ外を見ていた。
静かな時間。決して、嫌ではなかった。
やがて、てっぺんまで達し、朔也が沈黙を破った。
「ねぇ、胡桃ちゃん」
私は、どきりとした。
あまりにも穏やかな声と表情に、このまま消えてしまうのではないかと不安に駆られたのだ。
「俺、次に彼女に会えなかったら、胡桃ちゃんに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたい、こと?」
私が聞き返すと、朔也は静かに頷いた。
「内容はまだ言えないんだけど、お願いできないかな?」
内容は言えない頼みなんて、簡単に引き受けていいのだろうか。
一瞬、そんなことを思ったりもしたけれど、朔也の頼みだ。私に断る理由はない。何より、私が自分で言ったばかりだ。「力になりたい」と。
私は少し考えた末に、「わかった」と静かに答えた。
内容が言えないくらいだから、私にとって良くないことであることは、なんとなく察してはいたけれど。せめて今だけは、「わかった」と答えておこう。
それから、地上に降りるまで、ゴンドラの中はまた沈黙が流れていた。
そういえば、朔也は次はいつ、彼女に会いに行くのだろう。やはり、明日だろうか。それとも、「次に」なんて言い方をしたから、少し先のことになるだろうか。
でも、どちらにしても、私には大差ないことか。朔也には悪いが、奇跡は起きないと思う。朔也が彼女に認識されるという奇跡は、今さら起きないと思う。
だから、朔也が彼女に会いに行くと言った日、私は覚悟を決めなければならないのかもしれない。
朔也によくない頼みごとをされる、その覚悟を。