29、合同鍛錬
「おかえりなさいあなた。今日は休みだったのに何があったのですか?魔法の手紙で王はとても慌てた様子でしたが。」
「ああ発端は近衛兵の合同鍛錬だよ。」
「合同鍛錬?タイムはずっと家にいましたけど。」
「はははあいつらしいな本当に。タイムは馬鹿だがとても賢い。我が息子ながら洞察力と理解力は王都で1番だろうな。今日起こる事が見えていたのだろう。」
「ふふそうね。昔から絶対にタイムの前では嘘をつけませんからね。」
そう発端は合同鍛錬だった。
「助けてゴードン!早く城に来て!」
珍しく休日に魔法の手紙を飛ばして来るから何事かと城に向かったが来なければよかったと深く後悔した。
「どういう状況だ?」
「どうもこうも無いよ!」
王は慌てた様子で魔法をかけ続けている。端的に言えばホランドとウィンターが近衛兵の合同鍛錬で練習試合をしているだけなのだが…ほぼ殺し合いに近い。
「ちょっとゴードンどうにかしてよ!」
「お前の息子だろお前がどうにかしろ。」
なんだか頼み方にイラついたので帰る事にする。
「ちょっと待ってください。お願いします止めてください!」
「止めてと言われてもな。見てみろあの2人完全に瞳孔が開いてるぞ。」
「だからまずいんだよ!見て周りを!」
確かに近衛兵の隊員達は慌てて避難していて隊員達や城内の者にホランドとウィンターの魔法や剣が当たらないように王と第一隊の隊長が2人で必死に魔法壁を張っている。なんだか2人の形相に笑ってしまう。
「ゴードン!この状況で笑えるのは君だけだよ!ねえ!」
「まあ待て聞いてみるから。」
「ちょっと!別に2人の話なんて聞かなくていいから止めて!ちょっと早く!」
王は無視して魔法で2人の話を聞く。魔法壁の中で叫んだり話したりしているようだ。
「王子!俺はあなたを許さない!拐われると知っててあの街に行かせた事、許しはしない!」
そう言って強く剣をふった。風を斬る音が聞こえる。ウィンターは涼しい顔をして受け流した。
「だからその件については苦渋の決断だったと何度も言ったでしょうあなたも物分りが悪い。王都では事が大きくなっていたんです誘拐も多発し薬物も恐ろしいものだと情報が出回ったから皆恐れてしまって。俺もケイト様を愛していますあの街に行かせるのも嫌だったと言っているじゃありませんか!」
ウィンターは魔法が得意だから主力の攻撃は魔法で先程からちまちまと撃ってはホランドを追い詰めて剣をふっている。ホランドは真正面から剣でウィンターの剣を受けて力で押し返している。
「それに以前も言いましたが俺が一緒ならケイト様は拐われなかったです!魔法防御は完璧ですから!あなたと違ってね!」
「なんだと!」
ホランドが叫びウィンターに突進するがやはり避けられる。一辺倒の力技ではウィンターに傷を付ける事さえ不可能だ。かといって魔法に頼るウィンターも今のところホランドに手も足も出ない状況が続いている。
「さっきからちょこまかと。」
ホランドが先にイライラし始めた。こういう場合感情を乱された方が負けるというのがセオリーだがホランドは怒りで力を増幅させている。
「俺が第二隊に配属された理由は俊敏さと偵察、魔法防御、魔法諜報が学年トップだったからですよ。」
今私が使っているのも魔法諜報の1つだ。余裕の笑みを浮かべウィンターが言う。
「逃げるばかりでケイトを守る事などできるものか!腰抜けめ!」
それに対してホランドは怒ってばかりで不利な状況に追い込まれつつある。怒りで状況を処理できなくなればホランドは負ける。
「ケイト様は強い人です!それにあなたとタイムは何があってもケイト様を守るでしょう!だから無理を言ってタイムについて行かせたんです!それに本当は俺が行って守りたかった!でも立場的に出来ないから…。」
今まで表情を崩さなかったウィンターが悲しそうに俯いた。ホランドは隙を見せたウィンターをあえて攻撃せず叫んだ。
「愛する人を最初から危ない場所に行かせる奴なんて信用できない!あそこで何があったか知らないくせに!貴様もサマーと同じだ!」
ホランドのこの挑発にウィンターはまんまとのせられ魔法の撃ち方を変えて乱射している。一気に状況が急転した。冷静さ失ったウィンターはこのままでは負けてしまうぞ。だいたい喧嘩の理由はわかったし止めてやるか。私が王を見て頷いたので王がほっとしたように息をつき笑う。
「良かったゴードンやっと止めてくれるんだね。」
「ああ。大体分かったからな。」
そして魔法壁の中にいる若い馬鹿2人に魔法をかけた。その瞬間2人はばたりと倒れ眠った。目の前の相手にしか意識していないからか簡単に魔法がかかったようだ。
「ああ良かった。ありがとうこの世で君のこの眠りの魔法が1番好きだ。安全ですぐに場が収まるから。一時はどうなるかと。」
王と第一隊の隊長がぐったりとその場に座り込んだ。魔法壁は割と疲れるからな。第一隊の隊長は頭を下げ屯所に戻ると王に告げとぼとぼと力なく歩いていく。その背中を見届けて王に報告を始めた。
「とりあえずホランドが喧嘩をふっかけたようだ。ウィンター王子がケイト誘拐の原因を作ったらしい。」
「えっケイトをそんな危ない目に遭わせるなんて!ウィンターの奴!」
王が子供のように怒りだした。確かに腹は立つがウィンターはケイトとタイム、ホランド全員を信じてあの街に行かせたのだと先程の言い争いで確信した。薬物に絡んだ者達を一掃できるかの大事な場面なのに近衛兵は動かせないそんな状況で信用している人物に行かせたはずだ。
「だがタイムも知っていたしあいつも同罪だ。ウィンターは子供ではないちゃんと考えて正しい答えを選ぼうとしている。」
「最初は普通の手合わせだったのに。だんだん激しくなって早めにゴードンを呼んで本当に良かったよ。」
「呼ぶなそんな事で。でこの馬鹿2人はどうするんだ?」
「話を聞くよ。それぞれ別で。ウィンターは君がホランドは私が話を聞いてみよう。肉親じゃないから話せる事もあるだろう。」
「分かった。じゃあ起きる前に転移させよう。ホランドは談話室で良いか。ウィンターはボールルームでいいな。」
「うん、ありがとう。じゃあ向かうよ。」
2人を転移させる。私も眠るウィンターと一緒にボールルームに転移した。疲れているのか全く目を覚まさないので軽く治癒の魔法をかけて1時間程待ってやる事にした。
「あれ俺はここ…ああやっぱりゴードン様。」
目を覚まして辺りを見回し私の姿を見て納得したように微笑んだ。さすがに落ち着いているようだ。
「落ち着いたか?」
王と一緒で2人の時は言葉を崩すようにしている。ウィンターはいつもの胡散臭い笑顔でニコニコと話す。
「ふふ私は最初から落ち着いていましたよ。ゴードン様の魔法のおかげで疲れがとれました。お手数をおかけして今日はありがとうございました。」
「王から話を聞けと言われている。何があったか話してくれ。」
ウィンターはいつもの笑顔で淡々と話す。
「そうですね。簡単に言えば膿を出してあげようと思ったんです。ホランドさんは色んなものを溜め込んでいるように見受けられたので。」
「それなら何故お前まで真剣になったのか理由をお聞かせ願えるかな?」
これまで笑顔で話していたウィンターの表情がほんの僅かに崩れた。普通の人間なら分からないだろう小さな変化だがそこをつかれると痛いようだ。少し黙り込み私が相手だからかすぐに観念したように話し始めた。
「それは…私も色んなものを溜め込んでいたという事でしょうね。見ないふりをしていましたがいつの間にかたくさん溜めていたようです。」
俯いてしまったウィンターが小さな声で言った。やはり何かあるようだ。
「ここからは王に報告しない他言しないから言ってみろ。」
ウィンターが顔をあげ堰を切ったように話し始めた。
「ゴードン様、私はずっとサマーが羨ましかった。努力もせずにあの場所に居続けていつも父やあなたに気にかけてもらえてケイト様の婚約者で。王には興味がないんです昔からずっと私は別に日陰者でよかったそれは本当です。でも父やあなたの瞳に映らないのは悲しかっただから努力したんです。なのにあのサマーは何も知らないくせにこうなった今、突っかかってきてケイト様を返せとか薄情者とか顔を合わせる度に罵ってくる。」
「ああ耳には入ってきている。お前はいつも受け流していると。」
「ええ相手にはしていません。でもあんな幼稚なサマーが俺の欲しいものを努力もせずに全て手にしていたかと思うと腹が立つんです。俺も父やあなたに…。」
悔しそうに俯いて小さな声で言う。今話している事が子供の駄々に過ぎないと自分でも分かっているのだろう。
でも泣きそうなウィンターを見て確かにこの子は小さい頃からケイトと同じで甘えず手がかからない良い子だとサマーに比べてあまり気にかけてやらなかった事を後悔した。
「ケイトがギルドに入ったのはシーナを探し虹の麓にある湖に行く為だ。ホランドは無理について行ったんだケイトが願った訳ではない今はまだただの幼馴染みだしタイムのあれは多分…本心ではないと…思う。」
「えっ?」
「ケイトは海が好きでお茶をするなら紅茶とチョコのスコーンのセットが大好きだけど甘いものより肉が好きだ。子供の頃から毒のある虫が苦手でいつも虫除けの魔法をタイムにかけてもらっていた。騎士学校に通ってた頃、練習試合がある前の日は眠れなくていつもバニラのアロマキャンドルをたいてお気に入りの妖精の絵本を読んでいた。料理は全くできず焦げの塊しか生み出さないが洗濯と掃除は好きで太陽の匂いが好きだといつも寝具を自分で洗濯している。」
「…ゴードン様、外堀は全て埋めたと思っていいですか?」
「私は娘自慢をしているだけだよ。」
「早速アロマキャンドルの贈り物をしても良いですか?」
「許可はいらない好きにするといい。娘を傷付けないなら咎めはしない。」
「ありがとうございます。」
ウィンターがニコリと笑う。胡散臭い笑顔ではなく子供のような表情を浮かべるウィンターの頭を撫でてやった。ウィンターは驚いたように目を見開いた後少し頬を赤らめ俯いた。さっきから本当に小さな子供のようだ。
「さあ王の元へ戻ろうか。あちらもそろそろ終わっただろう。」
「あちら?」
「王はホランドの話を聞いているんだよ。」
ウィンターは親指を顎にあてて少し考え、
「そうですか。私はゴードン様に話を聞いていただいて良かったです。父ではなく。」
「そうか私はいつでも話を聞く。でもいつか王にも話せるといいな。」
ウィンターの方を向いて言うと私を見て素直に頷いた。
その時、廊下の奥から王が1人で歩いて来るのが見えた。王はこちらに気付くと走ってウィンターの前まで寄ってきた。
「あーウィンター!大丈夫?怪我はない?」
「はいゴードン様にお話ししました。」
「そう良かった。ゴードンありがとう。」
「ああホランドは?」
王は困ったような顔をして、
「彼はすぐに目が覚めて私を見ると迷惑をおかけしてすみませんでしたって言ってすぐに帰っちゃった。だから話は聞けてないんだ。」
まあホランドらしいな。口下手だから誤解されるくらいなら何も話さない事を選んだのだろう。ましてや相手は王だ王子の事を悪く言えないだろうし。やはり2人共私が話を聞けば良かった。
「ともかくウィンターもうこんな事しちゃダメだからね!」
「あまりウィンターを責めるな。誰も怪我人はいないしもう終わりでいい。」
圧をかけて王を黙らせる。王は慌てた様子で頷いた。ウィンターはふふと笑っている。
「では父様ゴードン様迷惑をおかけしてすみませんでした。これで失礼致します。」
と頭を下げて屯所の方へ歩き出した。
「ねえゴードン私は子供達をちゃんと育てられてるのかな?君のとこの2人はとても優秀だしいい子達だ。ローズが居たら変わったのかな。」
「もしもの話はするな。それにどちらかと言えばうちの2人は個性的でいい子という括りには入らない。君のとこのウィンターが1番素直でいい子だよ。サマーと同じようにウィンターにも君ができる事を全てしてやればいい。」
「そうだねありがとう。」
「じゃあ帰るぞ。うちの子達が珍しく家に居るから早く帰りたい。」
「うん休みにごめんね助けてくれてありがとう。」
「とにかく一段落したから帰ってきたんだ。今日は皆で夕食をと思っていたし。」
「そうね。コリンも一緒で良いわね?」
「勿論だ。」
皆で食卓を囲み夕食をとる最中浮かない顔をしているケイトが気になり声をかけた。
「ケイトギルドに戻るのか?」
食事中に急に話をふられて驚きながらゆっくりと答えた。
「はい。シーナを探したいので。タリアに向かいます。」
「そうか1人でか?」
「それは…分かりません。ホランドがついてくると言うなら一緒に。」
「そうか。どちらにせよ気を付けなさい。無理に家を出なくてもいいのだから。」
「はい。」
「ああそれとあれだあの。」
「はい?」
「あーその王都を出る前にウィンターをお茶に誘ってやりなさい。タイムがいつも相当世話になっているようだから。」
「はあ分かりました。」
「別になってません!」
ケイトが訝しげに私を見て言う。タイムは不機嫌そうに私を見たが無視をする。そのまま何となくギクシャクしたまま夕食を終えた。
部屋に戻りベッドに寝転んで頭を整理する。そしてまたお爺様の言葉を反芻する。
「ケイト2人の話を聞いてしまったんだね。でも気にする事ない何があってもケイトは私の可愛い孫だその事実は変わらない。でももし自分について知りたいならシーナを探すといい君のルーツはそこにある。シーナを探して自分の目で見て考えなさい自分が何者か。」
5歳の時、父上と叔父上の話を聞いてしまい養女だと知って落ち込んだ時お爺様が言ってくれた事。ただ一度だけお爺様が話してくれた私のルーツの事。それから私は期待に応えられるように必死に努力してこの話をすっかり忘れていた。自由になって初めて頭に浮かんだ事。
「お爺様きっと探してみせます。」




