残酷な君は幽霊に
小さい頃からずっと、彼は私のそばにいてくれた。
私より五つ年上で、いつもにこにこしていて、頼れるのか頼れないのかよくわからないような人だったが、昔から私は彼が好きだった。好き、といっても、はじめはお兄ちゃん的存在だった。言うならば、兄弟愛のような『好き』だろうか。
だけど、そんな私の想いを彼は裏切った。
中学二年生のとき、彼は私にキスをした。あまりにも突然の出来事で、理解するのに時間がかかった。私はずっとお兄ちゃんとして慕っていたから、彼の行為にひどく傷ついた。
ただ、そんな彼を恋愛感情として『好き』になるのに時間はかからなかった。キスによって意識してしまっただけの、ただ流された感情かもしれない。
それでも、私にとっては『好き』という感情だ。
彼に恋い焦がれて三年。彼はモテるため彼女がいたが、コロコロと代わって、長続きする者はいなかった。長続きしたのは、私だけだ。私はあのキス以来、彼と男女の関係を持つようになった。
でも、それは『二番目の女』としてだった。私はずっと『二番目の女』で、一番にはなれなかった。それでも私は構わなかった。彼のそばにいられるなら。
だけど、彼はまたしても私の想いを裏切った。
高校三年生の夏、彼は二十二歳という若さで亡くなった。事故死だった。
しかも、私はその現場をたまたま見てしまったのだ。コンビニに行った帰りに、彼が暴走した車にはねられるところを。
私はショックで、あまり喋らなくなったし、笑うこともなくなった。今まで彼に支えられていた私は、脱け殻のように生活していた。
そんな彼の事故から二週間ほど経ったときだった。
「やぁ、胡桃ちゃん。元気にしてる?」
なんて言って、彼が現れたのは。
私ははじめ、ショックのあまり幻覚を見ているのだと思った。
「ちょっと、せっかくやって来たのに無視はないんじゃないの?」
だけど、彼がしつこく私に言ってくるので、これは幻覚ではないのだと思った。私には、彼の幽霊が見えているのだと。
「・・・本当に、朔也くんなの?」
私は彼、朔也に声をかけた。
朔也はニコニコしながら頷いた。
「いやー、ほら、突然の死だったじゃん?だから何て言うか、受け入れられなかったみたいな?だから、あの世とこの世の間みたいなところで引き返してきたら戻ってこれたんだよー。それで真っ先に胡桃ちゃんに会いに来たんだよ」
朔也は頭を掻きながらそう説明した。
その仕草を見て、すぐにピンと来た。
「・・・嘘つき。私に会う前に、彼女のところに行ったでしょ」
朔也は嘘をつくとき、頭を掻く。それに加えて愛想笑いも。ただし、愛想笑いなのか普通に笑っているのかよくわからない感じで。
だけど、私は朔也の愛想笑いを見抜くことができる。だから───・・・
朔也は私をまじまじと見たあと、笑って言った。
「はぁー、何でいつもバレるんだろ。俺、そんなに嘘つくの下手?」
朔也は嘘をつくときのしぐさを自覚していない。
「いや、下手なわけではないのか?胡桃ちゃんにしか見抜かれたことないし」
そう、私だけが朔也の嘘を見抜ける。他の誰も、見抜くことができないのに。それはすなわち、それだけ私が朔也のことを見ているということだろう。
「ねぇ、どうやって見抜いてるの?教えてくれない?」
朔也が興味津々な顔で聞いてきた。
「・・・教えない」
教えたら、見抜けなくなるじゃないか。そんなの、教えるわけない。
私の答えに、朔也は不満そうな顔をしていた。
それはそうと、彼女のところに行ったにも関わらずここにいるということは────・・・
「彼女には会えなかったのね」
私は無意識に声に出していた。慌てて口をふさぐ。
だけど朔也は気にも留めない様子で答えた。
「うーん、会えなかったっていうか、俺の存在に気づいてもらえなかったっていうか・・・まぁ、つまり、俺が見えなかったんだよ、彼女には」
笑ってはいるが、本当はすごく辛いんだろう。苦しいんだろう。一番愛している人に、自分の存在を確認してもらえないのが。
「でも、胡桃ちゃんにはこうして会えたからよかったよ。胡桃ちゃんにも会えなかったら俺、立ち直れなかったよ」
私は何だか泣きそうになった。朔也の想いを考えると・・・
だけど、それと同時に優越感も感じていた。私だけが朔也とこうして会って話せることに。最低な女だ。朔也は苦しんでいるというのに。
でも、それはお互い様だ。朔也だってひどいのだから。
朔也は私が本気で朔也のことを想っているのを知っていながら、別の人と付き合うのだから。それも、私より愛しくて大切な人と。
私は朔也のことを誰よりも想っているのに、もう、朔也の一番になることは永遠にない。死んでしまった人から気持ちを奪うことはできないのだから。死んだらそこで、時が止まってしまうのだから。
なのに、私の前に飄々と現れるのだから。本当にひどい人だ。
「朔也くん、これからどうするの?もう、逝っちゃうの?」
私が聞くと、朔也は少し考えてから答えた。
「いや、もう少しここにいるよ。もしかしたら彼女に会うっていう奇跡が起きるかもしれないし。」
ニッと笑った朔也を見て、私は切なくて苦しい気持ちになった。
朔也の言うことが現実になれば、朔也は喜ぶ。私だって、朔也が喜んだり嬉しくなったりしてくれたら嬉しい。
けど、そうならないでほしいという想いもある。こんなときくらい、私だけ特別でありたいから。