たまにはいいかもしれない
エリザとエストがのんびりとするお話し。
「あ、あの……こ、これはいったい……どういう状況なのでしょうか……」
そう言ったエスティアは困惑に満ちた眼差しでそっと顔を動かす。見下ろす様に彼女を見つめるエリザは、僅かに口角を上げる。
「さて、どうしてかしらね。まぁ、気まぐれってやつよ」
「き、気まぐれで膝枕をするんですか……」
「敬語やめてくれる? 気持ち悪いわ」
「あ、はい」
二人しかいない部屋で無言の空気が流れる。エスティアは胸の中で“はやく、二人とも帰ってきて”と願う。
どうしてこうなったのか。エスティアはうまく回らない頭を回転させ、必死に考える。事の発端は、どちらからだったのか、それすら思い出せない。
気づいたら、エスティアはエリザの膝を枕に寝転がっていたのだから。すぐに起き上がるべきかとも考えたが、何となく、もう少しだけこうしてもらいたいと思ってしまった。まぁ、気まずいことこのうえないが。
だがそれは、エリザも同じなのかもしれない。気まずいかは置いておいて。
普段であれば、こんな状況になろうものなら、シュティレ以外の人間は蹴り飛ばされていただろう。アリスはギリギリセーフだろうか。
おそらく、少しやってあげた後に“疲れたからやめたわ”などと言って急に立ちあがってどこかに行ってしまうだろう。
もちろん、エスティアは問答無用で蹴り飛ばされる側だ。ゆえに、大人しくされているこの時間が少し恐ろしかった。
あのエリザが膝枕をしてくれている。今は黙っているが、後で何かされるのでは、と考えたその時、頭上から少しだけ不機嫌そうな声が落ちてきた。
「今貴女、失礼なこと考えたでしょう」
「えっ、そ、そんなことないよ……」
「あっそ」
エスティアは視線から逃げるように顔を正面のドアへと向ける。心の面を置いておけば、エリザの膝は意外と心地がいい。
無言の時間に気まずさは感じているものの、意外と丁度よかったりもする。不思議な感覚だ。
「気まぐれで……貴女に膝枕してみたけど、案外悪くないわね。犬とか猫を膝に乗せている気分だわ」
「猫か犬って……でも、大丈夫? 重くない?」
「平気よ。まぁ、ちょっと貴女の体温が高すぎるのは気になるけど」
「それは許してよ。でも意外、てっきり、エリザのことだから“重いからやめた。退きなさい”とか言って蹴られると思ってた」
小さく笑うと、エリザもクスリと笑う。
「やっぱり、失礼なこと考えてるじゃない」
「いてっ、ごめんごめん」
軽く指で頬を弾かれ、痛む頬を摩りながらエスティアはカラカラと笑う。エリザはそんな彼女の頬をもう一度、指ではじく。先ほどよりも力の篭ったソレは意外と痛い。
「でも、本当に意外。私、エリザにあんまり好かれてないと思ってたから」
「貴女ね……何年目の付き合いだと思ってるのよ。まぁ、もし、全員に好感度ランクをつけるなら貴女はきっと最下位でしょうけどね」
「ほらー、言うと思った」
ブーブーと口を尖らせるエスティア。エリザは、そんな様子の彼女を微笑ましいものでも見るような眼差しで見下ろし、そっと、エスティアの黒髪を撫でる。
「でも、膝枕をして、頭を撫でてあげるぐらいには貴女のこと好きよ」
「えっ、あ、いや、その……ありがと……」
「どういたしまして」
てっきり、バカにされると思っていたエスティアは予想外の言葉と行動にどもってしまう。そして、そんな恥ずかしさで染まった顔を見せないように、斜め下へと顔を動かす。
エリザはそんなエスティアの髪を梳くように優しく頭を撫で続ける。
優しい手つきだ。シュティレに撫でてもらう時とはまた違った安心感がある。そう、それはまるで大好きな母に撫でられた時のような。
同じリズムで撫でられるエスティアは気持ちよさそうに目を細める。撫でているエリザも、エスティアが見たことないくらい、穏やかな表情でいる。
「なんか、こうやってエリザに頭を撫でてもらう未来が来るなんて、前の私に話しても絶対に信じてくれなさそう」
「そうね、私も、過去の自分に言ったらきっとバカにして信じなかったわね」
いろいろな事情があったとはいえ、一度は本気の殺意を向け合った相手だ。仲間となった後も、シュティレやアリスを挟んで会話をしたりすることはあったが、こうして二人きりでこうして過ごすという時間は皆無だったと言っていい。
「エリザ」
「なにかしら」
エスティアが頭を持ち上げ、エリザを見上げる。穏やかに煌めく黄金の瞳と、穏やかな黄色がかかった青緑色の瞳を細めたエスティアは、へにゃりと表情を崩す。
「私も、エリザのこと好きだよ」
エリザはわずかに瞳を見開くと、見たこともない優しい微笑を浮かべた。
「嬉しいわ。でも、それ……もう少し早く言った方が良かったわね」
「え? それって、どういう……い、み……あっ」
ちょいちょいと指さされた方を見る。すると、閉まっていた扉は開いており、そこには買い物袋をアリスに持たせ、仁王立ちしているシュティレの姿があった。
笑顔を浮かべているが、その笑顔がどんな意味を孕んでいるかなんて、エスティアは聞かずとも分かっている。
「あの、シュティレ……さん? どこから……見てました……?」
「エストが“好きだよ”って言ったところから」
「あの、その前の会話をね、聞いてればね、誤解だってわかると思うんだ……ね、エリザ? 君もそうだって言ってよ」
ちゃんとこれが、誤解だというのはシュティレわかっているだろう。だが、一応、エリザに助けを求めると、彼女はエスティアにだけ見えるように――ニヤリと笑みを浮かべた。
ああ、嫌な予感がする。そして、それは当たってしまう。
「あら、エスト。酷いこと言うじゃない。あんなに、情熱的な愛の告白をしてきたくせに」
「エリザさんっ!?」
弾かれるようにエリザへと振り向き、ギギギ、とぎこちない動きでシュティレの方へと顔を向ける。
「へぇ、そっか。エスト、ちょっと、私と二人でお話し、しよっか」
「は、はい……」
ごろりと転がるように立ちあがったエスティアはそのまま、シュティレに首根っこを掴まれ連行されていく。その様は、まるで、悪戯をした子犬が飼い主に連れてかれているかのようだ。
アリスは困ったように二人を見送り、エリザは肩を震わせ必死に笑いだすのを堪えている。ようだが、実際、笑い声は漏れている。
「ふふふ、やっぱり、あの子に悪戯するのは楽しいわね。次はどんな悪戯をしようかしら。シュティレとかが喜びそうなやつにしようかしら」
そう言って子どものように楽しそうに笑うエリザに、アリスはため息をつくのだった。