10、秘書として
「ウィンター様あちらの軍服の方は隣国のカーク大佐です。お若いのにあの地位まで実力で上がりいずれはトップになると噂されています。」
「ふふ、分かった挨拶をしよう。」
「はい、同じ机にいるあの紺のドレスを着ているドーラ様はカーク大佐の愛人です。あまり奥様やご家族のお話をせず程よくご機嫌をとってください。」
「ああ、行ってくるからここに。」
ウィンター様はやはりサマー王子と違って地頭がいいおかげで1度の説明でちゃんと名前や注意点を覚えてくれて失敗しない。正直とてもやりやすいし楽だ。これ位ならまた協力してあげてもいいな。誰も私を気にしないしとにかく楽だ。
ウィンター様は近衛兵の制服を着ている。ここで由緒ある王室の正装をしないあたり思う所があるのだろう。それにしても私もこの同じ近衛兵の制服を着る事になるとは。ちらりと懐中時計で時間を確認するまだ1時間しか経っていない、後2時間はここにいなくてはいけないのか。
「こちらをどうぞ。」
「ありがとう。」
ホランドがノンアルコールのカクテルを持ってきてくれた。今日はウィンター様の護衛としてピッタリとくっ付いている。ホランドも近衛兵の制服だ。私に飲み物を渡した後ウィンター様の傍から離れずに立っている。
ウィンター様が大佐と談笑されている間、周りに目を配る。ウィンター様は兵士なのでなるべく軍の関係者には顔を売っておいた方が良いだろう。作戦会議をしようとしてもケイト様に任せますとタイムを連れてあれから毎日、鍛錬をされていたので挨拶をする順番や人を今、判断していかなくてはならない。
とは言ってもある程度、招待客リストを元に考えてきたので順調に挨拶は済んでいるはずだ。ウィンター様の立場的に絶対に挨拶をしておかなくてはいけない人物は大体、済んでいる。今の時点でリストに載っていない重要な人物は来ていない。
あまり目立たないように周りを見ているとサマー王子とアリアの姿が目に入った。誰と話しているのかを確認すると良くない噂がたっている貴族だ。妙な薬を売っているらしいこの場に相応しくない人物。
勿論ウィンター様は挨拶すら交わしていない。話しているだけで後から噂をたてられたら厄介だし、火のないところに煙は立たないだ。サマー王子は自分から誰かに話をしに行かなかったのだろうそれで話しかけてくれた事を喜んでずっと件の貴族と話し込んでいるといった所か。
アリアは初めての舞踏会で緊張しているのだろうずっと黙り込んでサマー王子と腕を組んでいるだけで会話に入ろうともしない。サマー王子はそれに気付く事もなくその貴族と話をしている。そして流れるようにアリアに酒を渡した。まさか私と同じ事、毒味をさせているの?愛しているんじゃないの?
その時ウィンター様とホランドが戻って来たので視線を戻した。
「ゼロ戻ったよ。大佐は良い人だった。女癖が悪くなければね。」
「はははそうですね。ウィンター様はご存知だと思いますが今サマー王子が話をしている貴族とは絶対に関わらないでください。」
「ああ、例の…分かってるよ。気を付ける。」
「はい、では入口近くのシャンデリアの下のテーブルにとても暗い顔をしているよれよれの明らかにサイズが合っていないスーツを着た男性いらっしゃいますよね。」
「ああ、あの浮かない顔の。」
「ええ、あの方は銃火器のエキスパートです。この国に彼以上の人材は存在しません。彼は魔法を使わずに銃火器を作り上げます。彼は人によって細かなパーツを作り替えその人に馴染むように作る銃火器の天才です。もしウィンター様の元に彼が来てくれれば…。でも若く、研究資金が、お金が無いんです。」
「ほう。では小切手を。」
「勝手ながら準備してあります。勿論ウィンター様のお名前です。ある意味彼が今日1番の重要な人物です。」
「ふふ、本当に俺と結婚して欲しいよ。じゃあ行ってくる。」
頭を下げてウィンター様を見送る。結婚という言葉にホランドの眉毛がピクリと上がったがちゃんと後ろを付いていった。
そう1番の大穴、誰も彼の相手をしていないが絶対に将来有望な人材。今はウィンター様に話しかけられてオドオドとしながら話をしている。
私が彼を推す理由は敵が大量に押し寄せても殺すことなく全員を安全に無力化できる武器を周りにどれ程馬鹿にされても揺らがず殺さない事を最優先で作り続けているから。
敵だとしても命を奪わない事で王に必要な寛大さを誇示する事ができると考えたからだ。今頃ウィンター様も彼から話を聞いて私がここまで言い切った理由を理解されているだろう。それに銃火器をその人に合わせて作る天才というのも本当だ。ウィンター様は剣より銃が得意だという情報を手に入れていたのでお気に召すだろう。
「お前はサマーの女じゃなかったのか?」
後ろから話しかけられる。咄嗟の事で言葉が出てこなかった。ウィンター様の秘書という事で誰にも話しかけられなかったし、女だとはバレているかもしれないが化粧や服装でケイトだとは今まで誰にもバレていない。
「それにしても今度は弟の方か。」
でもこの声は恐る恐る振り向くとダン将軍だった。
「私はウィンター様の秘書のゼロです。挨拶が遅れて申し訳ございません。」
リストには名前はなかったのに。
「今はそうなのかもしれんが、お前はあのサマーの婚約者だった女だろう。」
周りを気遣ってか小声で言う将軍に降参したように手を上げた。
「ええ、そうですケイトです。」
「ふん。そのあの時はすまなかった虫の居所が悪くてな、ずっと言おうと思っていたが。お前を舞踏会で見つけても毒で倒れているか、サマーにベッタリとくっついているかで、そもそも他人の女と2人きりで話すのはちょっとな。お前も知っての通り舞踏会は噂が全てだから。」
まさかダン将軍がそんな事を考えていたなんて。
「いえ、優しいお言葉ありがとうございます。」
「婚約者が不出来だと言ったがサマーがボンクラなんだな。今日俺に向かってちゃんと警備をしておけよ老いぼれがと言ったからな。この制服だけで判断したようだ。」
将軍は呆れたように笑っている。何という口の利き方。サマー王子に私は何度も将軍を紹介したのに。
「お前はあのサマーから離れて正解だったな。それに先程から見ていたがお前の人選は本当に正しい。今日でウィンターは良い人脈が広がったこれからの将来のより良い財産となるだろう。お前は不出来では無い。」
「有り難きお言葉、染み入ります。」
「ああ、達者でな。」
ダン将軍は帰るところだったらしくボールルームから出て行った。なんだかあの時の自分が報われた気がして自然と笑みがこぼれた。
「やあ戻ったよ。彼は本当に素晴らしいね君の考えも俺好みだ。君は俺を王に近付けてくれるらしい。」
くつくつと笑う姿はやはり気品がある。
「お気に召していただけたら幸いです。ですが今のところこれ以上お話をされる必要がある方はいらっしゃらないかと。」
「君が言うならそうなのだろう。来月の舞踏会はもっと規模が大きいんだ。できたら出てくれないかな?」
「できれば勘弁してください。」
「まあ考えておいて。もし出てくれるなら褒美はなんでも用意するよ。」
「考えておきます。」
「うん、ありがとう。」
その後ウィンター様は結局、銃火器の彼と舞踏会が終わるまで話し込んでいた。
「なあゴードン。」
「王様私語は慎んでください。後、私に話しかけないでください。できれば今生ではもう二度と。」
「ひど、ていうかあれケイトじゃない?あの近衛兵の。」
「ウィンター様のそばに居る。ホランドも。」
「あれ帰って来たのかな?知ってた?」
「知ってたら舞踏会に出す訳ないだろ馬鹿めが。」
「ゴードンさ怒った時本当に口悪いよね。君のとこの息子のタイムも大概だけど。そろそろうちの息子許してよ。」
「うるせえ、今魔法で話を聞いてんだよ。黙ってろ。」
「えー怖。ストーカーじゃん。てか王ぞ、我王ぞ。」
「ほう、彼はそんなに優秀なのか。ではこちらも小切手を用意しようか。」
「何を言ってるの?無視?王を無視?」
「ウィンターが結婚したいと。またお前の仕業か?」
「えっ!知らない!王知らないよ!」
「じゃああのガキが勝手に言っているのか。それにしてもケイトは本当に効率よく挨拶をさせているな。さすが我が娘。どっかの息子と違って優秀だ。」
「おい。本当にそうだけど泣くよ!王泣いちゃうよ!」
「うるさいぞ。ウィンターは本当に上手だな。王の座をすぐに奪えるだろうな。」
「サマーは大丈夫かな?情報をちゃんと集めてる?」
「集めてる訳が無いだろう。あれと話してるからな。」
「ああ、天国のマイハニーどこで教育を間違えたんだろう。しくしく。」
「では王様ここで失礼します。」
「えーー。嘘じゃん今日は朝までオールするって言ったじゃん。」
「言ってないし、する訳ないだろうが馬鹿が。消えろ。」
そう言ってゴードンはケイトの後を付いて行った。
「本当にサマーは馬鹿なんだなぁ。それに比べてウィンターは。」
本当に優秀だ。舞踏会で味方にすれば1番強いケイトを連れて来たのだから。王になるなら使えるものは全て使わないといけない。
「ケイト。」
ベランダで夜風に当たっていると後ろから父上に話しかけられた。
「ゴードン様。」
「ここは誰もいない。言葉を崩せ。」
「いえ、私は家を出た身です。宰相様に話をしていい身分ではございません。」
「……ケイト、すまなかった。王に言われサマーの隣にいさせたが私が間違っていた。家を出たならまた戻ってくればいい。母さんもタイムもコリンも寂しがっている。勿論私もだ。」
そう言って王の近くへ戻っていった。父上から優しい言葉をかけてもらえるなんて。家出もしてみるもんだな。
誰もいないベランダから星を眺める。今まで舞踏会でこんなにゆっくりできた事なんてなかった。音楽を聴きながらベランダに置いてある椅子に座る。ここは中からは死角で誰からも見えないだろう。
「結局ここに戻ってきてしまった。父上はきっと私に王妃になってほしいんだ。自由なんてあるのだろうか。」
ベランダでひっそりとしているとウィンター様とホランドがやってきた。
「ゼロ今日は本当にありがとう。彼は本当に優秀だし何より良い奴だな。今日1番の収穫だ。やはり来月の舞踏会も頼みたい報酬ははずむから。」
「まあ良いですよ。あまり目立たずに秘書という形だけでいいなら。」
「ああ、頼むよ。」
「じゃあ私はこれで帰ります。」
「俺も帰る。」
「ああ、じゃあ2人とも気を付けてね。」
ウィンター様に見送られてお城を後にした。




