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第一話 追放された剣士

「――おい。てめえみたいな足手まといはいらねえ。とっとと消えな、ルーフェン」



「え……?」




 一子相伝の暗殺剣術【黒獅獣剣こくしじゅうけん】――。




 約千年もの間継がれてきた暗殺剣の継承者は、末子ばっしの僕ではなく、長子であるシドが相伝者となった。




 相伝者が決まれば、その他の門下生――つまり僕と、今しがた僕を突き放した次子ガルザに居場所はない。



 そして相伝者であるシドは、





「——俺はこれから〝外〟に出る。そして、この俺が最強であることを世に知らしめる」





 そう豪語した兄者は、きょう、ここを旅立つ。



 だから、当然、行く宛のない僕は、新たなる黒獅獣剣の相伝者となったシドについていこうとしたのだが……。





「そんな、どうして僕は一緒にいっちゃダメなの!?」




「おいおい正気か? 殺されなかっただけ運がいいと思えよガキぃ。普通なら相伝者が決まった時点でその他の俺らは殺されることになってんだ。それを、兄者が掛け合ってくれたからこうして生き延びて――」




「ち、違うって、その話は聞いてないんだ! もう何十回も聞いてるから知ってるよ!!」




「あぁ? うっぜえなクソが。じゃあなにを聞きてえんだてめえはよゥ」




「ぼ、僕が……どうして兄者たちについていっちゃダメな、理由だよ……」





 鋭い眼光に睨めつけられて、一瞬言葉を失った僕だったが、湧き上がってくる焦燥感に後押しされて言を紡ぐ。



 しかし、そんな僕の勇気も裏腹に、ガルザは鼻で嗤った。





「てめえがよえぇからだよ、自覚なしか? 実にシンプルな答えだろーが、才能なしのドベが。これから天下を取るであろう兄者の背中を、てめえなんかが追えるかってんだよ。

 つーか邪魔だろ、路傍の石ころ以下だってことにいい加減気がつけよ、ルーフェン」





 ガルザのまくし立てた言葉に、僕は胸を締め付けられた。

 苦しくて息ができない。

 



 ――確かに、僕に才能はないのかもしれない。




 一通りの剣術は教わった。技巧も生きる術も殺す術も何もかも叩き込まれた。




 だけど、兄者たちのように技の冴えもなければ、稽古で一度だって白星を掴んだこともない。




 そんな僕を才能なしと呼ぶのなら、そうなのだろう。否定はできない。




 だけど、義理とはいえ、物心つく前からずっと一緒だった兄弟に、そこまで言うことはないだろう。




 しょせん僕たちは、相伝者を争うだけの敵同士(兄弟)だったのかと、突きつけられているようで……。





「兄者は強くなる。もっと強くなる。俺らじゃ手の届かねえ域で、とんでもなく強くなる。それを見届けるのにも、ある程度の強さはいる。てめえじゃ全うできねえ、その前に干からびるだけだ。

 だからこれは――優しさでもあるんだぜ、末弟ルーフェン




「っ……」





 何も言えない僕は、溢れそうになる涙を堪えることしかできなかった。




 尚も続くガルザの羅列を止めたのは、道場の方角から悠然と足を進めるもう一人の兄者シドの姿だった。


 


 長子であり相伝者であるシドの前では、さすがのガルザでも軽口は叩けなかった。





「何をしている。行くぞ」




「……あいよ。準備はできてまっせ、兄者」





 多くない荷物を肩に担ぎ、僕の二倍はある背丈の兄者シドは、一瞬だけ僕の方をみて……すぐに視線を前へ移した。



 それから有無も言わず、階段を下り始める兄者と、





「――んじゃ、あばよ。精々のたれ死なねぇようにがんばりな」





 中指を突き立てて、シドの背を追っていくガルザ。



 ひとり残された僕は、誰もいなくなった境内で、膝を折った。





「ぅ……ぅぐ、ぼく、は……っ!」





 悔しかったし、辛かったし、何よりも惨めだった。



 僕はこの十三年間、いったい何のために生きてきたのだろう。




 三歳の頃に刀をもたされ、それから十年間必死に振り続けてきた。




 何度も死ぬような思いもしてきたし、実際何人かの門下生は死んだ。

 



 みんな孤児だから、この場を追い出されぬよう必死にがんばった。がんばって、結果僕ふくめた三人しかのこらなかった。




 兄者シドが相伝者になったのだって、異論はない。




 僕も、ガルザも、他の死んでいったみんなも、彼のことを認めていた。だから、シド以外に適任はいないって、心の底から思ってる。




 だけど、だけど――





「――泣いている暇なんてないぞ。時間は有限だ。立てい、ルーフェン」




「し……師匠……」





 いつの間にか背後に立っていた初老の男が、隻眼を細めて言った。



 葉巻を口に咥え、眼帯で片目を隠した師匠は、威圧感を滲ませるように腕を組んでいる。





「相伝者に選ばれたかったのだろう? シドを認めてはいるが、己にも可能性はあったはずだ、と」




「そ、それは……」




「何も烏滸おこがましいことではない。むしろ誇ることだ。胸を張って堂々と言ってやればいい。

 ――この俺こそが相応しい、と」




「で、でも……僕は」




「腑抜けるな阿呆。貴様は戦うまえから既に敗れているのだ。だからガルザにも勝てぬ」





 紫煙と共に吐き捨てた言葉の意味を、理解することは難しかった。



 戦う前から負けてる……? それはいったい……。





「それがわからなければ、貴様はいつまでも腑抜けのままだ。才能を己で殺してしまってはもうどうしようもない。

 シドを殺してでも相伝者の資格を得るぐらいの大事も吐けぬ器では、この先も辛かろう。

 ――つまりは、だ。ルーフェン……貴様は、与えられたチャンスを無碍むげにしてここで、死ね」




「――な、にを……?」





 言葉の理解が難しいとか、そういう理屈のまえに。

 僕は咄嗟に腰の刀を抜いて構えていた。



 冷汗が滝のように背中を伝う。

 凄まじい殺気が場を支配している。



 一歩でも前に踏み込んだら、不可視の刃で全身を穿たれる……そんな現実なのか妄想なのか、もはや区別のつかない曖昧な意識に囚われていた。





「言葉通りの意味だ。あやつはなぜ、他の門下生の命を奪わせなかったか。その理由を教えてやろう。それは――」





 意識が遠のき始めた。もはや師匠の言葉など聞こえない。



 ここで倒れてしまえば僕は、死ぬ――

 そんなのは、嫌だ。認めたくない。

 



 なら、僕は――()()()()()()()()()()()()()()()()()





「ふん――いい面構えだ。いやはや懐かしい……貴様の父にそっくりだ」





 何事か師匠がうそぶいた。聞き取る余裕などない僕は、全神経をこの一瞬に捧げて――





「来い、ルーフェン。貴様の可能性を魅せろ」




「――ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!!」





 一歩、踏み込んだ刹那に――全速力で僕は、()()()()()

 




「――……は?」





 師匠の間抜けた声を背に聞き届けながら、全力で気配を隠し、足音を消して、息を潜める。




 呼吸すら忘れ、必死に足を前へ前へ動きつづけて――



 僕は、この十三年間で身につけた技法全てを費やして、逃げた。




 

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