21、報酬
目を開くと見慣れない天井で横のベッドにはホランドが眠っている。窓の外は少し明るくなっていて明け方のようだ。ここはサンラの宿ちゃんと現実。
「嫌な夢。」
とにかくシャワーを浴びて全てを洗い流す。あの男は現実ではない、だって夢は夢だしそれ以上はないとそう言い聞かす。
「はあ。嫌な夢。」
ホランドを部屋に残し散歩がてらサンラを歩き回る。市場の人達はもう仕事を始めていて朝食にと焼きたてのパンを5つ買って1つは歩きながら食べた。公爵令嬢だったら考えられない行動だ。本当にゼロになって良かった。2つ目のパンは噴水の傍に座って食べ始める。私の他にも果物を食べたりコーヒーを飲んだりしている人がいる。
この人達は私が王妃候補だった事も公爵令嬢だった事も知らないそれが心の底から安心出来る。あの男に全てを見透かされてやっと気が付いた。私は養女だから迷惑をかけられないと努力を重ね言いつけのまま動いていた事、家の為と思っていた事が全ては捨てられたくないから愛されたいからしていた事だと。やはり傲慢な人間だ。あの家を出て本当に良かった家族みんながいい人で大切だからこそこんな考えでいるのは辛い。
「皆元気にしてるかな?」
私は名前が無い感情と共に噴水の傍に座っていた。いつの間にか誰もいなくなって静まり返って噴水の音だけが耳に入ってくる。後ろを向いて噴水を眺めると噴水は動物のモチーフで馬や羊、狼といった動物達が水浴びをしている様子が表現されている。珍しい噴水だが動物達が仲良さそうに水を浴びる姿は愛らしく癒される。
「やあご機嫌よう。」
噴水を見ていたので気が付かなかった。すぐに前を向くとそこにはライムが立っていた。角はなく瞳も人間のそれで白いYシャツに濃紺の細身のジーンズに黒のショートブーツを履いている。
「な、ななんで?」
「だから言っただろう俺は現実だよ。君の夢にお邪魔できるだけだ。1つ言っておこうと思って。」
「なんだ!」
「そう身構えるな。秘密は守るそれに余計に興味が湧いてきた。じゃあな。」
そして私の頬に口付け最初から何もなかったかのようにふっと消えてしまった。
「あいつは何がしたいんだ?なんなんだ馬鹿野郎が。それにやっぱり魔物だった。私が作り出した幻想ではない。しっかり気を引き締めないと。」
もうこのまま一生姿を現さないでほしい深くそう思った。怒りに満ちあふれながらホランドに熱々のパンを叩きつけた。
「ゼロ朝のあれはなんだったんだ?俺が何かしたか?」
「ごめんむしゃくしゃしててやった。」
火傷はしていないが気持ちよく眠っていたところに最悪の目覚めになったようだ。
「まあいい。とにかく屋敷に行くか。」
いいのか!本当に良い奴だな。
「おはようございます。レディ様!」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
屋敷に着いてレディに案内されたのは長の私室だった。長はベッドに寝かされているようだ隣のグレンが心配そうに長の様子を見ている。レディが近付くと嬉しそうに腰を抱き自分の身体にピッタリとくっ付けている。
私は小声でホランドに話す。
「あの2人私達が見えていないのか?」
「ああ、見えていないな。俺達もしよう。」
そう言ってホランドがグレンと同じように私の腰を抱き自分の身体にくっ付けた。
「おい、ぶん殴るぞ。」
「まあまあ。」
「まあまあじゃない。殴るぞ。」
「あらあらお2人も仲良しなんですね。」
レディが私達を見て言う。レディには私とホランドがちゃんと見えていたようだ。
「あはははお2人程ではありませんよレディ様。」
ホランドを無理やり剥がしてレディに言う。グレンは私達が見えていないのか座ったままレディを抱き寄せお腹に顔を擦り付けている。
「こほん、と、とにかくお礼をさせてください。」
とレディが分厚い封筒を渡す。とんでもない額の報酬が入っている気がするがホランドを見ると頷いたので素直にいただく。
「ありがとうございます。長の容態はどうですか?」
「あの後1度目を覚まし私に謝りグレンに謝ってからまた眠りにつきました。しっかりとした口調で以前と同じお父様でした。今は疲れて眠っているだけだと思います。」
レディは安心した笑顔で長を見ながら話す。
「そうですか本当に良かった。ではそろそろ私達は次の場所へ行きます。」
「えっもう行ってしまわれるのですか…。寂しいですが引き止めてはいけませんし仕方ありませんね。どうかサンラに来る時は次こそは楽しい思い出を作らせてください。」
「はい、ぜひまた来ます。さあホランド行こうか。」
「ああ。」
「ではお気を付けて。」
グレンも一緒に見送ってくれる。宿でタリアに転移させてくれる魔法使いを偶然にも見つけたので魔法使いに酒を奢る。転移の謝礼は何がいいか聞くと酒がいいと言うので宿でたらふく酒を奢った。何より早くタリアに行って滝に行きたい。
「ひゃーいい気分だーありがとよーじゃあいくじょー。あーい。」
キラキラと私達を光が包み込む。目を開くと見た事がある光景が目に入った。ホランド呆れて周りを見ている。
「あの酔っ払いめ。」
ホランドが珍しく文句を言った。
「まあまあ良いじゃないか。」
「良くないぞここはフランじゃないか。」
そう私達はあの廃ホテルの前に立っていた。
「あはははまあ良いじゃないか。仕方ない1度ギルドに行こうウィンター王子が謝礼を幾ら振り込んでいるのか確認したかったしさ。」
ギルドにはギルドの報酬を預けておく部署が存在するのでそこに報酬を振り込んでくれと頼んでおいたのだ。
フランのギルドは相変わらず忙しそうでバタバタと職員さんが働いている。私は真っ直ぐにお金を管理する部署に行きホランドはCランクの依頼はどんな物があるのか確認しに向かった。
「こんにちはゼロと申します。預金確認をさせてください。」
「はい、確認できましたどうぞ。」
お姉さんが魔法で目の前に表示してくれる。魔法なので私以外には見えていない。
「ってなんじゃこりゃー!!」
急に私が叫んだので目の前のお姉さんと横にいた他のギルドの人達もびっくりして私を見たが1番びっくりしているのは私だ。ホランドが慌ててこちらへ来てくれた。
「どうしたゼロ何があった?」
「だって!これ!あっお姉さん彼にも表示してください。」
「はあ。」
お姉さんが不思議そうに頷きホランドにも魔法をかけた。表示を見たらしいホランドも絶句している。
「なんだこの額は…。犯罪か何か犯罪に巻き込まれたのか?なんだ犯罪行為か?詐欺か?詐欺なのか?」
「よく見て振り込んだのはウィンター王子だから。」
そうあの王子報酬として家を一軒、いや大きな豪邸を建てられる程の額を振り込みやがった。
「ホランド王都に行かなきゃ。」
「ああ、そうだな。この額はちょっと。」
「ええ。」
私はびっくりして口調が戻りホランドはいつもより表情が豊かで恐ろしいものを見たと震えていた。




