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コアな貴女に読んでほしい!辺境の異世界(恋愛)短編

ただ美しい情景が書きたかった〜光に焦がれ闇に囚われた私の話〜

作者: 絹ごし春雨
掲載日:2020/09/02

「ああっ」

 私の瞳から勝手に涙が溢れでる。胸が痛い。もうあの人に会うことは——出来ない。



——魔王様が敗れた。

 風が吹き、花が舞い、喜びの声が上がった。


 その知らせを喜んだのは、人間だけではない。魔族もまた、喜んでいた。

 別に自分が魔王になろうとかそう言った話ではないのだ。

 魔王、それは全てを生み出す闇の象徴。彼、もしくは彼女は代替わりする。

 それを喜んでいるのだ。


 私は人型がやっと取れる程度の下級魔族だった。魔物と精霊の混ざったような力のない。

 

 何を悲しむことがあろうか。否、悲しむことなど許されていない。

 魔王は代替わりするごとにその力は強くなる。

 

 それなのに。


 周りの魔族たちは憤慨した。

 そうして、あっという間に私は捕まった。若草色の髪を掴まれて新しい魔王様の前に跪かされる。

 

「どうか、この不届きものに粛清を」

 居丈高に言い放ったその男は、次の瞬間、肉塊と化した。


「うるさい。黙れ」

 魔王様の些細な感情が刃となって襲ったのだ。


 地の底から響くような声に、見世物のように集まっていた魔族たちが散っていく。

 その場には、転がされた私だけが残った。


 私は起き上がり、魔王様を不躾に観察する。

 どうせ、彼の機嫌を損ねれば、この首は飛ぶ。


「どうして泣く、娘よ」

 漆黒を纏った彼は落ち着いたらしく、思いの外その声は優しげだった。

「もう会えない人のために泣くのはおかしいでしょうか」


「おかしくはないな」

 彼は静かに答える。


「私には、お慕いしている方がおりました」

「死んだのか? ならば忘れればいい」


 私は首を振る。

「別の娘と結ばれたのか? それなら仕方あるまい」


 私は首を振る。


「それでは、遠くに行ったのか? そもそも想い合っていたのか?」


「どうこうなろうと思いません。ただ近くにいるのに、会えないから苦しいのです。その方は死んでしまったのでしょうか?」


「謎かけか?」

 要領の得ない話だ。それに、魔王様は食いついてくださったらしい。


「私は、死にたいのです。魔王様あなたさまの手で」


「理由を話せ」

「私のお慕いしている方の名は、アレクシスと」


魔王様の目が見開かれた。


「……お前が言うアレクシスとは人間か? なぜ、魔族であるお前が人を愛す?」

「私は、ほんの少し遠見をする力があります。その力を使い先代の魔王様に仇なす者を見ておりました。そのうちに気づいたのです。私は、ずっと彼のように生きたかったと」


続けよ、と魔王様は言った。


「私は、強く生きたかった。たとえこの身が魔の者だとしても、誰かのために、手を差し伸べられる者になりたかった。流れに逆らってみたかった。そして何より後悔しているのです」


「後悔?」


「私が、命を捨てて彼に会いに行ったなら、何かが変わっていたのではと」


 魔王様は沈黙した。頭を押さて何やら考え込んでいる。


「過ぎたことだ。それに、私の魂は喜んでいる。お前が生きてこの場にいることを」


「それは……」

魔王というのはこの世の真理の一つなのだ、と彼は言った。


「真理に近づいたからこそ、受け入れられる真実もある。かつてのアレクシスはお前の愛を理解しなかっただろう」

目を伏せれば呼びかけられた。


「お前、名は?」

「リーンと申します」


 リーン、と魔王様は噛みしめるように呟いた。

「リーンよ。お前に興味が湧いた。私はお前を殺さない。代わりに庇護を、祝福をやろう」


「……ありがたき幸せ」


「この世の終わりのような顔をするでない。アレクシスを愛してくれてありがとう」

 魔王様は微笑んだ。その顔は、色彩は違えども、ずっと想っていた勇者の笑顔と同じに見えた。


 私は、ただ涙を流した。

「アレクシスは、たった今救われた。お前によってな」

 魔王様は言葉を紡ぐ。

「終わりの次にくるのは、始まりだ。だから先に終わりの話をしよう、アレクシスの話だ」

 聞きたいか、と問われて頷く。


「あれは、全てを恨み、今まさに闇に堕ちるところだった。私も然り、私の一部である魂が堕ちればこの身も危うい。またしても暴走し、人を殺めるために指示を出すところだった」


「あなた様は、その……」

どのような存在なのですか? という言葉は形にならなかった。けれど、察してくれたらしい。


「魔王とは、そもそもが何者で合ったのかは知らぬ。ただ、神の端くれであり、この身は魂が混じりあっている」

「魂が混じる?」


さよう、と彼は続けた。

「自我を保つのが難しいのだ。私が誰であるか、私が一番知りたい」

「だから人を襲うのですか?」


否、と彼は首を振る。

「それは違う。この身に宿る先代の勇者、先先代の勇者、そしてアレクシス……彼のものたちが、憎悪に染まった時、破壊のみしか考えられなくなる」


私は身を震わせた。

「恐ろしいか」

「とても悲しいことです」


魔王様は目を伏せた。その口元は微笑んでいる。

「お前は優しい。私は賢王でありたいと願う。この願いが誰のものであるかはわからない。ただそう思う」


この魔王様は優しくて悲しい。

「そんなことを仰らないでください。誰のものであるかなんて。それが、それこそがあなた様なのではないのですか?」

気がつけば私の口から言葉が零れ落ちていた。


「少なくとも、私には、あなた様がとても優しい方に思えてなりません」


これは、本心だった。


始まりの話をしよう、と彼は言った。


「私はお前を、リーンを慈しもうと思う。祝福を与え、傍に置く。自らが狂わないために、リーンを利用するのだ。アレクシスが好きであったお前には酷な話だろうがな」


 いいえ。私は首を振った。

「ならば私は、アレクシスの魂ごと、あなた様を愛しましょう」

 この言い方は良くない。

「私は、少しお言葉を頂いただけで、あなた様に惹かれております。そこにアレクシスの魂があるからではなく、目の前にいるあなた様の力になりたいのです」


「ありがとう」

 彼は、私を手招きする。

 私は涙でぐちゃぐちゃだった顔を擦り、どうにか身を整えようとする。


「擦るでない、跡になる」

 彼は、私の手を引き剥がした。

「美しい色だ。私の失った色」

 魔王様は私の金色の瞳の縁を愛しげに撫でる。

 彼の髪も瞳も今は闇を体現している。


「魔王様……」

「感傷ではない。嫉妬していた。この瞳が金に焦がれたことを思い知らされたようで、な。だがそうでなくばリーンはここにはいなかった。そう思えばこの色も悪くない」


「前向きなのですね」

さもあらんと彼は笑った。

「でなければ、愛そうなどとは言わないさ」


「リーン」

 その低い声が名前を呼んで、額に口付けが落ちる。

「リーン」

 彼は呼ぶ。その声はさらっとしているのに焼けつくようだ。すがるように、甘えるように、慈しむように、どこまでも追いかけてくる。


 逃げられないと想った。

 胸がキューっと切なくなって、いっぱいになる。


「魔王様」

 きっと私はこの人を愛するようになる。これは予感であって確信でもある。

「私はあなた様に、幸せになって欲しいのです」


 彼は、驚いたような顔をして、それから笑った。

 


 私は、その日、優しい闇に囚われた。



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