ふしぎな楽人
────「まあ楽人さん、なんて美しい音色なんでしょう。あたしもならいたいですわ」
「すぐにおぼえられるさ。そのかわり、わたしの言いつけることは、なんでもしなけりゃいけないよ」
「はい、楽人さん、あなたのいうとおりにしますわ。学校の生徒が先生のいいつけを聞きますように」────
聴くものを虜にさせる胡弓引きの楽人が暇つぶしに森の中で一曲弾きました。
音に誘われて出てきたのは狼。
狼は音楽に魅せられ「おれも習ってみたい!」と近寄ってきます。
こぶとり爺さんのように、鬼も人も仲良く踊り出す日本の童話だったら普通にハッピーエンドとあいなりますが、そうならないのがグリム童話。
楽人は「木の割れ目に懐いてきた狼の前足を入れて、石を打ち込んで動きを封じたまま立ち去る」という悪魔の諸行をします。痛そう。
狐、兎にも動物虐待をやらかしたところで今度は木こりに会います。
木こりは曲を聴くと嬉しさのまま気が遠くなってしまいます(原文ママ)。
その頃なんとか自力脱出した狼は他の動物を助けて復讐に向かうのですが、木こりが邪魔をして、その隙に楽人は逃げていく。そんなお話。
教訓は多分「人の話にほいほい乗るな」「(動物より)高尚な人間と友達になろう」だと思うのですが、この話を聞かせてる時点で教訓どこの話じゃあないですよ。
楽人怖い。多分人間じゃない。恐らくマレビト的な人外的存在だと思われる。
これ狼が脱出しなければ動物全員日干しですからね。
何の得にもならないのに動物が森で惨殺されてた事件になりますからね。
それとも実際に動物殺戮事件が(人が犯人でも人外が犯人でも)あって、それが童話化でもされたのかしら。
いや、人間を動物にキャラクター化してる可能性も十分あるので、下手すると狼達は人間……。
楽人の奏でる調べに魅了され、陶酔のままに楽人を守ろうと斧を振り回す木こりは絵面的にヤバいというか、どう考えても異常です。
ゲームだったらチャームの魔法掛かってます。
聞いた者が聞き惚れるほどの楽器の使い手、というのはギリシャ神話のオルフェウスだったり仏教の大樹緊那羅だったり諸々ありますが、ここまで理不尽な使い方はなかなかないです。
伝承というより都市伝説的なフォークロアに近い気がします。
笛と楽人と動物のフォークロアといえば、「ハーメルンの笛吹き男」を思い浮かべる方いらっしゃると思います。
笛吹き男が不思議な曲で鼠やら家畜やら子供やらを連れて行く話。
この「ハーメルンの笛吹き男」ですが、実はグリム兄弟もご存知です。
笛吹き男の伝承を、グリム童話じゃない別の民話集で編纂しているんですね。
何か関連性があるのでは!?とちょこちょこ調べてみましたが、グリム兄弟が「ふしぎな楽人」の話を集めた場所はドイツ南で、ハーメルンのより割と北にあり、結構離れてます。
しかしハーメルンの笛吹き男、黒死病説 (鼠の大量発生で子供が死ぬ)、ドイツの少年十字軍説(子供達は騙され売り飛ばされる)、移民説など諸説ございます。
ドイツの少年十字軍はイタリアに南下し、移民はチェコ・ポーランドなどに向かったらしいので、ハーメルンの伝承が巡り巡って数百年後、「森の中で人や動物を操る曲を吹く残酷な楽人」と変わり、全く別の物語としてグリム童話に組み込まれる可能性は、万に一つくらいあるかもしれない!と妄想してしまいます。