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今日は天気がいいから

最終話以降のお話し。

 



 館の裏庭で洗濯物を干す。シュティレは額に浮かんだ汗を肩で拭うと空を仰ぐ。今日は特別天気がいい。風も穏やかで、まさに洗濯物日和と言える日だ。


「はぁー、本当にいい天気」


 どうせ、誰も見ていない。子どもたちはアリスたちと魔物退治の見学に行っているし、エスティアも時計屋さんとして今頃自室で時計修理の真っ最中だろう。

 グーッと体を伸ばし、そのまま草原へと寝転がる。太陽を浴びたそこは程よく温かく、ふかふかとした感触も相まってそのまま眠ってしまいそうだ。

 チラリと寝転がったまま、エスティアの自室の窓を見上げる。もちろん、ここからでは彼女の姿は見えない。まぁ、見えてしまったら最後、エスティアは作業を中断してこちらに来るかもしれない。そうなったら、お互いにやることがストップしてしまうので、シュティレはほんのりと感じている寂しさに退場を願った。


「ふぁぁ……ほんとに寝ちゃいそう……」


 このままひと眠りしてしまおうか。なんせ、昨日は彼女がなかなか寝かせてくれなかったせいで少し寝不足だ。思い出してほんのりと顔が熱くなる。


「えへへ……」


 そんなことを考えていたその時、シュティレはお腹の辺りが何だか重たくなったのを感じた。

 なんだろうと思って、寝ころんだまま頭だけ上げる。すると、お腹の上には見慣れない――黒い物体が乗っかていた。

 黒い物体はもぞもぞと動いている。シュティレはそれを見たまま時間が止まってしまったかのように動けなくなってしまう。あれは、なんだろう。

 こちらに背を向けているために何をしているかわからない。が、ポリポリという何かをかみ砕く音が聞こえている感じ、どうやらお腹の上の物体は食事中らしい。


 どうしよう。シュティレが動けずにその光景を見ていると、黒い物体は頭を上げる。そして、そこでシュティレはやっと物体の正体を掴んだ。

 ピンと伸びた長い耳、そしてそれは、振り向いた――ウサギは口にくわえているにんじんらしきものをかじりながら、シュティレを見つめた。


『――キュッ!?』


 どうやら、驚いたのはお互いさまらしい。ウサギはまさか自分が、人間のお腹の上でのんきに食事をしていたなんて思っていなかったようだ。今まさに気付いたというように驚きの声を上げる。だが、ウサギはそこから逃げることもなければ、降りることもなかった。

 そして、ジッと見つめた後、シュティレが無害だと判断を下したのか、ウサギはポリポリと食事を再開するのだった。


「えっ、ちょ、まだ食べるの?」


 おそらく、食べ終わるまでは退いてくれなさそうだ。仕方なく、シュティレはウサギを観察することにする。ここら辺のウサギにしては珍しい黒い体毛と緑色の瞳は、どこか彼女を連想させる。


「なんだか、あなた……私の大好きな人に少しだけ似てるね」

『キュ……?』


 食事が終わる。そろそろ大丈夫かなと思って体を起こす。振動で気付いたウサギはピョンっとシュティレから降り、彼女が草原に座り直すと、その膝の上に飛び乗った。

 まるで、ここが自分の席だというようにリラックスした様子でいるウサギ。シュティレは驚かせないようにそっとウサギへと手を伸ばす。すると、気付いたウサギは“しょうがないな”というように、伸ばされた手へとすり寄り、撫でる許可を示す。


「ふふ、ありがとう」

『キュ』


 フワフワとした毛並みのウサギを撫でる。気持ちいいのか、軽く目を細めてされるがままのウサギ。シュティレはすっかりその触り心地と可愛さに虜になってしまう。

 ウサギがシュティレの顔をジッと見つめる。その口元には食事のあとが残っており、シュティレはくすりと笑ってウサギの口元に付いたそれを取ってあげる。


『キュー』

「ありがとうって言ってくれてるの? ふふ、可愛いなぁ」


 シュティレが際限なく表情を緩め、撫でていると、ウサギが耳をピコピコとしきりに動かす。どうしんだろう、と首を傾げたその時、背後から声がかかった。


「なーにしてんの」


 シュティレはその声に弾かれるように振り向く。そして、すぐさま微笑みを浮かべる。背後に立っていたエスティアは応えるように二っと歯を見せる。

 そして、エスティアはシュティレの隣へと腰を下ろす。そこで、膝の上のウサギに気付き、納得したように頷く。


「ウサギ? その子と遊んでたんだ」


 エスティアがそう言ってウサギへと手を伸ばした時、今まで素知らぬ顔をして撫でられていたウサギの表情が一変、エスティアに威嚇するように鳴いた。


『キューッ!』

「えっ。わ、ちょ、ゴメンって。触らないから噛もうとしないで」


 急いで手を引っ込めるエスティア。ウサギは暫くエスティアを睨んでいたが、すぐにシュティレの膝の上でうたた寝を始めたのか、目を閉じてしまう。

 心なしかしょんぼりしているエスティアにシュティレは、慰めるようにそっと頭を撫でてあげる。


「どこからか迷い込んじゃったみたいなの。……そう言えば、お仕事もういいの?」


 そう言うと、エスティアは軽く肩を竦め、困ったように眉尻を下げた。


「予備の部品が足りなくなっちゃったんだよね。買いに行こうとも思ったんだけど、今日は材料屋さんお休みだし……だから、今日はもうおしまい」

「そうなんだ。じゃあ、私のお手伝いして貰おうかな」

「喜んでっ」


 二人は顔を見合わせて笑う。それだけで、シュティレの胸の中が愛おしさでいっぱいになる。すると、不意に、シュティレの膝に乗っているウサギが小さく鳴いた。

 二人がウサギへと注目すると、ウサギは“撫でて”と言わんばかりにシュティレの膝を前足で叩いている。


『キュ、キュッ!』

「放っておいたから怒ってるみたいだね」

「ふふ、まるで貴女みたい」

「えっ」


 エスティアが心外だというように口を尖らせる。シュティレはあえて、そんな彼女を放っておいてウサギの体を撫でる。ウサギは満足げに鳴くと、その手にすり寄る。


「……随分とシュティレに懐いてるんだね」


 シュティレは、そう呟くように言ったエスティアの表情が僅かに変化するのを見逃さなかった。それは本当に些細で、おそらく、シュティレでなければ発見できないほどに小さな変化だ。


「……羨ましい?」


 冗談めかし、少し意地悪そうに言えば、エスティアは一瞬瞳を見開き、気まずそうに瞳を伏せる。そして、少し恥ずかしそうにシュティレの肩へと額を擦りつけた。

 その子犬のような仕草にシュティレの胸は彼女への愛おしさでいっぱいになり、知らず内にそれを示すような笑みが浮かんでいる。


「……すっごく羨ましい」

「ふふふ、今日はいつもより素直だね」

「私はいつでも素直だよ」


 シュティレは心の中で“ウソばっかり”と呟いてクスクスと笑った。そして、不満げな表情でいる彼女の頭を空いている手で優しく撫でる。すると、それだけでエスティアの表情は面白いぐらい明るさを取り戻していく。

 エスティアはシュティレの手にすり寄るような仕草を見せる。それが、今撫でているウサギと重なって見えたシュティレの口から小さく笑い声が零れる。気付いたエスティアとウサギが同時に顔を上げる。

 ウサギの緑色の瞳と、エスティアの黄金と青緑色の瞳がシュティレだけを映す。色は違えど、どちらも同じような眼差しでいるそれに、シュティレは隠すことをやめて声を出して笑った。


「――あははっ、ちょっともうやめてよー!」

「え、な、なに!? 私なんかした!?」

『キュッ!?』


 エスティアとウサギが同時に驚きの声を上げる。もうダメだ。シュティレはお腹を抱えて笑いだす。あまりにも面白かったというのもあるが、あまりにも可愛かったという理由が大半だろう。

 だが、そんなことなどわからない一人と一匹は、訝しむように若干目を細めるが、すぐにその視線は影を潜めてしまう。

 ウサギは単に意味がわからず興味を無くして。エスティアは“まぁ、よくわかんないけどシュティレが楽しそうならいっか”という結論を下したことによって。


「ふふっ、ごめんね。急に……ふふ」

「むっ、まぁ別にいいよ。よくわかんないけど、シュティレが楽しそうなら」


 呆れ顔で苦笑を浮かべるエスティアは、シュティレの頭を少し乱暴に撫でる。だが、その撫で方は乱暴といえど、髪形を崩さないようにという配慮がされていようで、少し動きがぎこちない。

 そうするぐらいならいっそのこと思いっきりやればいいのと思いつつも、その不器用なところも大好きなのであえて黙っておこうとシュティレは胸の中で思った。


『キュッ』


 シュティレの膝の上にいたウサギがピョンっと、降りる。そして、もう満足したというようにテテテ、と二人から離れ、森に続いているであろう茂みの前で立ち止まる。二人はそのまま帰るかと思っていたが、ウサギは振り向く。

 緑色の瞳が二人をじっと見つめる。その視線が、“じゃあね”と言っているようにも見えた二人は微笑み、手を振る。


「またおいで。その時はニンジンでも用意しておくねっ」

「じゃーね。また遊びにおいで」


 シュティレとエスティアがそう言うと、ウサギは短く鳴いて、そのままタタタと茂みの奥へと消えていくのだった。




「また来てくれるかな」


 茂みを見つめたまま、エスティアの肩に寄りかかったシュティレは眉尻を下げる。


「どうだろう。でも、随分とシュティレに懐いていたみたいだし、また来るかもね」

「今度は触らせてもらえるといいね」

「そうだね。ニンジンで釣ってみようか」


 二人はクスクスと笑う。すると突然、エスティアがシュティレへと顔を向ける。その表情は思わず小さく息を呑んでしまうほど真剣だった。急にどうしたのだろうと首を傾げれば、エスティアはニコリと笑う。


「洗濯物と掃除が終わったら暇?」

「え? ま、まぁ……暇ではあるけど」


 探るようなシュティレの視線。エスティアはいたずらっ子のように無邪気な笑みを見せる。


「じゃあ、さっきも言ったと思うけど、それ手伝いたいんだけどいいかな?」

「別にいいけど。どうしたの急に?」

「いや、早く終わらせてさ……」


 急にエスティアの歯切れが悪くなる。なにか企んでいるのか。シュティレが眉を顰めれば、エスティアは慌てたように目を泳がせ、両手を顔の間でブンブンと振った。


「あ、いや! 別に変なこと企んでないよ!? ただ……そ、その……」


 言いにくいことなのか、エスティアはわずかに頬を紅潮させ、言葉を紡ごうとしてはやめている。が、すぐに照れくさそうに頬を掻きながら――


「私とデートに行きませんか?」


 その一言にシュティレは満面の笑みで頷いた。


 







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