8、夢
「いやあびっくりしましたよ!美少年が入ってきたかと思えばいきなり部屋に火をつけて!もーう僕痺れました!それがまさかの僕より下位のランクの子達だなんて!びっくりあんなつよーいのにね!」
ローブの男はまあよく喋る男で薬や魔法で回復するとすぐさま饒舌になり部屋であったことを全て話し始めた。こいつ今からでも永遠の眠りに…。
「ゼロどういう事だ?」
ホランドが悲しそうな捨てられた子犬のような表情でこちらに歩いてくる。
「どうしてあの時本当の事を言わなかったんだ?」
ずるい男だ。私が昔からあの表情のホランドには抗えない事を知っていてあの表情でこちらにくるのだから。
「いやぁ、あはははは。」
私は頭を掻きながらこの後どうするか悩んでいた。
「とにかく皆帰って来れたっすね。言う事を本当に聞かないけど頼りになるっす。ほらどうせあんまり寝てないんでしょう。今日はゆっくり休むといいっすよ。」
ホランドとの間にお兄さんが入ってくれて手に何かを握らせてくる。金貨だ、しかも結構な額。
「いやこれは!」
「10人以上助けたんだから妥当っすよ。しかもあのホテルの中の魔物も全部倒してくれたし。少ない位っす。とにかく今日もギルドの宿泊施設使ってください。それじゃ後処理あるんで!」
お兄さんは颯爽と走って職員さんの元に戻って行った。私もホランドが呆気にとられている内に走って宿泊施設に向かった。
「ゼロ後で覚えてろよ!」
遠くからホランドの声が聞こえたが聞こえないフリをしてそのまま走った。
暗い、飲み込まれそうな程深く暗い闇。ここはどこ?歩こうにも足が重く中々前に進まない。
「こっちだ。」
遠くにホランドの声が聞こえた。目をこらすと頭上に豆粒程の穴があいていてそこから微かに光が射している。声はそこから聞こえたらしい。私はその光を目指して腕をあげた、すると後ろから黒い腕に羽交い締めにされ耳元で囁かれる。それはそれは優しい男の声だった。
「お前だ。お前に決めた。ずっと待っていたのだお前のような人間を。目の前にいる全員を救えると信じて疑わない傲慢で愚かな人間の女。」
囁く優しい声とは裏腹に私を締める腕は強く骨が折れそうだ。後ろを向けないので顔は見えず確認できるのは黒い腕と黒いヤギの角。
私の事を傲慢で愚かしかも女だと。恐怖で震えそうになるのを必死で堪える。震えていると後ろの奴に気付かれるのが癪だ。
「お前が作り上げた自分、その強さと正しさを俺の手で全て壊してガラガラと崩れ落ちてゆく様はこの世のものとは思えぬ程美しいだろう。楽しみだな。また会おうその時までせいぜいその傲慢さを失うなよ。」
腕から解放されすぐに後ろを向いた。そいつは既に闇の中に入り込んでいてやはり腕しか確認出来ないが、持っていたものに驚いた。黒く長い髪の毛を持っている。それを見た瞬間、何故か私の髪だという言葉が脳裏をよぎった事が気味悪い。
「待て!」
そいつは待つことも無く闇へと消えた。頭上にあった豆粒程の光は消え私は完全に闇に取り残された。
「待って。」
「おい!ケイト!大丈夫か?」
目を開けると酷く動揺したホランドが目に入った。普段と違う表情に少し笑ってしまう。
「大丈夫。私そんなに寝てた?」
ここはギルドの宿泊施設か。私は部屋に入るとすぐに眠ってしまって。あの夢を見たってとこかな。
「いや2時間位だ。ひどくうなされていたぞ。魔物の瘴気にあてられたのかもしれない。とにかく安静にしろ。」
「そっかありがとう。じゃあ明日クチナシへ行こう。今日は休むよ。どうせフランのギルドはホテルの件で他のクエストは全て止まっているし食堂で適当に次の国を決めよう。」
「ああ。」
ホランドはいつも私の意見を聞いてくれるが、なんだかいつもと違う声色だ。不満があるのかもしれない。
「ホランド不満があるなら言って?」
あれだけゼロだと言いながら何かを聞き出したい時にケイトを出してしまう私は本当に浅はかな女だ。
「ないよ、不満なんかない。ただお前が傷付く事が怖い。」
ホランドが真っ直ぐに言う。なんだか人から心配してもらえるのは久しぶりな気がして嬉しい。ただ掴まれている腕が痛い。
「大丈夫、私は強いから。」
笑顔で言う言葉は本心だ嘘はない。さっきの夢を思い出す。あいつは傲慢だと言ったがその為に私は強くなったのだから、偽善でも傲慢でも構わない。
「分かった。」
ホランドは顔も見ずにベッドに戻った。あまり心配させないように気を付けよう。あの夢だってただの夢、自分の脳が勝手に見せるものだ。
「いらっしゃいませー。こちらへどうぞー。」
昼過ぎのクチナシはランチ時のピークを過ぎてもお客さんが外まで並んでいた。1時間程並んでようやく中に入る事ができた。ここの名物はオムライスとハヤシライスのようだ。良いとこ取りのオムライスにハヤシライスのルーが乗っているものの大盛りを2つ頼んだ。
「ホランド次はどこに行こうか?なるべく遠くを目指したいんだが。」
料理がくるまで机に地図をひろげる。ここに来る前に露店で買ったものだ。朝から図書館やギルド、酒場等で情報を集めたが妖精の話は1つも出てこなかった。なので次は本当に適当に決める事になる。
「ああ、だったらなるべくこの世界の奥地に行くか。」
「奥地ってなんだ?」
「王都から遠ければ遠い程その地の情報は入ってこないから、行ってみないと分からない。まあ簡単に言えば王都の色に染まっていない分、地域色が濃いって事だ。」
「なんだか楽しそうだしそうしよう。うーんじゃあここだサンラ。」
「ならそこの近くまで転移魔法で連れて行ってもらおう。ギルドに行けばさすがに1度行った事がある人がいるだろう。」
転移魔法は魔法使いが1度行った事がある場所に使える便利な魔法だ。
「じゃあご飯を食べたら行こう。」
「ああ。」
「はい、お待たせしました。オムライスでーす。」
オムライスとオニオンスープが置かれた。フワフワとろとろの卵にハヤシライスのルーがこれでもかとかかっている。スプーンを握りしめて一口頬張った。
「美味しい!」
フワフワの卵と新鮮なトマト味のルーに中のチキンライスはまさかのガーリックでチキンはゴロゴロ大きい。何もかもが美味しい。
「ふっ今完全にケイトだったぞ。」
ホランドが笑いながら言う。そういうホランドも美味しさにびっくりして目を開かせていたくせに。
「いいんだ。別に私は私だ。腹立つからここはホランドの奢りだ。さーてデザートはどうしようかな。」
「おいおい、近衛兵の安月給舐めるんじゃないぞ。」
「あはははは。」
オムライスを食べる手が止まらず、皿の上のオムライスが減っていくのが悲しい程だった。結局、デザートのパフェをたいらげて店を出た。
「えっ嘘でしょ。」
店の前に居た2人の人物を見て私は絶句した。
「お迎えにあがりました。」
「姉さんやっぱりホランドの野郎と。それなら僕と、僕と旅に出てくれても良かったじゃありませんか!姉さん聞いてます?ああ、オムライスを頬張る姉さんさながらリスのようでとても愛らしいお姿でしたね。ふふ、姉さん、姉さん、僕改めて姉さんと離れて姉さんへの愛が募りました!姉さん僕の気持ちを、モぐ、ん。」
そこに居たのは第二王子のウィンターと口を塞がれたタイムだった。