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伝えたい言葉を花束に込めて

102話以降のお話し。

エスティアとアリスがお買い物するだけ。



 いつも賑やかな王都。お祭りでもないのに、今日も多くの人たちで賑わっていた。

 色とりどりの果物や、新鮮な魚や肉を売る男性はいつものように大きくよく通る声で客を呼び、その近くでは優しそうなおじさんが動物の飴細工を、お金を握り締めやって来る子どもたちに売っている。


 そんな人混みをかき分けながら歩くエスティア。彼女は疲れた様子で隣を歩くアリスへと顔を向けた。疲れている彼女と違って、案外平気そうに歩くアリスに少し安心する。


「人混み、意外と平気なんだね」

「以前であれば、少し外を歩くだけで人が集まってきましたからね。慣れています」

「あぁ、そう言えばそうだったね。でも、今は幾らか歩きやすいでしょう」

「ええ、エリザさんのおかげで鎧を着ていなければ、誰も私が勇者だということはわかりませんから。それに」


 少し得意げに表情を緩める彼女にエスティアの胸がほんのりと温かくなった。

 今日は久しぶりにアリスとエリザたちとで家でご飯を食べるのだ。その為、朝から二人で買い出しに来た。そんなことを不意に考えた彼女にアリスは言葉を続ける。


「エストさんと久しぶりにこうして一緒にいられるので人混み程度、気にもなりません。まぁ、貴女を一人占めしているのでシュティレには若干申し訳なくもありますがね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。そもそも会うのも久しぶりだもんね。何か月ぶり? ってわけでもないか。それでも、随分と忙しかったみたいじゃん。また、魔物が出たの?」

「聖都の方で少し大きな魔物が出ましたね。……魔王がいなくなったからと言って魔物がいなくなるわけではないのでしかたありません」


 エスティアが僅かに表情を歪める。するとアリスは軽く胸を張って、「まぁ、私の敵ではありません」と得意げに微笑浮かべる。いつもより子どもっぽいそれに思わずエスティアは笑みを零す。


 だが、すぐにまたエスティアは苦手なブラックコーヒーを飲んだかのように顔を歪めた。

 アリスは魔王を倒した英雄として、今ではアリアナや他の騎士たちと共に世界中の魔物に苦しむ人々を救っている。エリザもたまに手伝っているらしいが、殆どは彼女がやっているらしい。

 加えて、魔物退治から帰ってきたら王国にいる騎士を指導し鍛え上げるなんてこともしているらしく、ずっとエスティアは心配していた。


「まぁ、ケガしてなければいいんだ。でも、帰ってきたら騎士たちにいろいろ教えてるんでしょう? ちゃんと休んでる?」

「……休んでますよ。必要な睡眠だって取っていますし、こうやってお休み貰えましたから」


 若干、視線を逸らすアリスにエスティアはこれでもかと大息を吐き出す。


「はぁ……アリアナの苦労がよくわかるよ。……聞いたよ、“アリスは無理やりにでもベッドに放り込まないと一日中起きてる”って。今回のお休みだって、私が言わなかったら取らなかったでしょ」

「……そんなことありません」


 真面目な彼女だから仕方ないとはいえ、彼女だって人間だ。いずれ限界はやって来る。だから、エスティアはこうしてたまに、休みたがらないアリスを心配するアリアナの相談に乗って無理やり休ませているのだ。

 ばつが悪そうに顔を逸らす彼女にエスティアはまた、ため息を吐き出す。


「まぁ、アリスが頑張り屋さんなのは知ってるからあんまり私もガミガミ言わない。けど」

「エストさん……?」


 アリスの手を取ったエスティアは彼女の黄金に煌めく瞳を見つめ、微笑む。いつもより、僅かに青みが強い青緑色の瞳と、黄金の瞳が彼女の顔を映し、射抜く。


「君は大切な家族なんだから。たまには私たちを頼ってくれていいんだからね」


 エスティアはそう言って「まぁ、シュティレはともかく私は戦う力が無いからなんにもできないかもしれないけどね」と付け足しカラカラと笑った。アリスは僅かにその瞳に影を落とすと、エスティアの腰へと視線を落とす。

 もう何もぶら下がっていない腰。だが、アリスはかつてそこに全てを憎悪する魔剣と、悲しき宝剣がいたことを知っている。その視線に気づいたエスティアが握った手に力を込める。


「前にも言ったでしょ。気にしなくていいよ。私としては全然困ってないんだから。それに、もし、私たちに何かあっても、君が助けてくれるんでしょ?」

「それは……そうですが……」

「なら、何も気にしなくていい。どうせ、世界は君たちのおかげで平和になってきているんだから。もしかしたら、ずっとずっと未来では誰も剣とかの武器や防具も要らない世界がくるかもしれない。私は少しだけそれを先取りしたに過ぎないんだから」


 エスティアはそう言ってアリスの手を引いて歩きだす。手を引かれるアリスは開きかけた口を閉じ、もう一度小さく開く。


「……エストさん」

「どうしたの?」

「大好きです」


 エスティアは振り向かず、「私もだよ」と短く返す。アリスは幸せそうに表情を緩める。だって、わかっているから、顔を見ずとも彼女が嬉しさで緩みきっていることぐらい。













 暫く歩いていたエスティアがおもむろに立ち止まる。その視線の先には一軒の花屋があった。

 色とりどり花が店を飾り、ほのかに甘い香りが漂う。賑わっている場所から少し外れた場所にあるからだろうか、人はあまりいなく、静かで落ち着いた雰囲気にエスティアは“こんなところに花屋さんがあるのは知らなかった”と胸の中で呟いたつもりだったが、それは口から出ていたようだ。


「そうですね。私も王都はそこそこ知っているつもりでしたが。……そうだ、エストさん」


 エスティアが首を傾げる。すると、アリスは彼女が持っていた荷物を奪い、肩で軽く背中を押す。


「シュティレに花でも買ってはどうです? きっと喜びますよ」

「ん? あぁ、そうだね! きっと喜ぶよ。さすがはアリス」


 キラキラと子どものように顔を輝かせたエスティアは店に並ぶ花々を眺める。どれもこれも、美しく可憐な花たちを眺める彼女は実に楽しそうだ。

 その横顔を眺めながら、アリスは、“本当にシュティレが羨ましい。私のもこんなに思うだけで楽しくなるような相手が見つかるのかな”という思いをそっと飲み込んだ。今は、そんな表情を見せる人を眺める方が楽しそうだ。


「むむむ……何がいいんだろう。花って贈り物として浮かびやすいけど、いざ選ぶとなると難しいよね……いいなって思ってもその花言葉まで考えないといけないし」

「そうですね。シュティレは花が好きですから、余計に花言葉というものは考えないといけませんね」

「そうそう。多分、シュティレのことだからどれ送っても喜ぶって言うのはわかってるんだけどね。それでも、教えてもらった知識は活用しないとね。もっと喜ばせるためにも」

「エストさんもシュティレに色々と花のこと教えてもらってますもんね」


 近くにあった花を見つめる。傘を開いたような小さなその花はエスティアの故郷にも生えていたものだ。確か、名前は――カルミア。

 エスティアはハッと瞳を見開くと、懐かしむようにその両目を細めた。


「アリス、この花――カルミアの花言葉知ってる?」

「いえ、知りません」

「この花の意味はね――()()()()()とか()()()()()っていう意味があるんだよ」


 エスティアは懐かしそうに、だけど、どこか悲し気な瞳でそっとカルミアから離れ、隣に置かれている花へと移動する。

 そこには大きく咲き誇る太陽思わせる――向日葵がある。ピンと花びらを伸ばし生命力の強さを披露するそれは見ているだけで元気になれそうだ。


「まるで、太陽みたい」

「はい。まるで、貴女の笑顔のようです」


 エスティアは彼女の言葉に、頬を僅かに赤く染める。


「……ほんと、アリスはそうやって恥ずかしくなるようなことをサラっと言うんだから」

「それはお互いさま、というものだと思いますけどね。貴女もよく言うではないですか」


 二人は顔を見合わせてプッと噴き出す。


「うーん、向日葵か……確か、花言葉は――」

「貴女だけを見つめる」

「へ?」

「確か、そうですよね」


 驚いたように隣へと顔を向ければ、アリスは得意げにしてやったりという笑みを浮かべている。いったい、どこで覚えたのか。エスティアは向日葵を手に取る。


「よく知ってるね」

「はい、シュティレに教えてもらいましたから」

「あっ、やっぱりか」


 納得する。エスティアは持っている向日葵を店員へと渡し、何かを頼む。店員はニコリと頷き店の奥へと消えていく。


「それにしても、エストさんは花に詳しいですね。これも、シュティレの教えの賜物というとでしょうか」

「そうだね、どこかに行って、そこで見つけた花を説明されてるからね。覚える気がなかったとしても自然と覚えちゃうよ。でもまぁ、すぐ出てくるものは少ないけどね」


 エスティアがそう言うと同時に、店員が向日葵の花束をエスティアへと差し出す。袋から何枚かの金貨を手渡し、お釣りを渡そうとする店員に「貰っておいて」と告げると、二人は、店を出ていく。


「随分と気前がいいですね」

「そりゃあ、シュティレへのプレゼントだからね。まぁ、バレたら怒られちゃうから、秘密ね」


 しぃーと口に人差し指を当てて笑うエスティアにアリスは「しかたないですね」と呆れ交じりに返す。


「ですが、すぐにバレてしまうでしょうね」

「まぁね。それでも、アリスは一応秘密にしておいてくれるでしょ。……だから、はいこれ」

「……これは?」


 エスティアは花束から隠して貰っておいた一輪の花を差し出す。黄色の花びらが美しいソレとエスティアを交互に見つめたアリスは訝し気に瞳を細める。エスティアは困ったような笑みを浮かべると花を受け取れというように差し出す。


「あの、えっと……?」

「お礼……というよりも、私の気持ちかな」


 そっと受け取ったアリスは釈然としない様子でいる。が、エスティアは気にせず言葉を続けた。


「その花はフリージア。花言葉は色によって違うだろうけど、信頼とか親愛とかの意味だったかな」

「信頼……親愛……」

「そっ、私は……アリス、君のことを信頼している。それは、どんなことがあろうと君を永遠に信じ続けるという誓い。……そして、親愛。私にとって君はもう失いたくない家族の一人」


 スっと息を吸い込むエスティアの表情は優しい。


「これからも、私たちと一緒に未来を見よう」


 そう言ってエスティアは向日葵にも負けない太陽のような笑みをアリスへと向けた。







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