39、大事なこと
ノックをしようとした手を一度引っ込める。ホランドに会う為にここまで来たのにどうしても勇気がでない。ふうと大きく深呼吸をしてから拳を握りノックをして声をかけた。
「私ケイトよ。ホランドあなたに謝りに来たの。」
扉の向こうから椅子をひく音がして靴音がこちらに近付いてきた。ホランドが扉を開けずに言う。
「謝る必要はない。お前の見た通り情報を魔物に流していた事は事実で間違っていない。」
「ねえ扉を開けてくれない?今度はちゃんとホランドと向き合って話がしたいの。」
「無理だ…ケイト…どうしてここに?ここにだけは来てほしくなかった。妖精の国がこんなに寒く悲しい場所だなんて知って欲しくなかった…すまない今日は疲れた。お前も休め。」
その後何度声をかけても返事が返って来る事はなかった。どこからともなくメイド姿の魔物が現れ部屋に案内された。王都の客間に近い綺麗な部屋でここが私の部屋だと言われた。ベッドと簡単なバスルームがついている部屋。
それから数日何度ホランドに会いに行っても帰れと言われるだけで話もしてくれない日々が続いた。
そんな日々が続いて数日ライムが部屋に訪ねてきた。
「散歩?」
「ああ。暇だろう今まであくせく働いていたお前には。」
「えっとじゃあ行くわ。」
だが外に出ても寒い荒野が続いているだけで特に美しい景色が現れる事もなく、ここが妖精の国だという事を信じたくない気持ちだけが湧き上がって散歩中の景色もライムの話も何も頭に入って来ない。
「ケイト。」
ライムが急に立ち止まり目の前に立つ。さすがに話を聞いていないのが分かったのか少し呆れたように息を吐いた。その後私の肩に手を置いて深く息を吐いたり吸ったりしてから私の瞳を見て話し始めた。
「1つだけ大切な話があるんだ。これを言えばお前を傷付けてしまうと思うが大事なことだから話しておく。」
ここは例の湖の跡地だ。私は唾を飲み込みライムを見上げる。何を言われるんだこれ以上。正直もう充分に辛い状況なのにまだあるのか。
「悪魔は元々天使だったいわゆる表裏一体の存在だ。魔物もそうだ。」
「魔物が何と表裏一体の存在だと言うの?」
「妖精だよ。」
音がした。ガラガラと何かが崩れ落ちていく音。私の身体や脳内でかたちあるもの全てが崩れていく音。
私が今まで信じてきたものは…魔物は人を襲うでも妖精は人を祝福し護ってくれるその存在を私はこの手で殺し続けたというの?
実際ホテルで魔物は人を…でも妖精?
「ケイト知らなかったのだから仕方ない。お前は自分の正しさを貫き人を守り妖精を殺したそれだけの事。」
知らなかったから、知らなかったから最近そればかりだ。知らなかったから幼馴染みを見捨てた…知らなかったから妖精を殺したそれで済むの?
「何故?どうして今それを私に?」
「以前言っただろう。お前の強さと正しさを壊しお前の中にある目の前にいる全員を救えるという考えを捨てさせる為だ。いつか選ぶ時がくる誰を救い誰を見捨てるか。その選択をする日が絶対にくる!」
「なんで?どうしてライムに…お前にそこまで言われなければならない?」
「優しいからだ。俺は優しいから本当の事を教えてやってるだけだ。」
優しい?こいつは狂っているのか?分からないでもおかしいのはこいつ?それとも私か?
婚約したのは家の為、旅に出たのはお爺様との約束の為、なら今は?なんの為にここに居る?こんな辛い場所に何故留まる?分からない!もう何も分からない!私も狂っているのか?ああ、もう本当に分からない!分からない……。
「……ああ、そうよ。ねえ妖精が魔物だなんて嘘よね?ねえお願い嘘だと言って?ねえ!」
「嘘じゃない。俺はここで嘘をついたりしない。何処で誰に嘘をついてもこの場所でだけは嘘はつかない。」
と言うライムは強く拳を握っている。その拳から血が流れ出してもそのまま握りしめている。
はあはあと荒い息遣いが聞こえこれが自分の息遣いで、私はちゃんと生きているのだと気付いたら冷静になった。ここに居るのはホランドの為。そうだ目的を見失うな。一点集中だ!しっかりしろ他は見るな!
「闇が深いな。ここは一段と闇が深い。」
ライムは湖の跡地を見てただそう言った。
ゴードン様は手紙を読んだ後顔を真っ赤にして怒っている。父様は悲しそうに微笑みサマーを呼んでくると言い残し談話室を後にした。タイムは俺の横でさっきよりは落ち着きじっと座っている。
「ゴードン様、私がもっと早く気付いていればすみません。すぐに探し始めます!」
「気にする必要はない。とにかくこうなってしまったものは仕方ない。」
「すみません。」
「ケイトならこうすると分かっていたのに。私とタイムの方が責任が重い。お前も分かっていただろうこうなるって。」
「……さあ?」
「まあいい。それよりどうするか考えよう。まずケイトの居場所を把握しどうにかして取り戻す。」
「ですがどうやって?姉さんは服も着替えネックレスを置いて行きました。ここに繋がるものは何も持っていかれなかった。」
「そう…だな。」
ゴードン様が俯き考え込んでしまう。それに場所が分かってもケイト様に戻る意志がなければきっと上手くいかない。ケイト様はいつもどこにもいない気がして会えなくなったらもう二度と会えなくなる気がして。
「…ケイト様の所有している全ての服に発信機をつけさせてもらいました。」
「な!なんだと!ウィンターどうして?」
「いつか消えてしまうと思ったからです。きっといつか全てを捨てていなくなってしまう気がして。」
「とにかくそれを追うぞ。」
ゴードン様はそれ以上俺を責めることなく発信機の信号を見ている。
ケイト様どうか戻ってきてください。どうか俺の元へ。




