22、屯所
「それにしてもあの額とんでもないぞ。近衛兵の年収をゆうに越えるぞ。」
「そ、そうだよね。私あんな、こ、怖い。一度秘書として4時間働いただけで、ホランドの護衛の謝礼も含まれているとは思うけどそれでも。サマー王子が婚約金としてノワール家に出してくれた額よりも多いよ。返したけど。」
「「こ、怖い。」」
王都に向けて歩きながらずっと怯えていた。あの王子の考えている事が理解できずただひたすらに恐ろしかった。あの王子はサマー王子と違って世間知らずではないし、ちゃんとした報酬の額の相場も知っているはずだ。
途中で魔法使いと出会い王都に転移してもらったのですぐに着いた。今度は普通に少しだけお金を渡しておいた。
「まだ昼前だしこの時間なら近衛兵の屯所かな?」
「ああ、早めに昼食をとってこの後見回りだからちょうどいいかもな。」
「ホランド行きたくないなら1人で行くけどどうする?」
「大丈夫だ一緒に行くよ。」
「分かった。」
ホランドの言う通り交代で昼食をとっている最中で少しドアを開きそっと覗くとタイムと目が合った。
「姉さん?姉さん!姉さん!姉さん!」
うわぁーうるさっ。タイムがこちらに走ってこようとした時ウィンター王子が気付いてくれてタイムの首を掴み止めてくれたのでドアは壊れずに済んだ。周りの兵士達が誰だ誰が来たんだとザワザワし始めた時、私より先にホランドがバレてしまって周りに人だかりができてしまった。兵長が泣きながらホランドに縋り付く。
「ホランド帰ってきてくれー。頼むー。」
他の人も数人こちらを見て泣いている。ウィンター王子が私だけを人の輪の中から連れ出してくれて自分の私室に案内してくれた。その間タイムはピッタリと私から離れなかった。
「お久しぶりですケイト様。わざわざ王都まで如何されました?」
「お久しぶりですウィンター王子単刀直入に言います。あの報酬はなんですか!あの金額は!」
「少なかったですか?」
「んなわけあるか!多すぎでしょ!返します!」
「そうですか、でもあれは適切な額です。」
「いや絶対に適切な額ではないです!返しますから!」
「んー困りましたね。返すなんて外聞が悪いなぁ。」
うわぁまたあの顔だ。絶対に何か厄介事を押し付けてくるぞと少し身構えているとタイムが横から割り込んだ。
「姉さんを困らせるなら殺すよ。」
怖い、タイムのこんな顔私には絶対に見せないわ。しかも軽率に殺すなんて。
「怖いなぁ。でも返すのは無理なんですよねぇ。だから依頼をしてもいいですか?」
「はあ、とりあえず話だけは聞きますよ。」
「あの馬鹿兄貴と話していた貴族を捕まえたんですよこの間やっと証拠を掴んでね、それで薬を作っている工場の場所は見つけたんですけど国外なんですだから近衛兵としては動けなくて。だから私の代わりに工場に行って薬のレシピを消してきてくれませんか?」
「は?駄目に決まってんだろ。国外ってあのマフィアの街だぞ。あんな危ない所に美しく愛おしい姉さんを行かせる訳ないだろチビ。」
タイムは本当に一度黙ってほしい。王子にチビは本当にやめて。
「うーんやっぱりそうだねタイム、あんな危ない場所には行かせられないよね。じゃあこれはなかった事にしましょう。ケイト様あのお金、額は気にしないでください。確かにギルドの依頼料を遥かに上回る、10回は依頼できる額ですが気にしないで。」
うっ嫌味な言い方だ。タイムもウィンター王子を睨んでいる。なんというかここは行くしか無さそうだ。
「分かりました行きますよ。工場に行ってレシピを消してくれば良いんですね?」
「行ってくれるんですか!ありがとう助かります!」
「姉さん僕も行きます。」
「「えっ?」」
私とウィンター王子が声を揃えて聞き返す。タイムは真面目な顔で有給休暇の書類を書き始めた。
「はい、チビこれでいい?」
「えっお前本気で行くのか?なんの為に近衛兵が身を引いたか分かってるのか?」
「うるさいよチビ。僕は行く姉さんを守る。だから早く仮面をかせよ。」
タイムが書類をウィンター王子のデスクに置いて手を出している。
「仮面?」
「うん姉さん今から行くマフィアの街は全員、仮面を身に付けている。後暗い奴しかいない街なんだ。だから僕らも街では仮面を被るの。」
「へーそうなんだ。」
ウィンター王子が3つ仮面をデスクに置いた。タイムは狼の仮面を取って私にうさぎの仮面を渡してくれる。最後に残ったのはライオンの仮面3つ共可愛らしいものではなく所々黒ずみアンティーク調で気味が悪い。
「じゃあ行こうか姉さん。これからずっと一緒だね。」
「いや終わり次第お前は戻ってこいよタイム。切り込み隊長だろうが。」
「姉さんマフィアの街までは馬に乗っていこうね。僕の後ろに乗せてあげるからね多分半日で着くよ。終わったらそのままハネムーンに行こうね。」
「いやタイム聞いてるのか?おい帰ってこいよ!」
何故か終始ウィンター王子を無視して歩き始める。ニコニコと手を繋いで歩いているタイムをよそにホランドを迎えに行こうとするとタイムに引っ張られて兵舎の方に連れて行かれる。
「えっちょっとホランドを迎えに行かないと。」
「いいじゃない姉さん今だけは僕と一緒に居て。」
うるうるとした瞳で言われると反論できず仕方なくタイムの私室に向かう。シンプルで何も無い部屋でタイムが旅の支度を始めた。
「えっと1週間位はかかるだろうから色々持って行った方がいいけど身分が分かるものは全て置いていこう。でもこれは持って行くか。」
と謎の缶の箱は大事そうに鞄にしまっている。部屋のソファにじっと座っているとホランドの声が聞こえてきた。
「タイムいるのか?入るぞ。」
「なあにホランド?」
「ゼロはいるか?」
「姉さんなら一足先に実家に戻ったよ。僕も戻るから先に行っててくれる?」
えっ私はここにいますけど?と思ったけどタイムの気持ちを尊重して黙ってホランドが行くのを待った。
「分かったじゃあ後でな。」
ホランドが立ち去るとタイムが戻ってきてまた旅の支度を再開した。全て聞こえていると知っているのにタイムも私もあえて何も話さなかった。
「姉さんお待たせ行こうか。」
「うん、分かった。」
実家に戻る間タイムは珍しく一言も口を開かなかった。
「おかえりなさいケイト。」
「ただいま母上。コリンただいま。」
「おかえりなさいませケイト様タイム様すぐに昼食の準備をしますね。ホランド様も今召し上がっておいでです。」
「ありがとういただきますね。」
「僕は食べてきたからいい。」
「かしこまりました。」
コリンはお辞儀をしてからキッチンに行って準備を始めてくれる。自分で料理が出来ないので本当にありがたい。タイムは真っ直ぐに部屋に戻り私はダイニングへ向かった。
ホランドが昼食をとっていたので依頼事やタイムがついてくる事を全てを話してライオンの仮面を渡す。
「仕方ないな。滝はこれが終わってからだな。」
「ああ、そうだな。」
私は紅茶をすすりながらホランドを見た。呆れたような諦めたような表情を浮かべたホランドが目に入った。
ホランドの表情について意味ありげではあったが何も聞かずに昼食を取り終えた。




