悲劇
春の終わりの雨は、少しだけ冷たくて心地良い。
仕事を終えて、家路につく私の耳には、ぱら、ぱら、ぱらと、傘に弾かれる、心地よい音色が聞こえてくる。
この心地よい音色の、不均衡な旋律は、私の頭の中と、絶妙に、結びつく。
頭の中の、さまざまな記憶。
頭の中の、さまざまな感情。
頭の中の、さまざまな願い。
頭の中の、さまざまな思い。
頭の中の、さまざまな、何か。
雑多に詰め込まれている、頭の中に眠るそういうものを、私の頭の中の言葉が、雨音の旋律と結びつき、一つ、二つと物語を紡ぎだす。
今日は、帰り道で、三つの物語が、生まれた。
生まれたての物語は、とても脆弱で、手をかけてあげないと、言葉の重さで、つぶれてしまう。
何度も何度も、目をかけて、何度も何度も、言葉を変えて。
何度も生まれ変わって、時には結末さえも、変えてしまう。
けれども、今日生まれた、この物語を、私は、忘れることは、ない。
春の雨の心地よい旋律と共に生まれた、この物語たちの、誕生日の姿。
不恰好だった生まれたての物語が、雄渾な物語へと成長する過程に、心が、震える。
どう変わってゆくのだろう。
どう変わらずにゆくのだろう。
期待と共に、少しの不安をふわりとのせて、言葉を繋いで、思いを籠める。
この先にある、私の知らない私の物語に、憧憬の念を抱いて、我が家の玄関の、ドアを開けた。
「おかえりー!!今日の晩御飯、何?!」
「ただいま。」
今日のばんごはんかぁ・・・。
何にしようかな。
そういえば、卵がいっぱい買ってあったな、よし、親子丼にしよう!
・・・。
親子、どん・・・?
・・・!!!
親子丼に!!
全部持っていかれた!!!
せっかくの天下取れそうなアイデアがああああああああああああ!!!
この世から、ものすごい物語の可能性が、三つも、消えた。
消えちゃったんだよぉおおおおおおおおおお!!!!!
良くある話(。>д<)