十一
そして、ついにこの日がやって来た。
竜が私達のホテルに通い詰めるようになって約一週間、ずっと秘密のベールに隠されていた彼の創作活動が、とうとう全貌を現すのだ。今、私の目の前には、白い布で覆いがされた完成後のオブジェがある。
昨日の夜、「もう作業も終わりに近づいてきたから、仕上げは家でするよ」と言って、タオルに包まれたオブジェをボストンバッグに入れて持ち帰った竜だったが、おそらくあと少しと言いながらほとんど一睡もせずに作業に没頭していたのだろう、翌朝、私達の部屋に現れた時には、目を赤く充血させていた。だけど、疲れを隠せないやつれた相貌とは裏腹に、晴れ晴れとした表情には、作品に対する静かな自信が窺えた。
「じゃあ、いくぞ」
自分に気合を入れるように声をかけて、竜は白い布を剥ぎ取った。すると、目の前にはくつろいだ姿勢で身を横たえた、雪白の裸像が現れた。その裸像は、片肘で体重を支えながら捻るように上半身を起こし、陰部を隠すように足を組んで、その組んだ膝の上に沿えるように、もう片方の腕を置いていた。長い髪がかかった胸に膨らみはない。しかし、その全身からは性別を超えた涼しげな色気が漂っていた。中でも、真っ直ぐ正面に向けられた彼女の面差しは印象的で、その目はどこか遠くを見ているようでもあり、自分の内面を見つめているようでもあった。そして、口元にはうっすらと穏やかな微笑をたたえていた。
よく見ると、重心のバランスは微妙にずれているし、形にいびつなところはあるし、顔だって決して似ているわけではないのだ。なのに、目の前にある裸像は間違いなくセイラに見えた。竜のタッチはティラノサウルスを作った頃の、写真をそのまま立体にするような手法とは明らかに変化していて、セイラの中にある生身の何かを、不器用ながらも何とかして表現しようとしているように見えた。さらには、彼女の内面的な不安定ささえ、作品の中で別のものに昇華しようと努めているようだった。なぜなら、私の前で穏やかに微笑むオブジェのセイラには、自分自身に対する静かな自信が漲っているように見えたから。
「これが、アタシ?」
セイラはオブジェの流れるような曲線を、指先でなぞりながら言った。
「竜、実物よりよく作りすぎなんじゃないの?」
「そうか? 何かもったいぶったわりに、大したもの出来てなくて悪いんだけど」
「そんなことない。じゅうぶんよ、じゅうぶん」
セイラはぶんぶんと首を振り、自分のオブジェをあらためて愛しそうに見つめた。さらには台座を持ち上げ、像を前や後ろや上や下から丹念に眺め直した。それを見ていると、ふと以前、セイラが車の中で、昔、私に対して嫉妬していたと言っていたことを思い出した。私は今になってやっと、彼女の言っていたことが実感として分かった気がした。こうして感慨深げに作品に見入るセイラを見ていると、同じ感動を共有できない自分が少し寂しい。作品に情熱を傾ける竜やセイラをそばで見ていても、実際に苦労して作品を作り上げた二人の時間には、決して入り込むことができないのだ。その手が届きそうで届かない感覚が、何だかもどかしかった。
そうして、お互いいろいろな感慨を抱きながら、黙って作品に見入っていると、その沈黙を破るように、出しぬけに竜が口を開いた。
「俺、決めたよ。大阪を出ることにする」
私とセイラはハッと彼の方に顔を向けた。
「あの女社長はどうするの?」
セイラの問いに、竜はきっぱりと答えた。
「もう、あいつには言ってある。お前の言う通り、いつまでもこんなこと続けてるわけにはいかないからさ。来週にはこっちを出るよ」
それから、竜はセイラの両手に抱えられたオブジェを指差して言った。
「それ溝口にやるよ。大して価値は出ねーと思うけど、よかったらもらってくれよ」
しかし、セイラは首を横に振った。
「もちろん欲しくないわけじゃないのよ。せっかく竜が作ってくれたんだもの、そりゃ私だって持って帰って毎日眺めていたいわよ」
彼女はそう前置きをした上で、オブジェを静かにテーブルに戻すと、含みを込めた笑みを浮かべながら、チラリと竜を見上げて言った。
「でもね、私が持っておくよりも、もっとふさわしい場所があると思うのよ」